第2章

7. お雑煮

 一月一日。元日の朝。

「明けましておめでと~」

 勢いよく部屋の扉を開けて紘編こあみが俺の部屋に入ってくる。

 朝からテンションが高すぎる。テンション高すぎ高杉くん。

「ほら、もう朝だよ。起きて」

 そう言いながら、紘編はカーテンを開ける。

 やめろ、朝日は二度寝の敵だ。悪だ。

 まだ俺は布団から出たくないぞ。

「はい、おはよ~」

 紘編は強制的に俺から掛け布団をぎ取った。

「寒い……」

 暖房が効いているとはいえ、布団の中ほど室内の空気は暖かくない。

あいちゃん、おはよ」

 紘編は笑顔で挨拶あいさつをする。

 昨日の出来事が嘘だったかのように。

「……おはよう」

 俺は紘編に挨拶をする。

 明らかに変わったことを意識しながら。

「朝ご飯できてるからね」

 俺は、複雑な気持ちだった。


 ◇ ◇ ◇


 今日の朝食はお雑煮。元日の定番だ。

「頂きます」

「……頂きます」

 紘編に続いて挨拶をして、お雑煮を食べ始める。

「あ、お代わりもあるからね」

 俺は無言で頷き、黙々と食べる。

 出汁が効いた汁と餅の相性が抜群。今日も、文句なく美味しい。

 美味しいけれど。

 味よりも、目の前で餅を食べている少女のことが気になって仕方がない。

「ん? どした?」

 紘編は俺の視線に気付いたらしい。

「い、いや何でも……」

 どうしても昨日のことが頭から離れない。

 死んだはずの幼馴染みが目の前にいるということ。

 そして、一緒に居られるのが一月三日までだということ。

 信じ難いが、信じていない訳ではない。どちらかというと、むしろ信じている。

 だからこそ、俺は迷っていた。

「絶対、何かあるって顔してるよ」

「い、いや……」

 俺は戸惑いを悟られまいとする。

 しかし、

「どうせ相ちゃんのことだから、私のために何かできないのかな~って考えていたんじゃない?」

 図星だった。

 俺は無言のまま何も答えない。

 けれど、その無言は暗に肯定を意味していた。

「……やっぱりね」

 紘編は机にお椀と箸を置く。

「昨日も言ったけれど、別に相ちゃんは何も心配しなくて良いんだよ」

 紘編の言葉は優しい。けれど、その優しさは表面だけだ。

「私が勝手に相ちゃんに会いたいって願っただけだし。実際に相ちゃんに会えたんだけどさ」

 紘編は自分に言い聞かせるような口調で話す。

「会えちゃったから、相ちゃんも巻き込むことになっちゃったけれど。でも、元々はただの私の我がままから始まったことなんだから。相ちゃんは関係ないんだよ」

 思いやりのようでいて、そうではない。

 俺は巻き込まれたのに、関係者ではないと言われたようで。

 それは、勘違いだと思った。

「……優しいんだな」

 俺は、多少の皮肉を込めて言葉を放つ。

 その優しさが、俺には嘘のように感じたから。

「優しいけれど、優しくない」

 紘編は息を呑む。

 紘編が優しさを偽って、本当は何をしたいのか。

 俺には何となくわかった。

「その優しさは、俺に対する優しさじゃない。俺を思いやる気持ちから生まれたものじゃない」

 俺は敢えて否定を繰り返す。

 俺は紘編を真っ直ぐ見つめて言う。

「その優しさは、紘編自身を守るためのものだ」

 少し恥ずかしいけれど、俺は言うことをやめない。

「確かに、最初は紘編の願いから始まったかもしれない。けれど、実際に俺に会っている。なら、その時点で俺は部外者じゃない」

 俺が関係ない?

 そんな訳はない。

 むしろ関係ありありだ。

「俺は、紘編のためなら――」

 そこで、俺は言葉に詰まる。

 何故なら、目の前の少女が涙を流していたから。

 けれど、少女の顔は笑っていた。

「あ、あれ……?」

 紘編は涙を袖で拭う。

「何で私、泣いてるんだろ……」

 俺は急に冷静になる。

 そして、また偉そうなことを言ってしまったと思った。

 けれど、紘編は。

「相ちゃんって、そういうこと言うんだね」

 目の周りを赤くしながら、声を震わせながら、紘編は話す。

「でも、ありがと」

 俺の言葉は間違いではなかったと、そう思えた。

「やっぱり、私は、相ちゃんが大好き」

 笑顔で紘編はそう告げる。

 俺は、少しずるいと思った。

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