きっと、また…

華也(カヤ)

第1話

『きっと、また…』



著・華也(カヤ)



何かがあるかも知れないと思って、唐突に思い立って来た。

真っ暗な地平線。

真っ青の色をした大きな大きな水溜り。世界を包んでいる水溜り。

この世界を彩っている大きくて、人の物差しでは測れない存在。

昼と夜は全く別の顔を持つ。

真っ黒。

真っ黒の波が、砂浜に押し寄せている。

時には激しく、時には優しく、波が寄せては返す。

波の音が語りかけているように聞こえる。

『』と。


───────


今日も今日とて、代わり映えもない毎日の内の1日。

芸能人が離婚した。スポーツで日本がメダルを取った。年末進行。今年のボーナスは平均何パーセントアップ。政治家の失言。

そんな、毎年同じ事を繰り返している事を、今年も繰り返している。

大人は明日が当たり前に来ると思っている。毎日粛々と決められた作業をこなす、私達子供から見たらロボットのようだ。

無機質で、楽しいのか?

そんな事を、私は考えてしまう。

明日が当たり前に来る?本当にそうだろうか?

ベッドの上で目を瞑り、目が覚めたら、自動的に明日になっている。

本当にそうなのだろうか?

今の若者、当事者の私は、明日が来るのが不安だ。

毎日毎日、大人の汚い汚職や政治、金、嫌なニュースを見せられて、なんで大人達は、将来に希望を持てなんて、軽々しく口にするのだろう?

私は明日が怖い。

また、1日、私の"子供"の時間は奪われる。

いつかは、"大人"になる。放っておいてもなる。

だからこそ、私は恐れている。

当たり前の惰性で、"大人"になる事に。


───────


"海を見に行きたい"

唐突だ。唐突に思った。

季節は冬。誰が好き好んで、寒い中、海に行くというのだろう?

仲の良いカップルですら、こんな寒空の下、海なんて行かないであろうに。

見慣れた街並み、喧騒、同じ朝食、同じ道、同じ友達、同じ会話、同じ授業、同じ昼食、同じ放課後、同じ部活、同じ帰り道、同じ夕食、同じ就寝。

毎日毎日、細部は違えど、同じ景色と同じ事象。

そんな事で、そんなつまらない毎日で、着実に私の"子供"の時間は減っていく。

そんな毎日が怖くなって、現実逃避したくなったのかもしれない。

気づいたら、私の足は海へと向かっていた。


───────


近いと言っても、電車を乗り継いで、ようやく行ける距離。

学校が終わった後、すぐにいつもとは違う電車に乗った。

もう、この時点で、いつもと違う日常になっていた。

電車の中では、同年代であろう見知らぬ制服を着た学生達がいる。

彼らは今日に、明日に、不満も不安も無いのだろうか?こんなに考えているのは自分だけなのかな…。

車内から外の風景を見る。

急ぎ早に流れていく風景。

陽が落ち始め、夕陽が建物や木々を赤く照らす。

少し物悲しい、センチメンタルな感じ。

スマホの乗り換え案内を確認しつつ、数回乗り換えて、海がある街に辿り着いた。


───────


着いた時には陽は完全に落ち、世界は夜に沈んでいた。

既に海は、電車の中から見えていた。

夕陽に照らされた赤い海。

それを間近で見れなかったけど、ようやく来たよ。海に。

12月の冬の海。

当たり前だけど、寒い。

でも、それ相応の防寒着をしてきたので、冬の潮風は心地良いくらいに感じる。

夏なら花火をやってる人やデート、騒いでいる人などで賑やかであろう砂浜も、人っ子ひとりいない状態。

あまりにも人が居なすぎて、この視界に映る範囲の世界が、私だけのもののように思えた。

私は砂浜を何の目的もなく歩いてみた。

月明かりだけに照らされた薄暗い私が、真っ暗な砂浜の上を歩いていた。

目的もなく、ただ歩いて、冬の潮風に吹かれ、波の音を聴いていた。

一定のリズムで押し寄せる波。

遠くに見える街明かり。

海岸沿いの道路を走るトラックの音。

全てがいつもとは違う、非日常という名の日常。

況してや、冬の海という珍しいシチュエーション。

月明かりが、海を照らしていた。

とても良い景色だと思って、スマホのカメラを向ける。

所詮はスマホ。真っ暗な画面しか見えない。フラッシュをたいたところで、何も写ってない。

まあ、わかっていたけどね。

この目の前の景色を形に残せないのは残念だ。代わりに目に焼き付けておこう。忘れないように。いつでも、記憶の引き出しから出せるように…。

私はコンクリートブロックの上に座り、只々、冬の潮風に吹かれながら、夜の海を眺めていた。


───────


何かが変わると思ってた…なんて思ってない。来たいから、見たいから来ただけ。

何も期待なんてしていない。

勿論、何も現状は変わってない。

明日もまたいつも通り。明後日もきっとだ。

親からはどこに行っているのかと聞かれ、友達に口裏を合わせてもらって、お泊まり会という事にしてもらった。

帰ったら、なんで海に行ったの?とうるさく友達に聞かれるんだろうな。

私の明日は変わらない。

でも、今日だけは少しだけ変わってたかもしれない。

海を眺めて、波の音を聴いているだけだけど、少しだけの変化。


───────


ただ眺めているだけでも、時間は過ぎていく。あっという間の朝だ。

太陽が昇る。

世界に光が満ち、視界に入っていたモノ全ての形も色も鮮明になっていく。

鳥の鳴き声も聞こえ、海岸沿いの道路の車の交通量も増える。

当たり前だけど、黒かった海は、陽の光を浴びたら、青色に輝いた。

そして、海はどこまで見ても海だった。

わかっていた事。でも、確かめたかったのかも。

何を?とかじゃなくて、ただ、海が青い事を、大きい事を確かめたかった。

そんな当たり前の事を、確かめたかったんだ。

私の"子供"の時間は、また1日減った。

また"大人"に近づいた。

太陽の光に手のひらをかざす。

昨日と同じ今日が始まった。

でも、少しだけ昨日より、この海のように、私の心の中は、穏やかな気がした。

さあ、帰ろう。

学校は間に合わないだろうけど、帰ろう。

そして、頑張ろう。

何を?…ではなく、とにかく頑張ろう。

波が同じように、毎日押し寄せるように、毎日が同じだとしても…。


また、ここに来るから。

ずっと、ここにいてね。

きっと、また会いに来るよ。きっと。




END

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きっと、また… 華也(カヤ) @kaya_666

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