9. デート

 一月二日。

 紘編こあみと過ごせるのはあと一日。

 俺と紘編が並んで座り、テレビを見ていたとき。

 俺はふと、紘編に質問を投げかけた。

「何かして欲しいことはないのか?」

 俺と付き合うことになったけれど、一緒に過ごせる時間は少ない。

 だから、残り少ない時間を楽しく過ごして欲しいという気持ちで、尋ねた。

「私は、別に、あいちゃんと一緒にいられれば、それで……」

 紘編は恥ずかしそうに俯きながら答える。

 いや、そんな風に言われると、訊いたこっちも恥ずかしくなってくるな……。

「……そうか」

 沈黙。

 何だろう、幼馴染みなのに、妙に女の子であることを意識してしまうというか……。

 だってだって、今まで女の子と付き合ったことなんてないし。

 どう接したら良いかわからないんだもん。

 ……誰に言い訳しているんだ、俺は。

「あ、でもでも」

 俺は紘編の方に顔を向ける。

「で、デートは、してみたいかな。なーんて」

 何だろう、俺の彼女可愛い。

 さらに好きになりそう。

「そ、そっか……」

 俺の素っ気ない返事。彼氏なのに何とも情けない。

「じゃあ、今から行くか」

「え、今から!?」

 紘編は驚いているようだが、一緒に過ごせる時間は残り少ないのだ。

 一瞬たりとも無駄にはできないだろう。

「あ、でもでも、私、財布ないからよろしくね?」

 食材を俺のお金で買ったときから薄々は気付いていたが、やはりお金を持っていなかったんだな……。

 まあ、俺は男だ。俺が奢ってやるぜ。

 ……って、俺はただの財布だな。


 ◇ ◇ ◇


 という訳で。

 近所の大型ショッピングセンターに俺たちは来ていた。

「こんなのできたんだね~」

「開店したのは、確か二年前だな」

 ここは、紘編が亡くなった後にできた場所だ。

 だから、紘編が知らないのも当然だと言える。

「あ、可愛い~」

 紘編はペットショップ目掛けて駆けていく。

 俺が後ろを追って行くと、猫がいるケージの前でしゃがんでいた。

「にゃ~。にゃ? にゃお~。んにゃ」

 紘編は猫と会話しようと必死だった。

 何やっているんだ、お前は。可愛いな。

 一方、猫はというと。

「……寝てるな」

 丸くなっており、起きる気配すらない。

「むう」

 猫が反応しないので、紘編は頬を膨らませて不機嫌そうにする。

「こんなに頑張って話し掛けているんだから、少しくらい起きてくれたって良いじゃない」

 無茶言うな。

「猫だって寝たいときは寝たいんだから、そっとしておこうよ」

「でも、顔見たいもん」

 子供か。

 再び紘編は猫とのコミュニケーションを試みる。

「にゃお~。にゃ~。しゃ~」

 おい、最後威嚇いかくしてどうする。

 しかし、猫はすやすやと眠っている。随分ずいぶんと気持ち良さそうだ。

「……諦めろ」

「やだ」

「ほら、他にも動物いるんだから」

 まじで駄々だだをこねる子供みたいだ。面倒くせえ。

「じゃあ、この猫飼おうよ」

 何が「じゃあ」だよ。全然話が通じてないよ。訳がわからないよ。

「無理だな」

「何で?」

「俺の財布にいくら入っていると思っているんだ?」

「二万六千三百四十二円」

「こわっ」

 俺の財布の中身を把握しているとか、恐怖でしかない。

「ま、さすがに飼うっていうのは冗談だけれどね」

 心臓に悪い冗談はやめてくれ。俺が死んじゃう。

「惜しいけど、次、行こっか」

 そうして、俺たちはペットショップを後にした。


 ◇ ◇ ◇


 デートと言えばショッピングだろうという軽はずみな考えで来てしまったため、特に目的もなくぶらぶら歩いていた。

「次、どうしよっか」

 紘編がそんなことを尋ねてくるが、俺はただ困るだけだ。

「いや、デートしたことないし……」

「私だってしたことないよ」

 お互いに付き合ったことがないから、デートの仕方がわからない。

 ただ戸惑っているだけだった。

「でも、でもさ」

 紘編は口を開く。

「こうやって実際にデートしてみると、楽しいよね」

 紘編の笑顔に、俺は一瞬見惚れてしまう。

「そうだな……」

 確かに、デートの仕方がわからなかったとしても。

 好きな人と、特別なことをしているという感じがあれば。

 それは、自分にとっての特別だ。

「定番だけど、カフェ行こっか」

 そう言って、紘編は俺の右手を掴んで引っ張る。

 紘編の手が柔らかくて。じんわりと温かさが伝わってきて。

 本当はいるはずのない少女なのに、未だに生きているのではないかと希望を持ってしまう。

「よいしょっと」

 俺たちは向かい合わせに座り、店員に注文をする。俺は抹茶ラテ、紘編はカフェオレを頼んだ。

「ふ~、ふ~」

 いつものように紘編は息を吹きかけて冷ましている。

 その姿は、やはり可愛い。

「どしたの? そんなに私を見て」

 俺の視線に気付かれた。

「いや、何でもない」

 誤魔化すように、俺は抹茶ラテに口をつける。

「何それ」

 紘編は笑う。

 何気ない会話だったけれど、それで良い。

 俺は紘編と一緒にいることが幸せだったし、紘編もそうだったのだと思う。

 こんな幸せな時間がずっと続くというようにさえ感じられた。

 けれど、現実は残酷で。

 紘編と過ごせるのは明日まで。

 その事実は変えられない。

 ……俺は、無力だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る