6. 年越し蕎麦

 一通り掃除を終え、俺たちは夕食をっていた。

 大晦日おおみそかの夜ということもあり、メニューは蕎麦そばだ。

 江河えがわさんが来てから、食事はずっと江河さんが作っている。

 江河さんの作る料理は非常に美味しい。当然、今食べている蕎麦も例外ではない。

 しかし、俺はなかなか箸が進まなかった。

「どうしたの? 美味しくなかった?」

 江河さんが心配そうに訊いてくる。

「そういう訳じゃ、ないですけど……」

 俺は、歯切れの悪い返答をする。

 別に蕎麦の味で悩んでいる訳ではない。

 俺は、ただ真実が知りたかった。

 箸を置いて、大きく深呼吸をする。そして、江河さんをしっかり見据えて尋ねた。

「……あなたは、本当に江河紘編こあみなんですか?」

 江河さんは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔を取りつくろい、

「な、何言ってるの? 私は江河紘編だよ?」

 違う、俺が訊きたいのはそういうことではない。

 俺の質問の意味をわかっていながら、わかっていないように振る舞うのはずるい。

「以前、俺と会っていますよね? それもかなり前に」

 俺は追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。

 コミュしょうであっても予め言うべき言葉を用意しておけば、話すことはそう難しくない。

「幼稚園の頃からプールとか遊園地とかに行って、よく遊んでいたはずです。そして、小学校一年生の時には同じクラスになった」

 俺は、江河紘編を知っている。

 俺の家の隣に住んでいた可愛い女の子。最初は戸惑ったけれど、次第に一緒に遊ぶようになった。

 所謂いわゆる、幼馴染みだ。

 だけど、その幼馴染みは。

「けれど、十年前の江河さんの誕生日。二月六日。その日に、交通事故で亡くなっているはずだ」

 そう、俺の幼馴染み、江河紘編は、今は生きているはずがない。

 十年前の二月六日。家族一緒に車で出掛けていたところ、飲酒運転の車に勢いよく追突されて、一人の少女が死亡した。

 その少女こそが江河紘編。

 翌日のニュースに取り上げられていたから、今でもはっきりと覚えている。

「あなたは、その亡くなったはずの江河紘編ですよね?」

 ほぼ確信を持って尋ねる。

 掃除中、俺が母親に頼んだのは、俺と江河紘編が一緒に映っている写真を送ってくれ、というものだった。

 そして送られてきた二枚目の写真には、目の前にいる少女とよく似た女の子がいた。写真の女の子は、樹枝六花じゅしろっかの雪の結晶の形をしたヘアピンを付けていた。

 俺はスマホを取り出し、俺と女の子が映った写真を江河さんに見せる。

「これって、あなたですよね?」

 わずかな沈黙。

 その沈黙を破ったのは、江河さん、いや、紘編だった。

「い、いや~、バレちゃったか~」

 いかにもわざとらしい。

 しかし、これで確認は取れた。

 同時に、江河紘編という名前を懐かしく感じた理由も解決した。

「ま、私としては気付いて欲しくなかったんだけれど、気付かれたんなら仕方ないよね」

 妙に口調が軽い。

「いや、私もね、自分の正体を言おうかどうか迷ったんだよ」

 その言葉が本当なのかどうかは、俺にはわからない。

 ただ、紘編の話に耳を傾ける。

「でも、やめた。平山ひらやまくん、いや、あいちゃんに余計な心配をかけたくなかったからね」

 紘編の表情はかすかに笑っているように見える。

 けれど、俺にはその笑顔の裏側に葛藤かっとうがあるように感じられた。

「で、死んだはずの私がここにいる理由はわかってるんでしょ?」

「まあ、な」

 幼馴染みだとわかった今は、紘編に対して敬語を使う必要がない。

 普段の口調で俺は話す。

「簡単に言えば、この街の『伝説』だな」

 それは、俺が掃除中に見つけたノートに書かれていたことだ。

「年末年始の四日間から七日間、死んだ人に会えるって話。そして、別れるのは決まって一月三日が終わる時だ」

 伝説だというくらいだから、科学的な根拠は何もない。

 むしろ、オカルトじみている。

 しかし、実際に目の前に死んだはずの少女がいるのだから、信じるしかない。

「ま、そゆこと。私は神みたいなのと話して、相ちゃんに会いたいな~って願ったの」

「みたいな、って……」

 随分ずいぶんと雑だな。

「実際、わからないんだもの。自分も相手も実体がないし、テレパシー的なものでコミュニケーションするんだから」

 なるほど、よくわからん。

「そしたら体を手に入れて、相ちゃんの家の前で寝てたってわけ」

 なるほど、全くわからん。

「それほどまで、俺に会いたいと思うか?」

 純粋な疑問。死んだら会うのを諦めようと思わないのだろうか。

「そりゃあ、ね」

 紘編は頬を赤らめ、少し恥ずかしそうにする。

「相ちゃんが、大好きだし……」

 俺は、少し、ドキッとした。


 ◇ ◇ ◇


 食後、俺たちは何事もなかったかのように振る舞おうとした。

 けれど、少女が幼馴染みだとわかったことで、妙にぎこちなくなってしまう。

 それは紘編も同じようで、互いに無言になる時間が多かった。

 まるで新婚夫婦のようだ。付き合ってすらいないけれど。

 しかし、紘編と一緒に過ごせるのは一月三日まで。あとたった三日なのだ。

 何か、俺にできることはないのか。

 紘編のために、何かしてあげられないのか。

 俺はただ、それだけを必死に考えていた。

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