第4話 翼を捥ぐ

前回とはまったく関係ないプロメテウスさんと無印エクスくんのお話






いくら現実逃避したって現状は変わらない。

あの日のことが全部悪い夢かなにかで、目が覚めればみんながいて。全部なにもかもが元通りに、あの頃に戻れたならば、僕は何を投げ打っても構わないのに。きっと幸せになれるのに。あの場所に、僕の幸せが、僕たちのハッピーエンドが確かにあったはずなのに。


目の前に広がる光景を見たくなくて、僕はぎゅっとその場に蹲る。

お月さまが微かに浮かぶ朝焼けの中。半壊しきったお城が見える、暗くて冷たい森の中。

そこに広がるのは、倒れて動かない少年少女の亡骸と真っ赤な血溜まり。

妹のことを仲間のことをなにより思っていた青年。自分なんかの拳になると言ってくれた青バラの従者。いつも誰かの為の白き盾であろうとした女騎士。誇り高き偉大なる怪盗の三代目。誰よりも仲間たちの絆を大事にしてくれた少女。ずっと側にいると、一人にはさせないと誓った少女。


「......どうして、なんで、僕だったの」


肉を貫き骨を砕く。ナイフでみんなを刺した時の感触も、辺りに充満する血の香りも、震える指先にこびりついて消えない赤色の冷たさも、100年という時間が経ってなお、色濃く、あの時よりも鮮明に蘇り、忘れるなんてさせてはくれない。そんなことは、許されない。


ー僕たちは取り戻したいだけなんだ。自分の物語を。


だから、そんなに拒絶しないでよ?君だって、探していたじゃないか。君だって、なにもないことを、何者にもなれないことを、嘆いていたじゃないか。


「僕と君の願いは同じだろう?」


いつのまにか、目の前にはお月さまが立っていた。あの日の僕と同じ姿で、その服を返り血で真っ赤にべっとり染めて、その赤と同じくらい真っ赤な瞳をして。こちらを見下すように、嘲笑うような笑みを浮かべて。


「......違う、僕はそんなこと望んでない」


僕の居場所は、みんなのところだ。笑っているみんながいるところが、僕の未来だ。


ーーー大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫。僕はまだ耐えられる。みんなはまだ生きている。


それだけを呪文のように言い聞かせる。パリンパリンと、何かが割れる音は無視をして。


これはただの夢で、またいつもと同じあいつの嫌がらせに過ぎない。だから、だから。

だから、僕は思い出す。ずっとずっと昔、あの頃の、みんなで旅をしていたころのことを。レイナのポンコツをタオやシェインがからかって、ファムはそれを楽しそうに観察していて、エイダやクロヴィスは戦闘の効率のいい計画なんかで盛り上がって、たまにロキやカーリーともすれ違ったりして一悶着あるけれど、あぁサードもいたらきっともっと楽しい旅だったんだろう。あの頃のことを、みんなのことを思い出している間だけは、悪夢に溺れなくてすむから。あいつの嘲笑う声を聞かなくてすむから。


でもそんな僕を、お月さまは慈悲なく糾弾する。


君はバカだなぁ、と。本当は気づいているんだろう、と。


「それは、違うだろう?ねぇ、エクス。いつまで知らんぷりを決め込むつもりなのかい。だって、君の居場所も君の未来も、君の希望も、全部君自身が壊したも同然なのに」


うるさいうるさいうるさいだまれそんなのしらない


「......ふふ、君は変わらないな。別にいいよ。時間はそれこそ腐る程あるんだから」


コツコツ、とお月さまは僕の目の前までくると、僕と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「君はいつだってそうだ。幼馴染のため、かの魔女のため、あの巫女のため、そしてなにより仲間のために。いやいや、ご立派で結構」


パチパチとわざとらしく手を打ち、でもさぁ、とお月さまが顔に笑みを浮かべる。


「君が、彼らとの未来を望むだなんて、そんな資格があるとでも思っているのかい?」


思わずびくりと跳ねた肩をぎゅっと押さえ込む。


ちがうちがうそんなことないそんなことあるわけない。だってぼくらはきっともどれる。あのころにぼくらはきっと。


その瞬間、強い力に世界が反転する。背中を打った衝撃に思わず目を開けば、目の前には底抜けの闇空と赤い包帯が広がっていた。

それにお月さまに押し倒されているのだと気づく。振り払おうとしても、既に両手首を押さえられてしまっては、もう抗うことなんて出来なかった。


「......っ、あ」


青緑の髪に混ざる白髪。光を映さぬ昏い瞳。真っ赤な包帯から覗く、感情の欠落した冷たい眼差し。


「戻れないよ」


僕の顔で、僕の声で、お月さまは、いや、プロメテウスが告げる。


「君がどれだけ耐えても、どれだけ反抗しても、あの頃には永遠に戻れない」


「そんな、ことっ」


思わず震えた声に、彼は表情一つ変えることなく告げた。


「あるんだよ。君は永遠に救われない」


だって、そうだろう? だって君は、


その次に、彼の口から溢れでるであろう言葉を、僕は知っているような気がした。

聞きたくなくて知りたくなくて、なんでもいいから僕は目の前の彼から距離を取りたくて抵抗を試みたけれど、彼はそんなことは意に介さずに両腕の拘束を強めると、僕に顔を近づけ、そして、そっと囁く。

まるで睦言を囁くように優しく、断罪するように絶対的な響きを持って、そっと囁く。


———こ の 、 仲 間 殺 し が


その瞬間、何かが壊れる音を、僕は確かに聞いた気がした。



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