第3話.ヤギ最強!
「──それで、このヤギが勇者だって証明されたわけだけど、どうするの?」
エリカは首を傾げてレンに問い掛ける。
だが、レンは未だに動くことはない。固まり、有り得ないとぶつぶつ呟いている。
「まぁヤギが勇者なのは僕も認めたくないですが、聖剣を抜いたのをこの目で見てしまいましたしもう認めるしかありませんね」
思考が停止しているレンの代わりにネルが答えると、エリカはそっかと呟いてヤギの元へと駆け寄った。そして、ヤギの首元に手を添えると、ポツリと何かを呟く。
するとヤギの首元が淡く光りだした。
「首輪……ですか」
現れたのは首輪であった。リードも付いている辺りしっかりとしているのが分かる。
「勇者に首輪とはまた……」
「まぁ勇者でもヤギだし仕方ないよ。こうでもしないと逃げそうで怖いの」
「気持ちは分かりますが……はぁ……」
これまでに勇者に首輪をするなんてことがあっただろうか。いやなかった筈だ。と言うかあってはならない。
勇者を束縛してはならない。これは世論では暗黙の了解となっているのだ。
だが相手はヤギ。いつ逃げ出すかも分からない。魔王討伐の為には仕方のない処置と言える。
「おい待て……俺はまだ認めねぇぞ……!!」
すると、思考停止していた筈のレンが動き出した。
レンはゆらりと起き上がると、剣を強く握って無理矢理笑みを作り出す。
「いくら勇者だろうが……俺よりも弱かったら勇者なんかじゃねぇ……!! てかヤギだから強い筈がねぇよなぁ!!」
レンの姿が消える。否、消えたのでは無い。あり得ない程のスピードでヤギの背後へと移動したのだ。
油断していたエリカとネルはそのスピードに追い付く事は出来ず、誰にも止められないままレンはその剣を振り下ろした。
だが。
「なっ──」
ガギッ、と剣が弾かれる。レンの手からは剣が離れ、しばらく宙を舞った後床へと突き刺さった。
エリカやネルは何もしていない。それは攻撃を弾かれたレン自身が一番理解していた。
ヤギは間抜けに鳴くと、何処か勝ち誇った顔で口にくわえていた聖剣を王が持つ鞘へと収める。
(まさか……今の一瞬で……?)
レンはこう見えても剣術の達人である。並大抵の攻撃は余裕で対処が出来ると自負している程だ。
そしてそれは事実である。仮に相手が勇者だとしても、戦闘経験があまり無い勇者に負けることはまず無いであろう。
だが、そんなレンが完全に不意打ちだったのにも関わらず、勇者の名を得ただけな筈のただのヤギに負けたのだ。
「す……凄い……」
あまりの凄さからか、エリカは思わずポツリと零す。
レンが未だに固まっていると、間抜けに鳴いたヤギがレンへと近づいて行く。レンは警戒して眼だけを動かしてヤギを視界に入れ──その瞬間レンが吹き飛び、硬い壁へと衝突した。
「何……が……」
レンは何が何だかわからないまま地面に倒れる。
ヤギはただ突進をしただけだが、その動きが速すぎて追い付く事が出来なかったのだ。
ヤギは倒れたレンの元へと近寄ると、嘲笑うかのような鳴き声を出した後にツバを吐きかける。
「汚ね──くっせ……なにこれくっさッ!!」
レンはあまりの臭さから飛んで起き上がると、強くヤギを睨みつけて犬の様に低く唸って指を差した。
「俺はぜっっっってぇに認めねぇからな!! 絶対に認めねぇからなァァァァァァァァ──」
そう涙を零しながら、まるで失恋した乙女のように走りっていくレンを横目に、エリカはヤギを視界に入れる。
「凄い……すごいよ!! あのレンがまるで失恋した女の子の様に逃げていくなんて!! 王様!! ネル!! これなら本当に魔王を倒せるかも知れないよ!! これはもう連れていくしかないよね!」
その言葉に、ヤギは間抜けに鳴いて返す。
エリカは眼を星にして子供の様にはしゃぎ喜びを露わにするが、ネルはそんな光景に頭を痛めたのかため息を付き、おでこを手で抑える。
確かに勇者だ。そして、その強さは剣術の達人であるレンですら一瞬で倒してしまう程である。もしかしたら魔王とも互角に戦えるかも知れない。
だが忘れてはいけない。これはヤギなのだ。いくら強かろうとヤギである事には変わりないのだ。簡単に餌付けされてしまい、魔王を倒すという自分の使命を理解しているのかも分からないヤギなのだ。
「でも……これで行くしかない……ですか……」
やり直しもできない為仕方ない。
だが面倒だ、とネルはもう一度ため息を付くと、何処か諦めた様な表情でキャベツを食べるヤギを視界に入れる。
「いいじゃない。ほら、餌を食べてるところ可愛いし」
「確かにそれは否定しませんが……」
「やはり可愛いは正義なのじゃ! 王である儂が萌え死にし掛けているのじゃから魔王もこれでいちころなのじゃ!!」
「ちょっと何言ってるか分からないです王」
明らかにエリカとは違う接し方をするネルに、王は四つん這いになって静かに涙を流す。
「ざまぁねぇなエロ親父」
レンの声がしたため、ネルは後ろを振り返る。
顔を洗ってきたのかタオルでゴシゴシと顔を擦り歩くレンは、ネルの隣へと並ぶ。
「えぇ……もう帰ってきたんですか?」
「お前たまに酷いことをさらっと言うから怖いよな」
レンは呆れた口調で言うと、タオルを四つん這いになっている王の背中へと乗せた。
そしてそのときに、王が落としたキャベツを食べているヤギとたまたま目があってしまう。
「……」
無言で目を背けるレン。その額からは汗が薄く滲んでいる。
ネルはその光景を見てニヤリと笑った。
「……もしかしてビビってます?」
「そ、そそそそんな訳ねぇじゃねぇから!! ちょっとくしゃみしようとしただけだし!? ハックショイ!! ってな! ハ、ハハハハハ──」
そう笑うレンだが、段々とその力が弱まってくる。
「はぁ……魔王城まで旅するか……」
レンはそう呟くと、キャベツをもしゃもしゃと食べるヤギを嫌そう視界に入れて、再びため息を付くのであった。
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