ある転生者の物語

熊野 睦月

勇者は傷だらけ

 俺はマサル。どこにでもいる村人だった。

 昔、大きな木から頭から落下して死にかけた時に自分の前世が高校生でトラックに轢かれて死んだことを思い出したんだ!

 そのあとこの世界の神様が転生する俺に与えてくれた力も思い出した!

 それは勇者としての力!光を指し示し、全てを導く存在となる力らしい。

 そのことを思い出した俺は十六歳の誕生日に村を出た。魔王を倒すのが俺の使命だからだ。両親は特に引き止めることなく俺を送り出してくれた。

 だが、この判断が間違いであったことを思い知らされる。

 山に入ってすぐに俺の足に狩猟用の罠であるトラバサミが足に刺さっていた。どうやらこの世界では強い力にはデメリットがあるらしい。

 昔からそうだった。魔法は光以外は自分の腕を傷つけるため剣しか握れない。炎の魔法は掌で火傷になり、水の魔法では全身が濡れるだけ。風の魔法は自分の腕を切りつけ、土の魔法は自分用の落とし穴にしかならなかったからだ。もしかしたら剣の腕も素手で戦ったほうが早いかも知れないくらい実力は上がらなかった。村では一番強いけどそこどまりなのかも分からない。

 よく死にそうになるような病気にもかかった。幸い光の魔力のおかげか死に至るまでにはならなかったが、一人だけキノコや魚に当たることが多く、両親にはよく迷惑をかけた。

 ……両親が引き留めなかったのは疫病神が出ていてくれた程度にしか思わなかったのでは?

 俺はそのことに旅に出た山奥で気づかされた。さっきほどから足の傷がじわじわと痛んできた。日も暮れてきたのか辺りも闇が俺にじりじりと滲みよってきた。

 光の魔法やその力を使って死なないように祈りを込めた。もしも光の魔法が回復の力を持つなら便利だった。しかし、世の中そう上手くは出来ていない。

 光の魔法は闇を祓うための力であり、絶対なる力。何度も試したが自分の傷を治すことは一切出来ない。逆に他人の傷は治すこともできたし重い病気も取り除けた。

 傷を治すことが出来る回復の魔法は聞いたところによると教会に属する者が修行を積んでからしか使えないらしい。

 服の袖を引きちぎり包帯の代わりにして血を止めてみたが素人のやり方。血は止まる気配はなく滲み出している。

 あぁ、この人生も前世と同じでパッとしないまま終わるのだろう、せっかく強い力を手に入れることができたのに……。ぐるぐると廻る思考はそのまま薄れ行く意識と共に夕闇の中に溶け込んでいった。


 ふと目が醒めると自分の暮らす部屋にいた。なんだか長い夢を見ていたようだ。とても長い夢を。

 目を覚ました自分を見た両親は目を丸くしたかと思うと母は目に大粒の涙を流しながら自分を抱き締めた。父はその様子を眺めながらうっすらと涙を貯めているようであった。

 両親がゆっくりと部屋を出ていくと、急に頭痛が走った。脳内に浮かぶイメージ。それは先ほど見た夢。自分の前の人生。そして、脳内にある言葉が響いた


「もう一度、勇者としてやり直してみてね。

何回でも何回でも死んでも助けてあげるからね」


 桶に入った水に写る顔はマサルとは違う少年のものであった。

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