第5話.スライムは食べ物じゃありません!!


 旅が始まる。自然と王が付いてくる事になっているが、レンはもう諦めたようだった。

 今は王がヤギのリードを持ち、レン達はそれに付いていくようにのんびりと歩いていた。


「やっぱ始まりの草原って言われるだけあるな。魔物がこれっぽっちも居ねぇ」

「そうだねー。まぁ平和でいいじゃない」

「そうだけどよ……これだとただのヤギの散歩をしてる集団にしか見えないというか……」


 レンは歩きながらそんな事を呟くと、ネルが笑って反応した。


「否定はできないですよね」

「そんな笑顔で返さないでくれ……あぁ……勇者との旅のイメージがヤギの散歩へと書き換わっていく……」


 レンは涙を流しながら肩を落とすと、隣を歩いていたエリカがまぁまぁと笑う。


「このヤギの実力は本物なんだし、これを上手く扱えれば魔王を倒すのも夢じゃないと思うんだ」

「そうだといいけど」


 レンは話を切り上げると、真剣な表情に変わる。エリカもそれで気付いたのか、杖を構えた。


「魔物の気配ですね」


 ネルは足を止めると、目を瞑ってそう呟いた。


 魔物。それは、魔王が生み出した悪魔の生物の事である。その強さは一番弱いと言われるスライムでさえ成人した人間を容易く殺す力を持っている。魔物を殺す事に特化した職業、冒険者と呼ばれる者達でさえ苦戦する相手だ。


 ネルは目を開けると、弓を構えて矢を放った。

 その矢が向かう先には何も無い様に見えるが、途中でその矢が静止した。かと思うと、ゼリー状をした魔物が姿を現す。


「スライムか!」


 レンはバッグを下ろすとそのスライムの元まで移動して、剣でその身体を両断した。

 スライム。移動速度は遅く、そんなに硬いわけではない。だが、真の驚異はその擬態能力にある。

 並の人間では気付く事が出来ない程正確に背景に溶け込み、知らずに近くを通りかかった人間を取り込んで消化する。スライムでの死亡事故が絶えないのは、それが主な原因だと言えるだろう。


「のぉおおぉぉぉぉぉん!!」


 王の叫び声が聞こえる。レンはそちらに目を向けると、同じく潜伏していたのであろうゼリー状の魔物が、今にも王を取り込まんとしていた。

 だが、それを見ていたレンは何故か剣を鞘に収める。


「……もう放置でいいか」

「何故じゃ!? ほれ早く助けるのじゃあ!! このままじゃ儂の腕が溶けてヤギちゃんを撫でられなくなるのじゃあ!!」

「はぁ……仕方ない」

「お、助けてくれるのじゃな!!」

「エリカ」

「任せて!」


 王の顔が少し歪む。というのも、エリカが張り切ったように杖をスライムに向けたからだ。

 王の身体はすでに半分取り込まれている。つまり、スライムを攻撃すれば王まで巻き込む事になる。だが、そんな事は気にしないとばかりにエリカは笑った。王の脳裏に、あの炎で焼かれた時の記憶がフラッシュバックする。


「れ、レンよ! やめさせるのじゃ!! そんな事をして何になるというのじゃ!!」

「俺のエロ本を奪った仕返しだ」

「まだその話を引きずっておったのか!? いや待て分かった! 謝る! 謝るから今すぐ止め──」

「【アイシクル】」

「のぉぉぉぉぉぉぉぉ──」


 空から降ってきた拳サイズの氷柱つららが、大量にスライムに突き刺さる。

 すると、刺されたスライムは徐々に凍っていき、やがてそれは全身を包みこんだ。そして、そのスライムの身体のみがボロボロと崩れていく。


「おーわり!」


 エリカは杖の構えを解くと、大きく背伸びをする。

 たが、確かにスライムは倒したが魔法に巻き込まれた王は綺麗に凍って身動きが出来なくなっていた。


「おぉやっぱ魔法ってすげぇな。カチカチに凍ってる」


 レンがその氷で出来た彫刻をコツコツ叩くと、表面を包み込んでいた氷が砕け散り王が現れる。

 

