8. 初詣

 朝食後、俺たちは近所の神社に来ていた。

「懐かしいね」

「ああ」

 この神社は、俺たちが幼かった頃に元日には必ず来ていた場所だ。

 お参りをして、お神籤みくじを引いて。

 でも、もう十年以上も前のことなので、その程度しか思い出せない。

「にしても、寒いね~」

 辺り一面に雪が積もっている。

 それだけで寒さは想像できると思うが、今日の予想最高気温は氷点下二度だ。

 この時期にしては寒い。

「ささっとお参りして帰ろ?」

「……そうだな」

 俺たちはお参りの列に並ぶ。

「ねえ、何で田舎の神社なのにそれなりに人が並んでるの?」

「元日だからな」

「そういうことを訊いてるんじゃないんだけど……」

 俺たちは他愛もない話をして、待ち時間を潰す。

「そういえば、話戻るけどさ」

「何だ?」

「この神社、懐かしいよね」

 ついさっきと何も言っていることが変わらないのだが。

「私にとっては大切な思い出の場所の一つかな」

 ……そうか。

 七歳の誕生日に亡くなった紘編こあみにしてみれば、思い出なんてそう多くないはずだ。

 ましてや印象に残っている場所なんて、もっと少ないのだろう。

 だから、逆にそれら一つ一つが非常に大切なものとして、心に刻まれているのか。

 対して、俺は。

 幼馴染みのことなんて、すっかり忘れていたのに。

 何てひどいやつなのか。

あいちゃん、この神社で『紘編と結婚する』って大きな声で頼んでいたよね」

「……そうだっけ」

 何やってるんだ、昔の俺。

 簡単に結婚するなんて言っちゃいけないぞ。

「そうだよ」

 クスクスと紘編は笑う。

「……でも、嬉しかった。相ちゃんにそこまで想って貰えていたなんて」

 子供だったから、深く考えてはいないと思うのだけれど。

 それが紘編の支えになっているのなら、良かったと思う。

「好きな人と過ごせたことは、私の中でも最高の思い出。絶対に忘れない」

 さらっと好きって言われると、少し照れくさい。

「私は、死にたくなかったな……」

 紘編は遠くを見つめているように呟いた。

 その姿はえらく寂しそうで、心配になったけれど。

 俺は、掛ける言葉が見つからなかった。

「あ、順番回ってきたよ」

 先程までの雰囲気を誤魔化すかのように、紘編は笑顔だった。

 俺たちは賽銭箱さいせんばこに五円玉を入れる。

 そして、紘編は鈴紐すずひもを掴む。

「ほら、相ちゃんも」

「……俺も?」

「そうだよ。早く早く」

 別に紘編だけで鈴を鳴らせば良いような気もするが、仕方なく俺は一緒に鈴紐を掴む。

 そして鈴を鳴らした。カランコロンという音が周囲に響く。

 最後に、二礼、二拍手、一礼。

 俺の願いを乗せながらお参りをした。


 ◇ ◇ ◇


「それじゃ、お神籤を引こうよ」

 紘編の一言で俺は百円を投下。お神籤を引く。

 どうも俺は紘編に振り回されているような気がするが。

 それでも、悪くはない。

「小吉かぁ~」

 紘編が残念そうにお神籤の結果を眺めている。

「相ちゃんはどうだった?」

「……小吉だな」

「お揃いじゃん! やったね!」

 何でそんなに嬉しそうなんだ?

「好きな人とお揃いって、何か運命を感じちゃうね」

 よくそんな恥ずかしい言葉をさらっと言えるな……。

 紘編は周囲を見渡してから、

「あ、甘酒~」

「ちょ……」

 甘酒を貰いにささっと紘編が移動する。

 寒い中、元気なやつだ。

 俺はその後ろを追う。

「はい、甘酒」

「……ありがとう」

 紘編は紙コップ二つの甘酒を貰い、一つを俺に手渡した。

 そして、

「ふ~、ふ~」

 やっぱり猫舌のようだ。

 その姿は、小動物を思わせるように可愛かった。

 俺は甘酒を飲み干して、心を決める。

「……なあ」

「ん?」

 甘酒を「あち」とか言いながら飲んでいた紘編に声を掛ける。

「俺たち、付き合わないか?」

 それは、紘編と会った初日。十二月二十九日に言われた言葉の返事だ。

 その時は保留にしたが、一月三日までしか一緒に過ごせないのならば、返事は早い方が良い。

 何より、紘編はこんなにも俺を好いてくれている。

 それだけじゃなく。

 恥ずかしいけれど、勇気を振り絞って言葉を放つ。

「……俺も、紘編が好きだ」

 紘編と一緒に過ごしてまだ四日目だけれど。

 まだ、俺は紘編のことを全然わかっていないのかもしれないけれど。

 紘編と一緒にいると、楽しかった。

 理由はそれだけで十分だ。

「その言葉は本当? 私に同情しているだけじゃない?」

 紘編は不安そうに訊いてくる。

 けれど、俺の心は揺るがない。

「本当だよ。だって、見た目がめっちゃ好みだし」

 思わず本音が出てしまった。

「ふふっ、何それ。見た目だけって」

 紘編は笑う。

「でも、ありがと。相ちゃんにまた会えて本当に良かった」

 紘編は目に涙を浮かべながら。

 俺を真っ直ぐ見て。

「じゃあ、改めて。私の彼氏になってくれますか?」

「……はい」

 一瞬の出来事だったけれど。

 妙に時間が長く感じられた。

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