第5話

フラーは叔父であるハーブリーファの研究室から寮へと、既に日も落ちかけて暗くなった校舎を歩いていた。

叔父の話によると、母は元々は植物の精霊であり、とある森で父と出会ったらしい。そして人間の体を欲したため、魔法を植物を使って作り出した身体と同化して、人間として生きる道を選んだとのことだった。


母の病気は人間的なものではなく、言わば植物としての病気に近く、まるで根腐りでも起こしたかのように、心臓が弱っていく。それに伴い身体の機能も衰え、いずれは動かなくなりそのまま死に至るそうだ。

原因が不明で、身体自体が人間を模しているとはいえ作り物の体。対処のしようが無いとのことだった。


「分からないよ、母さん……。私どうしたら……」


足取りも重く、体から力が抜け落ちたかのように怠い。叔父から話を聞いて、フラーの時間は凍り付いてしまった。今は何も考える気が起きなかった。

そんなフラーの手から、可愛くラッピングされた小袋が滑り落ちて、中からさらに小さい布の袋が飛び出した。それは叔父が別れ際にフラーに渡してくれた、香草を詰めたいい香りのする匂い袋であった。

それを拾って匂いを嗅ぐと、ぐちゃぐちゃになっていた頭の中が少しばかりはシャッキリとしたような気がした。


「あ……。カバン置きっぱなしだ……」


ちょうど、中庭へ出られる続く廊下に差し掛かったところだった。フラーは中庭を突っ切って、駆け足で実習用の温室教室へと戻る。

冷たい空気を肌に感じながら、不安な思いを吹っ切るかのように、フラーは走った。


教室に着いた頃には息も上がり、重かった足取りも幾許かは軽くなったように思えた。

フラーは、ドアノブに手をかけた。

ふと鍵がかかっていて入れないかもと思い、ドアを開こうとするその瞬間まで、その点に気が付かなかった自分を馬鹿だと呪ったが、幸いなことに扉は開いていた。

扉はスムーズに開いて、フラーを迎い入れた。


「……失礼しまーす」


明かりはなく、月明かりだけがボンヤリと植物や机の影を浮かび上がらせる。

昼間とは全く違った室内の雰囲気に、フラー若干の恐怖を覚えながらも、授業で自身が座った机目指して、ゆっくりと手探りで進んでいく。


「ここらへん……だったかな」


目当ての作業机に辿り着いたフラーは、かがんで机の下に手を伸ばす。しかし、右手は母を掴むばかりで、そこにあるはずのカバンの手応えは感じられない。


「おっかしいなぁ……」


フラーは這いつくばって机の下を覗き込んだが、そこにフラーのカバン『は』無かった。

代わりに、フラーは見つけた。フラーはそれを『見る』ことが出来た。

暗い教室のテーブルの下、本来なら真っ暗で何があるかも見えないであろう場所で、間違いなくハッキリと。

それはフラーの目がおかしくなったのではなく、本当におかしなものがそこにあったからに他ならなかった。


うっすらと、しかし輪郭がくっきりと分かるくらいにはしっかりと、青白く発光するキノコがそこに生えていた。大きさはフラーの顔と同じくらいはあるだろうか。

その光源によって、フラーのカバンが間違いなくそこに無いことが明らかとなったのだが、最早フラーの意識は光るキノコのことで一杯になっていた。


このようなキノコを、図鑑などで見たことはあっただろうか?少なくとも、薬問屋である実家に置いてある『基本薬用キノコ図鑑』では、こういったキノコを見たことは無かったように記憶している。


フラーはそのキノコに手を伸ばした。

通常なら、このような得体の知れないキノコを、なんの躊躇もなく、それも素手で触るなんて危険なことは、フラーにとってあり得なかった。

叔父から母についての話を聞かされた後で、まだ心ここに在らずだったのか、それとも、もうどうにでもなれという自暴自棄な気持ちが働いたのか、それはフラー本人にも分からなかった。

しかし、その時その瞬間、フラーはなぜかそうするべきだと感じた。その光に手を伸ばさずにはいられなかった。

果たして、フラーはそのキノコに触れた。


一瞬、キノコがより一層眩い光を放った。

フラーの視界は真っ白になり、思わず目を瞑る。

そして、フラーの意識はそこで途絶えてしまった。

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