「つ……冷たい……のじゃ……」


 王は少し顔を上げると、そう呟いた後にガクッと力が抜けて動かなくなった。

 ヤギはそんな王を置いてスライムの破片の匂いを嗅ぐと、舌を使ってペロリと口の中に放り込む。


「あぁ! ぺっ! ぺっしなさい! スライムは食べ物じゃありません!」


 その光景を見ていたエリカは急いでヤギの元へと駆け寄ると、ヤギの口から凍ったスライムの破片を吐き出させた。

 そしてヤギが背負っているバッグからスライムの代わりにキャベツを取り出すと、ヤギへと与える。


「王、起きてください王」


 その間に、ネルは動かなくなった王の頬をペチペチと叩いて起こそうと努力していた。

 すると、王の体から魂のようなものがふわふわと出てくる。


『もう儂は無理じゃ……魔王討伐の旅を頑張るのじゃぞ……』


 天に登っていく王の魂が、ネルに向かってそんな事を言い出す。


「遊んでないで帰って来てください」


 ネルはその魂を無理やり掴むと、王の体に思い切り叩き付けた。


「い、痛いのじゃ!!」

「すみません。魂だから痛覚はないのかと」


 勢い良く起き上がった王から目を逸らしながら謝罪するネル。

 『まぁい!』と王は言うと、立ち上がってヤギの元まで駆け寄った。


「やはり儂の味方はヤギちゃんだけなのじゃ……」


 王はその胴体に顔を埋もれさせ、ヤギの腹を撫で回す。

 最初は素直に撫でられていたヤギだったが、それが何分も続き、流石にイラッと来たのかキャベツを食べながら『メェ』と短く鳴いた。


「……俺だったらあんなことしたら絶対蹴られるわ」


 それを見ていたレンはそんな事を呟くと、下ろしていたバッグを背負い直す。

 

 それを横目で確認したエリカはキャベツを王に渡すと、レンの隣にササッと並んだ。その顔は少しニヤついている。


「ちょっと撫でたいと思ったでしょ」

「思ってねぇ!!」

「特別に私の頭なら撫でていいよ?」

「はぁ!? 俺に何の得があるんだよ!!」

「いやなの?」

「そういうわけじゃねぇけど……」


 そう言って、照れくさそうにエリカの頭に手を乗せるレン。すると、嬉しそうにエリカは笑みを漏らした。


(リア充死すべし)


 その甘すぎて甘すぎて吐き気がする空間を見ていたネルは、矢を放ちたいという衝動を何とか抑えていた。


 ここまで来れば分かるだろうが、レンとエリカはラブラブの恋人同士である。そして、ネルは未だ独身。彼女いない歴イコール年齢。

 ネルはわざとらしく大きく咳払いすると、レンは慌ててエリカと距離を取る。


「い、いやー! じゃあ休憩も終わりって事でさっさと行こうぜ!!」


 ロボットの様にぎこちないカクカクとした動きでレンは歩いていく。


 どうやらレンはエリカと付き合っている事を秘密にしているようだが、結局エリカが周りに言いふらしているためこの事は皆に知られている。

 

 そしてもちろんネルもその事を知っていた。だからこそ、ネルのレンリア充に対する怒りが大きく膨らんでいた。


(男ならもっとこうしゃきっと出来ないんですか……! いつもの様に胸を張って堂々としていればいいのにこういう所では何故か乙女で……男ならこう……ガツン! と責めないといけないのに……)


 そんな事を考えても、これを口に出す訳にはいかない。

 ネルは深くため息を付くと、レンの後を追うのであった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヤギ召喚!! ~勇者召喚したら何故か最強のヤギが召喚された~ ももドゥーチェ @eamodoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