第4話
「よっこいしょっと!」
ハーブリーファがゴーグルや手袋の詰め込まれた箱を床に下ろした。
「コレはそのまま乗せておいていいんですか?」
運んできた手押しの台車に乗せてあるいくつかのプランターに植えられた植物を指して、フラーは尋ねた。
「ああ。部屋の中まで運んでもらうだけで十分だよ」
ハーブリーファは運んできた荷物もそのままに、ポットに水を汲んでいる。
各教員の個室に備え付けの簡易的な台所で、カップやら何やらガチャガチャ音を立てて準備し始めていた。
「お茶でも淹れようか。私の椅子に掛けて待っていなさい。もう堅苦しい話し方もなしだ」
背伸びして、上の棚から茶葉の袋を取り出すハーブリーファは、差し込む夕陽が当たっているからか、どこか物悲しい雰囲気を醸し出しているようにフラーは思えた。
「ん。分かったよ、おじさん。それじゃあお言葉に甘えて」
フラーは、資料や本が雑多に積まれているハーブリーファの机に向かった。足下に散乱している謎の種だったり、何に使うのかもよく分からない器具だったりを踏んづけてしまわないように注意を払いながら、大きな肘掛け椅子に辿り着きそのまま深く腰掛けた。
心なしか、やけに落ち着く椅子だなとフラーは思った。
「ねえおじさん。おじさんの部屋でこの椅子だけ豪華なのってなんで?」
「それは貰い物なんだよ。君の両親からのね。私が指導者として教鞭を振るうと決まった時に、そのお祝いとして頂いたものだ」
ハーブリーファは振り向かずに答えた。
ハーブリーファがそれ以上なにも言わなくなったので、フラーはしばらくの間、机の上の本を取り上げてはパラパラと流し読むということを続けて時間を潰した。
三冊ほど目を通して、四冊目に手を伸ばそうかと思ったころ、優しい甘い香りがフラーの鼻をくすぐった。
「待たせたね。なんせ普段はあまりこういうことはしないものでね」
ハーブリーファはお盆に湯気の立つティーカップを二つ乗せて、フラーのいる机に持ってきた。
そしてお盆をそっと机に置いて、ティーカップの二つのうちの一つをフラーへと差し出した。
「それで、ええと何から話そうか……。ああ、そうだ。お母さんに送った漢方薬はどうだったかな。咳によく効くものなんだが」
ハーブリーファがお茶を一口すする。
フラーもそれに倣って一口。そして、口を開く。
「大分楽になったって言ってたよ。夏休み中は息苦しいのがかなりマシになったって喜んでた!」
それは良かったと一言だけ言ってから、ハーブリーファはまたお茶を口に運んだ。
しかし、良かったという割には嬉しくなさそうな叔父の顔に、フラーは疑問を抱かずにはいられなかった。
「あまり嬉しそうじゃないね……」
「いや、いやいや!嬉しいよ、本当に!君のお母さんがそう言ってくれたなら、それは喜ばしいことだよ、全く」
早口で誤魔化すようにまくし立てるハーブリーファを訝しげに見つめながらも、フラーはそれ以上の追求はしなかった。
暫しの静寂が流れて、なんとも言えない気まずさに、我慢出来なくなったフラーが口を開いた。
「……そういえばさ!今日の授業で私が遅刻してきたこと、どうして知ってたの?名簿にチェックし忘れただけで、遅れたところは見てなかったでしょ?」
「ああ、それは君の優しいお友達のおかげだよ」
その一言だけで、フラーは合点がいった。
ジャンヌが何か余計なことをしてくれたんだろう。あとで文句の一つでも言ってやろうと、フラーは密かに決意した。
再び数秒の沈黙が訪れる。
今度の沈黙を破ったのはハーブリーファだった。
「フラー。話があるんだ。大切なお話だ」
ハーブリーファは一息の残りのお茶を飲み干すと、ティーカップを机に置いて、フラーを真っ直ぐに見据えた。
今にも泣き出してしまうのではと思ってしまうくらいに、弱々しくて苦しそうな、そんな雰囲気。見ただけで深刻な事態を抱え込んでいるんだと見て取れるような顔だった。
どうにも、今日は授業の後から様子が変だったし、この部屋に着いてからは一度も目を合わせてくれないなとフラーは思っていた。
だからこそ、何を考えているのかいまいち分かりかねていたが、今、面と向かって見た表情からはハッキリと分かる。
何か良くないことを話すのだろうと、確信できた。
「フラー。君のお母さんの病気について、具体的に何か話してもらったかい?病名とか症状とか、細かい部分に関して聞かされてはいるかい?」
「いいえ。前に私から尋ねたことはあるけど、教えてはくれなかったわ。治すのが少し難しいってことくらいしか知らない」
「そうか……。フラー。君のお母さんが君に伝えていないということは、本来なら私から君に伝えるべきではないのかもしれない。しかし、私は君がそれを知っておくべきだと思うんだ」
「……ハッキリしないね。言うなら早く言ってよ」
フラーはやきもきし始めた。
「ああ、すまない。本当にすまない……。私は臆病だから、怖気付いてしまって……」
「もしかして、治らないとかそういうこと?ずっと良くならないから少しは覚悟してたけど、大丈夫よ。今は医学も発展は目覚ましいし、将来的に治療方法だって見つかるかもしれない。なんなら私が将来治せる薬を作ってみせるわ!」
「……それは無理なんだよ、フラー」
ハーブリーファは静かに否定した。
「人間の治療法は通じない。君のお母さんは、人間ではないんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます