ヤギ召喚!! ~勇者召喚したら何故か最強のヤギが召喚された~

ももドゥーチェ

第1話.プロローグ


「我らにはもう……これしか残っておらぬ」


 とある謁見の間。そこには、王とみられる豪華な服を着た老人と、その付き添いであろう三人の若者が立っていた。その他には人は居らず、そのせいか妙な静けさが空間を支配している。


 その者達の真下には、巨大な円の中に文字が複雑に羅列された『魔法陣』と呼ばれる物が描かれていた。


「勇者召喚……本当に大丈夫なんでしょうか……」


 口を開いたのは、ネルと呼ばれる男であった。長い緑の髪が特徴的で、耳が尖っている所謂エルフと呼ばれる種族である。


「魔王を倒すにはこのくらいしないと駄目よね……」


 そのネルの言葉に返したのは、エリカという女。短くキレイに切り揃えた黒の前髪に、見る人を魅了するに相応しい顔立ちをした女性だ。


「世界が危機に瀕しているんだ。このくらいの危険、どうってこと無いさ」


 そう強気な言葉を放つのは、赤髪のレイである。だがその顔が曇っている所を見ると、やはり恐怖もあるのだろう。


 勇者召喚。


 それは、禁忌とされる儀式、魔術の事である。異世界から勇者に相応しい者をこの世界に呼び寄せ、力を与えるというのが効果だが、もちろんデメリットもある。


 失敗すれば、召喚をした者達の魂が消滅──つまり死ぬのだ。そしてその確率は八十パーセントと言われている。

 やるかやらないか。普通ならば挑戦なんてしない。だが、こんな事を挑戦しなければならない程、今は窮地に立たされていた。


 魔王。


 極悪非道の人間であり、この世界を支配しようとする魔術の王とも呼ばれた男。百年以上も前に封印された筈だが、その封印が何時の間にか解かれていたのだ。

 まだ姿は確認されていないが、魔王は失った力を取り戻す為に行動しているのは間違いない。そしてそれを止めるには、『勇者』と呼ばれる存在でしか成せない事なのだ。


 そして今、この国を統治する王、そして魔術師であるエリカ、弓術師のネル、そして剣術師のレイが集まった。皆超一流と呼ばれる使い手であり、その道を極めたマスターと呼ばれる存在である。


「では始めましょう」


 エリカがそう言うと、王が魔法陣の外へと出る。


「出ちゃ駄目ですよ王様」

「おぉ、すまんすまん。身体が勝手に動いての」


 王はそう言って魔法陣の中へと入る。

 それを確認したエリカは目を瞑ると、詠唱を始めた。


「『異世界からの召喚に答えるものよ。勇者の素質を持つ者よ。我らが国を、世界を救い給え』


 詠唱は順調に進む。魔法陣は言葉一つ一つに反応するかの様に点滅し、光が強くなってくる。


「……のぉ、やはりこれやらないといけないかのぅ……」

「もう中断できないから無理ですよきっと」


 王が放つ弱音を、バッサリと切り捨てるネル。

 すると王は両手を胸の前に組んだ。


「あぁ……死ぬのは嫌じゃあ……せめて枕の下に隠したエロ本を回収してから死にたいじゃあ……」

「エロ親父みたいなセリフ言ってんじゃねぇよ。というかそれ俺のやつだろ絶対」


 その言葉に反応したのはレイだ。レイは王へと不信の目を向けると、王はゆっくりと目を逸らす。

 それで確信したのか、レイは王の肩を掴んだ。


「やっぱ俺のだよな!! そうだよ最近見つからないと思ったんだよちくしょう!!」

「ち、違うわい! お主の部屋に落ちてたから拾って活用してあげただけじゃ!!」

「活用とか生々しいこと言ってんじゃねぇ!! てか人の部屋に落ちてるもんを堂々と盗んでんじゃねぇよ!! アレが無くなって結構困ってたんだからな!?」

「そんなの知らんわい!! 儂は王様じゃぞ!? 王の言う事は絶対なのじゃぁ!!」

「こんな時に限って王の名を使うんじゃねぇ!! お前殆どの仕事を俺たちにやらせてるただのサボり魔じゃねぇか!!」

「でも儂は王じゃもぉーん」

「子供か!!」


 はぁはぁと、怒涛のツッコミに息を切らすレイ。そしてその様子に一人、頬をピクピクと痙攣させる者が居た。

 だが、それに気付かずレイと王はまた言い合いを始める。


「あの……」


 このままだとマズイと感じたのか止めに入ろうとするネルだが、止まる気配は無く、逆にそれは加速していくばかりである。

 ネルは詠唱をするエリカを視界に入れて、やれやれと首を振る。


「そこまでにしておいた方が良さそうですよ。そろそろ──」


 だが少し遅かった。

 ダンっ! という高い音が謁見の間に大きく響き渡る。


 王とレイは何だと言い合いを中断して、その音の方へと顔を向ける。

 そこには、俯き、プルプルと体を震わせるエリカの姿があった。さきの音はその手に持った杖で強く地面を叩いた音なんだろう。エリカはその顔を上げると、杖をレイへと向けた。


「あぁ……えっと……その……エリカさん……?」

「なに?」

「なんで杖を俺に向けているのかなぁー……って……」


 エリカはにこっと笑って見せる。レイはその笑みを見て、引き攣った笑みを返す。


「【ファイア】」

「ギヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ──」


 杖の先端から炎が打ち出され、レイの体を包み込んだ。その炎はすぐに消えてなくなるが、レイは地面に転がってずっとのたうち回っていた。

 エリカはその光景を見て笑顔で頷くと、杖の先端を次に王へと向ける。


「のぅ……冗談じゃよな……? 儂は王じゃぞ……? まさかこの男と同じようなことはせんよな……?」

「……そうですね」

「その不気味な間はなんじゃ!! 絶対に同じことをするつもりじゃろう!!」

「そうです」

「これは即答するのか!? じゃあさっきの言葉は嘘ってことでいな!?」

「【ファイア】」

「のぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉ──」


 王とは丸焦げになり、レイと同様地面に倒れてのたうち回った。


「言わんこっちゃない……」


 その様子を見てネルはやれやれと首を振り、エリカと視線を交わす。エリカは笑うと、ネルは苦笑した。


「【ファイア】」

「なんで僕まで──」


 見事に三人の丸焦げが出来上がった。

 エリカはその様子を見て薄く笑うと、再び詠唱する準備に入ろうとする。


「ちょっと待ってエリカさん……何で僕まで焼かれないとダメなんですか……!!」


 地面を這いながらなんとかセリカの足元までたどり着いたネルは、エリカに問い掛ける。


「ノリかな」

「そのノリで焼かれる僕の気持ちにもなってください……!!」

「気を付けるね」


 エリカは適当にそう言い放つと、杖を持つ手とは逆の手に持った分厚い本を開いて詠唱を始めた。


「おい待てエリカ……! 勇者召喚の前にまずは決着を付けようじゃねぇか……! なぁエロ親父もそう思わないか……?」

「そうじゃのぅ……! 儂も昔の血が騒ぐというものじゃ……!! 昔と言っても何もしておらんがのぅ……!!」


 レイと王はまるでゾンビの様に立ち上がると、詠唱をしている無防備なエリカへとジャンプして飛び込んだ。


「いい加減にしてくださいよ二人とも!!」


 ズガッ! と二人の後頭部に矢が綺麗に刺さる。

 二人はそのまま顔面から地面に着地すると、今度こそ動かなくなった。


「本当にこの二人は……!! また僕が巻き込まれるじゃないですか!!」


 ネルは弓の構えを解くと、溜息を付く。

 すると、下に描いていた魔法陣がより一層光を強め、謁見の間全体を光が包み込んだ。その直後に、ボフンという間抜けな音が同時に鳴り響く。


「──なんですか……!?」


 ネルは閉じた目をゆっくりと開けると、辺りが白い煙のようなもので覆われていた。


「成功した!! 成功したんだよ!!」


 視界は煙によって遮られている為、嬉しそうなエリカの声だけが聞こえてくる。


「それはまことか!?」

「マジで!?」


 次いで嬉しそうな声を出す王とレイ。

 だが、ネルだけは嬉しくなれないでいた。頭を抱え、ありえないと首を振る。


 勇者召喚。

 確かに成功した。何の損害もなく無事成功したのだ。だが、一つミスが起きていた。


 煙が晴れる。そして、その魔法陣の真ん中に佇む『生き物』を見て、誰もが目を見開いた。

 弱そうな細い足。そして筋肉なんて無さそうなぷっくりとした胴体。地味に細長いその頭には、角が二つ申し訳程度に生えている白い生き物。


 その白い生き物は間抜けな顔をレイ達へと向けると、『メェー』と間抜けな声で鳴いた。

 エリカはゆっくりとその生き物へと近付き、頭に手を置く。


「えっと……その……勇者です!」


 その言葉を聞いたレイは立ち上がると、頭に刺さった矢を引き抜いた。


「何が……勇者だ……」


 そして深呼吸をすると、手に持った矢をへし折る。


「──ただのヤギじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」


 そして、そのままその折れた矢をヤギに向かってぶん投げるのであった。

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