第4話.奥義! ヤギちゃんガード!!

 そして時間が経ち、場所は変わる。

 王都から出入りする時に通らなければならない大きな門。そこに、ネル、エリカ、レンの三人組が大きな荷物を地面に置いてゴソゴソと荷物の確認を行っていた。

 レンはあらかた見終えたあとに、よしと呟く。


「準備はいいかー?」

「私は大丈夫。ネルは?」

「僕も大丈夫ですよ」


 返事を聞いたレンは深呼吸すると、地面に置いていた大きな荷物を背負った。


「じゃあ、しゅっぱ──」

「出発なのじゃ!」

『メェー』


 レンの声に被せるようにして王がそう叫ぶ。それに合わせて、リードに繋がれたヤギが間抜けに鳴いた。


 レンは王の事を視界に入れると、暫く固まる。そしてゆっくりと動き出したかと思うと、無言で王にドロップキックを食らわした。

 それにより吹き飛んだ王は、煉瓦で作られた壁に衝突する。


「何するんじゃ!! 痛いであろう!!」

「知らんわッ!! 何しれっと付いてこようとしてんだよアホッ!!」

「ヤギちゃんが怪我でもしたら誰が守るというのじゃ!!」

「エロ親父は居た所でどうせ永遠に守られ役だろうがッ! というか国はどうした国は!!」 

「儂が居た所でどうせ何も変わらんのじゃから別にいいのじゃあー!!」

「それ自分で言ってて悲しくならないのか!?」


 王は勢いよく立ち上がると、フフフと笑い声を出す。


「ヤギちゃんへの愛は誰にも負けんのじゃ。どうしてもと言うのならこの儂を倒してからグボゥァ──!?」


 王は地面に倒れると、鳩尾みぞおち付近を抑えてうめき声を出した。


「ふぅ、なかなかキレイに決まったな」


 レンはそう言って、エリカ達の元へと歩いていく。だが、エリカのジトっとした視線にレンはその歩みを止めた。


「……容赦ないね。王様が可哀想」

「その王を炎でこんがり焼いた事があるエリカおめぇにだけは言われたくねぇ!」

「あの時はちゃんと加減したもん!」

「そういう問題じゃねぇだろうがッ! というか普通に熱かったわボケ!! 危うく全身水脹れになって死ぬところだったわ!!」

「レンだけ特別に熱くしたからそれは当たり前! その熱さは私の愛の強さって奴だよ!!」

「愛だけに熱いってか! やかましいわ!!」


 その後もギャーギャーと騒ぐ二人。ネルがそれを見てリア充爆発と心の中で呪文を唱えていると、レンがネルに勢い良く指を差してきた。


「レンはどっちの味方なんだ!!」

「もちろん私だよね!!」


 ネルはその言葉に目をぱちくりとさせると、ヤギを指差す。指を差されたヤギは間抜けに『メェー』と鳴いた。


「……まぁそうだよねぇー」

「認めたくねぇ……」


 レンは涙目になりながらも、まぁいいと言って門の外へと向かって歩き出す。


「ま……待つのじゃ……!!」


 レンの足が王に掴まれる。

 王はフラフラと立ち上がり、ヤギのリードを掴んだ。


「儂は付いていくのじゃ……ヤギちゃんへの愛はこの程度で負けないのじゃ……!!」


 その言葉に、レンは拳をまた固く握る。


「もう本当にいい加減──」


 レンは勢い良く振り返ると、その拳を振るった。

 それに対し王は、ヤギのリードを引っ張り自分のすぐ側まで寄せる。


「奥義! ヤギちゃんガード!!」


 そしてその体を持ち上げると、前に突き出してヤギを盾にした。


 ガツッ、とレンの拳がヤギの胴体に直撃する。ヤギ自体にダメージは入っていない。だが、殴ったレンは硬直し、ありとあらゆる穴から滝の様に流れ出していた。


『……メェ』


 ヤギは低く鳴くと、その眼がレンを睨み付けた。レンは引き攣った笑みを見せる。


「いや待てヤギ。これは事故だよな? というかお前は利用されたんだ。な? 俺は悪くないよな? だからそんなに低く唸るなって──」


 そんな事を言っても通じる訳がない。何故なら相手は───ヤギなのだから。


 ヤギは王の手から離れると、レンの懐に入って首を振った。それだけでレンは遥か彼方まで吹き飛び、その姿を消す。


「さすがヤギちゃんなのじゃ!」


 王は褒美にヤギの頭を撫でると、ついでにと言わんばかりに王まで吹き飛ばされた。

 

『メェ』


 ヤギは短く鳴くと、エリカの元まで近寄り、その脚に額を擦りつける。

 その行動を愛らしく思ったのか、エリカはヤギの頭をこれでもかと言うほど撫でた。


「これが勇者パーティだなんて……ここの通行人は誰一人思わないでしょうね……」


 ネルはボソリと呟く。

 自分もその一員であると考えると頭が痛くなるのだろう。ネルは首を振って考えるのを辞めると、地面に置いた大きなバッグを背負った。

 そして、エリカにも準備をする様に視線を送る。


『メェー』


 すると、その光景を見ていたヤギは鳴いて、エリカのバッグを器用に背中に乗せた。そしてエリカの方に向き直り、何処か自慢げに胸を張る。


「あれ……エリカさん……もしかして懐かれてます?」


 それを見ていたネルはそう問い掛けると、エリカは顎に手を当てた。


「んー……やっぱり餌付けの効果かな」

「えぇ、まぁそれもあるんでしょうけど……」


 ネルはヤギを視界に入れる。ヤギはまたネルの脚に額を擦りつけていた。そしてその顔は少し緩んでいるような気がしなくもない。


 餌付けだけなら王もしている。だがさっきの行為を見るに、レン程嫌われてはいないが、エリカ程懐いているというわけでも無さそうだった。


 もしかしたらエリカが女性だからかもしれない、と喉から出かけていた言葉をなんとか飲み込むと、ネルは笑って誤魔化す。


「では出発しましょうか」

「え、でもレンは?」

「どうせすぐ戻ってきますよ──ほら、噂をすれば」


 レンはアゴをくいと動かすと、エリカはそちらに目を向ける。


 門の外に広がる草原。そこには、王がこちらに向かって走ってきていた。その後ろからは鬼の形相をしたレンが歩いて追いかけているのが分かる。

 歩きと走り。だがその距離が離れる事はない。


「あ、こけた」


 王は立ち上がろうとするが、レンがその上に跨り立ち上がるのを防ぐ。


「……助けた方が良さそうだね」


 エリカは苦笑すると、ヤギのリードを持って門の外へと出るのであった。

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