第2話.誕生! 勇者ヤギ!!
「──はぁ……はぁ……」
レイは息を荒げ、地面に座り込む。
「完全に失敗だろこれ……!!」
勇者召喚。基本的には人間が召喚されるのだが、何かしらの異常が発生したことによってヤギが召喚されてしまったのだろう。レイにはその事実が受け止めきれず、何度も首を振って否定する。
「これから魔王討伐の旅に出るってのに……一体どうすれば──」
レイは溜息を付き、これからどうするかを相談するために顔を横に向ける。
「──ほれほれ、人参じゃぞぉ……」
「王様、人参よりもこのキャベツの方が食べますよ」
「なんじゃと!? 早くそれを寄こすのじゃ!!」
「あぁ、そんなに騒いだらヤギさんが怯えちゃいますよ。ほら、少し分けますからゆっくりとですね……」
「あ、あぁすまぬ。少しテンションが上がってしまっての」
そんなレイのその目に映し出されたのは、エリカや王がそんな事気にしないとばかりにヤギに餌を与えているほのぼのとした光景であった。
レイは無言で立ち上がると、背中に背負った鞘から剣を抜き放つ。
「──ほのぼのとヤギに餌上げてんじゃねぇよ!!」
レンはその剣の腹でエリカと王の頭をガツンと叩いた。
ゴゥン……という低い音が剣から鳴り、エリカと王は頭を押さえて屈みこむ。
「イッター……なにするの!!」
「こっちのセリフだボケ!! 勇者召喚失敗して世界が窮地に立たされてんのに何呑気にヤギに餌付けしてんだよ!!」
「何言ってるのレン! このヤギこそが選ばれし勇者なんだよ!!」
「んなわけあるか!! このヤギに勇者要素あるか!? ほら見ろこの間抜けな顔!! 何処を見ているのかも分からないこの眼を!!」
ヤギは口に含んだキャベツをむしゃむしゃとひたすら咀嚼して潰していく。そして食べ終わったのか、また『メェー』とヤギが間抜けに鳴いた。
「ほら見ろ!! この何も考えていない様な鳴き声!! これが勇者な訳あるか!!」
「レンよ。勇者召喚は成功したのじゃ」
「ヤギが召喚された時点でどっからどう見ても失敗だろうがッ!! おみくじで十円が当たるくらいにいらねぇわ!! オメェら現実見ろよヤギだぞ!? 呑気に牧草をむしゃむしゃ食べるあのヤギだぞ!?」
「可愛さは最強じゃろうが!!」
「それで魔王を倒せたら誰も苦労しねぇわッ!!」
レンは息を荒げながらその剣を構え、ヤギを見据える。
「こうなったら殺してやる……!! ほら! ネルも見てないで手伝え!!」
「僕を巻き込まないでくださいよー……せっかく空気になってたのに」
そう言いながらも、ネルは弓を構える。
やはりネルもこの状況がマズイということは分かっているのだろう。レンは剣を構え、ネルは後ろから支援する準備へと入る。
「勇者召喚はやり直しだ! エリカもふざけてないで早く準備しろ!!」
レンはそう言って、剣を構えたままヤギへと走っていく。それに合わせてネルも矢を放った。
「何言ってるのレン。勇者召喚はもうできないよ?」
ズサー、と壮大にこけるレン。ネルが放った矢もこけるような軌道を描いて、ヤギへと当たることはなかった。
レンは勢いよく立ち上がると、エリカに詰め寄った。
「どういうことだエリカ!!」
「そのままの意味だよ。勇者召喚をするのに必要な媒体を使っちゃったもの」
「媒体とか使ってたのか!? じゃあ……代わりは!?」
「代わり? そんなのあるわけないよ。だって失敗するか成功するか。死ぬか生きるかの一発勝負だもん」
そう、よくよく考えればそうなのだ。
勇者召喚は一発勝負。成功したら勇者が召喚でき、失敗すれば死ぬ。つまり、勇者召喚とは一度きりの魔術なのだ。
レンはその事実に気付き、ゆっくりとヤギを視界に入れる。
「ほれほれ……キャベツじゃよぉー……」
王に餌付けされているヤギ。それに気付いたエリカは頬を膨らまし、王からキャベツを取り上げてヤギへと餌やりを始める。
これが本当に勇者なのか。こんな餌付けされてしまう勇者なんていてもいいのだろうか。というかヤギが勇者ってなんだよ等、様々な思いがレンの中で飛び交っていく。
「レン。もう諦めるしかないですよ。このヤギこそが勇者なんですよ」
「ネル……お前まで……」
「いえ、僕も認めたくないですよ。でも僕の勘が告げているんです。このヤギはただものではないと」
「いやただのヤギだろ」
「恐らく、このヤギは本物の勇者です。勇者のみが持つことが許される剣──『聖剣』も問題なく使えるかと」
「待て、落ち着いてよく考えるんだネル。こいつ四足歩行だから勇者だとしても使えねぇよ」
そんなレンのツッコミも虚しく、ネルは王の元へと駆け寄って聖剣を持ってくるように伝える。
すると王が思い出したように立ち上がり、何処かへと走り去っていった。
「……あ、帰ってきた」
暫くすると王が帰ってくる。その手には巨大な袋が担がれていた。
「──ヤギちゃんの食料を持ってきたのじゃ!!」
レイとネルは王にドロップキックをお見舞いする。それによって王は吹き飛び、袋の中に入っていた缶詰などの保存食料が宙へと舞った。
「何するのじゃ!!」
「聖剣はどうした聖剣は!!」
「その前にヤギちゃんにエサをやらねばならんだろう!!」
「ならいいこと教えてやる! これは俺等が旅をする為に必死にかき集めた俺等のための食料だボケッ!!」
「ヤギちゃんも仲間じゃろう!!」
「誰が仲間だといっただれが!!」
レンはそう言い放つと、ため息を付いて地面に転がった缶詰を袋に戻していく。
その間にネルは王へと歩いて近づくと、弓を構えた。
「王。それ以上ふざけたらそろそろ僕も我慢できなくなるので辞めていただきたい」
バシュッ! と放たれた矢は、王の頬を掠って壁へと突き刺さった。
掠った頬からは血が流れ、恐怖からか王はブルブルと体を震わせる。
「じょ……冗談じゃよ……ははは……」
王はゆっくりと立ち上がると、その震える手から鞘に入った剣が生成される。
「聖剣は盗まれてはいかぬものじゃから、こうやって特殊な何か凄い空間にしまってあるのじゃ」
そう言って、王は聖剣をヤギの元へと持っていく。缶詰を全て袋に詰め直したレンも、ヤギの元へと駆け寄った。
「……で、どうやって聖剣を使わせるのじゃ?」
「だよな!! そうだよな!! こいつが勇者だとしても聖剣が使えなかったら意味が──」
『メェー』と間抜けな声が聞こえる。
レンはそちらへと目を向けると、間抜けな顔をしたヤギが聖剣を口にくわえていた。それも鞘ではなく、勇者でなければ抜けない筈の剣を。
「……嘘だろ」
『メェー』
時間が止まる。
これが、感動すべき勇者ヤギの誕生の瞬間であった。
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