真夜中のROLLINGORILLA

砂原さばく

 月のない、明るい夜だった。

 そいつはごろごろ前転しながら、動物園からやってきた。


「ハロー、こんちは」とそいつは言った。

「やあ、どうも」と僕も言った。


 月のない、明るい夜だった。どうして僕がそのとき、話しかけてきたゴリラに落ち着いて返事ができたのか、ずっと不思議だったのだが、最近、その謎が解けた。つまり僕は動揺しているということを把握していただけなのだ。動揺しているということを把握してさえいれば、それ以上は動揺しなくていいのだ。


「最近、元気ないね」とそいつは言った。

「そうかな、そう見えるかい?」と僕も言った。


 月のない、明るい夜だった。どうして僕がそのとき、話しかけてきたゴリラに牛乳の一杯も出してやらなかったのか、ずっと不思議だったのだが、最近、その謎が解けた。つまり僕は眠くてそこまで頭が回らなかったのだ。眠たいときには、なにも考えられなくなるのが、僕の悪い癖なのだ。


「彼女はどうしてるんだい?」とそいつは言った。

「別れちゃったんだ」と僕も言った。


 月のない、明るい夜だった。どうして僕がそのとき、話しかけてきたゴリラに気分を害されることもなく彼女のことを言えたのか、ずっと不思議だったのだが、最近、その謎が解けた。つまり僕は彼女のことについてなにかしゃべれる相手がほしかったのだ。僕は彼女と付き合っていたことについて、いつもくだらないことで電話をよこすあの大島にもしゃべっていなかったのだ。


「そろそろ、俺、帰るわ」とそいつは言った。

「残念だけど、しょうがないね」と僕も言った。


 月のない、明るい夜だった。どうして僕がそのとき、話しかけてきたゴリラをひきとめなかったのか、ずっと不思議だったのだが、最近、その謎が解けた。つまり僕はゴリラの大変な境遇を知っていたのだ。彼はアフリカから連れてこられて、大好きな巨大オンブバッタを食べられない生活を送り続けて十数年、こうして夜に誰かの家を訪れるだけが楽しみなのを知っていたのだ。


「じゃあな、元気出せよ」とそいつは言った。

「君もね」と僕も言った。


 月のない、明るい夜だった。

 そいつはごろごろ前転しながら、動物園に帰っていった。

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