2. 一族
ヒロやアイは気づいていなかったが
そんなニ人を見つめる、黒い一対の視線があった。
それは、箱の中にいる大勢のモルモットたちの
集団から外れた、餌箱の上から注がれていた。
モルモット。
彼は一匹だけ、群れの中に入らず
木組みの箱の上にとどまり、人間たちの集団を
見つめていた。
彼のつぶらな目には、一組の人間
――若い男女の姿が映っていた。
ただ単純に人の姿が見えているだけではない。
その白いモルだけに見える、青いオーラ。
男女を囲いこむその不愉快な雲の濃さに
白いモルは、狭い眉根をひそめた。
「今日も我らがモルモットに、誇りある1日を!」
「1日を!」
大勢の声を聞いて、白いモルが振り向いた。
視線の先では、群れのメンバーたちが
出発前の儀式を行っていた。
「気高い一族に試練と栄光を!」
「栄光を!」
押し合いへし合いしながら、モルモットたちは
盛んに自分たちの志気を高めていた。
当然、高めすぎた気持ちとお互いの距離が原因で
言い合いやトラブルになる事も多々ある。
「おい、貴様! 語尾にチューとか付けるな!」
「す、すみません!
「こら! そこの奴!
回転車になんか、乗るんじゃない!」
「え、俺?」
「我々は誇り高き、モルモットだぞ!
ハムスターの遊具で遊ぶなんて、もってのほか!」
「…どうせ乗れても、体が大きくて回せないけどな」
「貴様ら、何か言ったか!!」
「いえ!」
少し離れた所でも言い合いが始まっていた。
「貴様! 俺の父から受け継いだ足を
ぐりぐり何度も踏みやがって!」
ブチの一匹が喰ってかかった。
「うるさい! こっちだって儀式の為に
必死にくっついてるんだ!
お前こそ、その汚い足を引っ込めろ!」
「このブチやろう!」
思わず口をついたその一言に、周りのモルたちが
ざわついた。
「お前!
模様を用いて仲間を侮辱するのは
禁忌とされているだろう!」
「卑怯だ!」
「罰を与えろ!」
口々に非難の言葉が飛び交う。
その混乱を収めたのは、か細い老モルモットの
一言だった。
「模様ハラスメントかね」
モルモットたちのすべての顔が上を向いた。
壁に設けられた棚の上。
そこには鉄のケージが並べてあり、一匹づつに
分けられた、年寄りのモルモットたちが住んでいた。
「長老!」
ケージの奥から、ゆっくりと現れたモルモット。
その姿はあまりに弱々しかった。
かつては真っ白だった毛は艶を無くし
歩くのが億劫になった足腰は、見事に
細くなっていた。
しかしその声にはまだ、皆を惹きつける力があった。
「モルの魂は生まれつきの模様にあらず。
その生き様によって語られる。
確かにそれが古くからの教えじゃ」
老モルの顔が群衆の方を向いた。
彼の目は白く濁っていた。
代わりにヒクヒクと鼻を動かす。
「いま一度、教えの意味を考えよ。
見るがいい」
全モルが、長老の鼻の挿した方を見た。
そこにはあの、白いモルモットの若者がいた。
白モルは依然、人間たちを眺めている。
「かの者は、やがて我らを束ねるであろう。
その資格を持つモルじゃ。なぜかわかるか?」
長老は一匹の若いヒマラヤンを
「…彼が英雄である【白毛の一族】の生まれだから?」
自信なさげに、首を回して答える若者。
「否!」
「ヒィ!!」
長老の一喝に、若者は両手で頬の肉を持ち上げて
泣きそうな顔になった。
「聞くのじゃ!
あいつは確かに、いにしえの一族のもの。
だが、奴が自らの血や模様を、ひけらかした事があったか?
ワシの白い毛にかけて、否じゃ!
その能力――人間の感情がわかる力を
モルモット一族の、益の為に使っている」
長老が咳き込んだので、いっとき話が中断した。
その間をぬって、興奮した若者が叫んだ。
「そうだ。俺もアイツに救われた!
人間の子供に抱かれようとしたら、白モルが言ったんだ。
【あの人間のオーラは危険だから、抱かれないようにしろ】
その子は仲間を何度もつかんでは、落とす奴だったんだ!」
「やつらしいわい。
その白毛の名に恥じぬ生き方をしておる。
ワシの言いたいことはひとつ。
模様の話を出すのなら
人をけなす時、ではなく
相手を称える時にせよ。
そういう事じゃ」
その時、人の気配がした。
巨大な飼育員がゆっくりと
動き始めたのだった。
「さあ、皆の者。仕事じゃ」
いつの間にか、モルモットたちの小競り合いは
終わっていた。そしていつものように
外へ出るプラスティック製の通路に向け
毛玉の列が出来上がっていく。
白いモルモットはまだ、その列には並ばない。
いつも彼は、最後に巣を出ていく事にしていた。
「気に食わねえな」
列の最後尾で、黒いモルモットがぼやいた。
白モルにも劣らない立派な体躯。
立ち上がれば、背丈は変わらないだろう。
彼は老モルモットが、いちいち白モルを
引き合いに出すのが気にくわなかった。
黒モルは高みにいる若者を睨みつけた。
「何が【一族の益】だ。奴が長になるだって?
あいつはまだ、最後の試練を終えてないじゃないか!
それまで俺は、何も認めないね」
黒いモルはそう言い捨てると、通路から出ていった。
白いモルモットは目の端で、黒モルが去る様子を
見ていた。その後、黙ったまま降りてきた彼は
長老のいる高台の方を一瞥した。
長老は、その場に留まっていた。
やがて何も語らずに、自らの寝床へと帰っていった。
白モルにはそれが、自らの力で解決せよという
長のメッセージに思えた。
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