第14話 リベンジ

「おい。いい加減に起きろ」

 男の声がする。声が私を呼んでいる。意識の奥深くに沈んでいた私の自意識は、声に従ってゆっくりと浮上する。

「ああ…ねちゃった…」

「もう十時になる」

 秀一はそう言いながら、私にコップ一杯の水を差しだした。私はそれを受け取って、乾いた体に流し込んでいく。二日酔いの朝、始めて飲む冷水ほど美味いものはこの世にない。そう思わせるほどに、ただの水が美味しい。

 意識が覚醒するにつれて、重い頭痛が首をもたげ始めた。明らかに飲み過ぎだったのだろう。途中からは記憶がない。

「コーヒーでも飲みたいんだが、あるか」

「ある。えっと、やるわ」

「どうせ二日酔いで頭痛ガンガンしてるだろ、いいよ。場所さえ教えてくれれば」

 私がコーヒー豆の入っている台所の棚を教えると、秀一はさっそくコーヒーを淹れはじめた。部屋にモカの香りが広がる。コーヒーの香りを嗅いで、少しずつ私の目はさえてきた。

 昨日の私は、いったい何を考えていたのだろう。秀一を部屋に連れ込んで、潰れるほど酒を飲むなど、我ながらわけがわからない。

「コーヒー淹れたぞ。ほら」

「ありがとう」

 秀一はコーヒーを二つ持って、テーブルへと戻ってきた。話をしなければならない。そう思った。昨日のことについて、話をしなけれれば。

「昨日、潰れてごめん」

 私の謝罪に、秀一は一瞬面食らったような顔をした。

「いいよ。特に介抱とかもしてないしさ」

「あと…片づけとかありがとう」

 曖昧な記憶を探ると、テーブルの上は空き缶で溢れていたはずだ。今は、それがなくなったばかりか、綺麗に整理整頓されている。

「貸し一つだな」

「いつか返すよ」

 秀一が淹れてくれたコーヒーを飲む。雑味がなく、美味しかった。苦味と酸味が、意識をより明瞭にさせて、昨日の私を攻め立てる。何がしたかったのか。もし…だとしたら、なぜ目的を達成しようとしなかったのか。後悔ばかりだった。

「お前、いつも一人であんなに飲んでるのか?」

 テーブルの向かいで膝を立てながらコーヒーを飲む秀一は、窓の外に目を向けている。何があるのかとその視線を追ってみても、特に何が見つかるわけではなかった。

「飲まないわよ。昨日は、特別」

「そっか」

 コーヒーがカップから空になるまで、無言の時が続いた。私は、ひたすら自分のしたいことについて考えていた。自分が、昨日の自分がこうして家に秀一を招いた意図を考えていた。もう逃げるわけにはいかないと思った。

「ねえ」

 カップを片づけようと、立ち上がりかけた秀一の手を握る。

「どうした。びっくりするだろ」

「私昨夜ね、たぶん貴方としたかったの」

「……唐突だね」

 答えを率直に言ってしまうのは、私の悪い癖かもしれない。ただ、他に繕うべき言葉が見つからなかった。私は、少なくとも昨日の私は秀一に異性を感じていたし、友人のその先へ進んでみたいと思っていた。そうでなければ、わざわざ自宅にまで呼んでお酒を飲もうなんて、誘いはしない。

「僕も、家で飲もうって誘われた時は戸惑ったよ。お前の意図がわからなかった。」

 秀一は、私の向かいに座りなおして、話を続けた。

「意図がわからないと、希望的観測をしたくなる。人間ってやつはね」

「希望的観測、で、よかったのに」

 思わず心の声が漏れた。漏れたと同時に、これが自分の本音なんだとしっくりきた。私は、秀一に異性として魅力を感じている。近づきたいと思っている。

「……」

「ねえ。昨夜のリベンジ、しちゃダメ?」

 ズキズキ痛む頭。カチカチなる時計の針。胸で煩い心臓。時が止まりそうになる。止まってしまえばいいと思う。この先を知ることは、怖いことだから。

 ゆっくりと立ち上がった秀一が、私の隣へ腰掛けた。その手が、私の頭を撫でる。

「僕もリベンジしなきゃな」

 そういうと秀一は、優しげに笑いながら、私に唇を重ねた。

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