5. 大掃除

 十二月三十一日。

「今日は、大掃除をします!」

 昼食後、江河えがわさんは一杯に掃除用具が入れられたかごを片手に、そう宣言した。

 いや、ここは俺の家だからな? 江河さんの家じゃないからな?

 どのみち俺も掃除するつもりだったから、別に問題はないのだけれど。

「じゃあ、どこから掃除しようかな~」

 江河さんは頬に手を当てる。

 というか、このマンションの部屋はそんなに広くないから、悩まなくても適当な場所から順番に掃除すれば良いのではなかろうか。

平山ひらやまくんさ、今、どこからでも良くね? って思ったでしょ」

 ムスッとした顔で江河さんは言う。

 俺の心を見透かされたようで怖い。江河さんはエスパータイプなのかもしれない。

折角せっかく二人もいるんだから、分担した方が早く終わるでしょ」

 確かにそうだが、そもそもここは俺の家だし。俺が掃除するのが道理ではないのだろうか。

「ということで、私はキッチンから、平山くんは自分の部屋から掃除してね。終わったら報告よろしく」

 今度は俺の心の声が届かなかったらしい。

「返事は?」

「は、はい……」

 仕方なく、俺はゴミ袋を片手に自室へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


「さて、やるか」

 江河さんに言われた通り、俺は自室の掃除を開始する。

 最初は床に散らかっているプリント類の整理だ。

 床に座り、プリントの内容を一つ一つチェックする。そして、必要なものはクリアファイルに、不要なものはゴミ袋に入れる。

 学級通信、試験問題、授業プリントなど、様々なプリントがある。

 それらを丁寧に見て仕分けするのは結構大変だ。

 前回に整理したのは夏休みだから、約四ヶ月分のプリントを整理しなければならない。

 しかし、たった四ヶ月でも、プリントの山は十センチ以上の高さになっていた。

「面倒くせえ」

 そうつぶやきつつも、今整理しなければ後々さらに大変になることがわかっているため、手は休めない。

 地道に作業を進めていく。

 過去の学級通信はゴミ袋へ。試験問題は見直しをしていないものだけ取っておき、それ以外はゴミ袋に入れる。

 そうやってコツコツと整理していくと、一時間程度で山はすっかりなくなった。

「取り敢えず、こんなものか」

 プリントの整理を終えた俺は、次に本棚の前へと移動する。

「問題はここだな……」

 俺の部屋の中で最も掃除が大変なのはこの本棚だ。

 高さは俺の身長以上、横幅は約一メートル。手前側の収納箇所はスライドし、奥にさらに本を仕舞えるようになっている。

 つまり、この本棚にはかなり書物が入る。

 しかも、この本棚には、昨年度まで使っていた教科書やノート、さらにはプリント類が全部納められているのだ。

 さすがに漫画やラノベは他の小さな本棚に仕舞っているが、それでも小学校一年生から高校一年生までの十年間がここに詰まっている。

「さすがに、今回整理しないとやばいよな……」

 本棚にぎちぎちに詰め込まれた教科書などは、今はほとんど使っていない。

 ただ、置いてあるだけ。

 つまりは要らない。

 だが、全部必要ないのならばこんなに悩んだりしない。

 必要なものがある可能性があるのだ。

 だからと言ってやらない訳にもいくまい。

「よし、やるか」

 気合いを入れる。

 手前の本棚の最上段から整理するとしよう。

 まずは一番左の一冊だけを取り出そうと、手前に引っ張った。

 すると、

「あ……」

 ざーっという音とともに、全部流れ出た。ゴミのようだ。まあ、ほとんどゴミだけれど。

 幸い、俺の足の上には落ちなかったものの、床に散らかってしまった。

「はぁ……」

 思わずめ息が漏れる。

 最初から崩れるとは、運がないにも程がある。

 仕方なくその場で胡坐あぐらをかいて座り、整理を始める。

 一番上の一冊を手に取ると、『国語(六)』と記されていた。おそらく、小学校六年生の時の教科書だ。

 ということは、崩れた最上段は、小学校六年生の頃のものばかりなのだろう。

 取り敢えず国語の教科書は要らないので、横に置く。

 次に、ノートを手に取る。

 そこには、汚い文字で『夏休みの自由研究』と記されていた。

「今と文字の汚さが変わってないな……」

 残酷な現実を突きつけられる。泣きたい。

 俺は、何となくそのノートの内容が気になり、パラパラとめくってみた。

 そこに記されていたのは、この街のことについてだった。

 当時の人口や歴史などの基本的なデータから、活断層の位置や学校の数など、妙に細かな情報まで調べられている。

「すごいな」

 昔の俺がやったことだとはいえ、感心してしまう。

 そのまま続きを見ていると、気になるページがあった。

 そのページには、『伝説』というタイトルが大きめの文字で記されている。

 俺は無言でそのページを読む。

『年の終わりから、次の年の始まりにかけて、死んだ人に会えるという話があります。今まで経験した人は、だいたい十二月二十八日から三十一日の間に死んだ人に会って、一月三日に最後の姿を見たと言っています。どうして死んだ人に会えるのかは、全然わかりません。もしかしたら嘘かもしれません。けれど、もし本当なら、僕には会ってみたい人がいます』

 ……まさか。

 まさかまさか。

 俺はノートを放り投げ、慌ててスマホで母親にメッセージを送る。

 俺が小学校一年生のときの写真で、条件に該当するものを送って欲しい、と。

 俺が小学校三年生になるまで、母親は写真を丁寧にアルバムに収めていた。

 だから、見つかるはずだと信じてのことだった。

 母親からはすぐに返信が来た。送られてきたのは二枚の写真。

 一枚は学級写真。こちらは見づらくて、判断ができなかった。

 しかし、もう一枚にははっきりと映っていた。

「……繋がった」

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