第4話「ちゅう・しょっく」

 さて。俺はちょっとピンチだった。


 なんてことはない昼飯時。今までだって、こんなことは何回もあったし、その度に俺は無事切り抜けてきた。


 そんな意識もないまま、だが。


 恋姉が、昼休みになるや否や、俺の教室に入ってきたのだ。

 そして、俺に弁当箱を差し出し


「一緒に食べましょう」


 と言い出したのである。


 当然、俺は普段からこうして、恋姉が作ってくれた弁当を、昼休みになる度に食べている。


 周囲の男子が『恋さんが来るから、鷹ノ目と同じクラスになるとラッキーなんだよなぁ』などと考えているが。お前ら、もうちょっと俺そのものに興味を示せ。


「ここ、いいかな?」


 俺の前に座っている男子に微笑みながら許可を取り、いつものように俺の前に座って、弁当を開く。


「朱子ちゃんも、一緒に食べましょう」


 恋姉に呼ばれて、朱子も、机の端に陣取り、俺達三人は教室の片隅で、いつものように昼飯を堪能する。


 今日は俺の好物、からあげが入っているが、味がさっぱりわからない。


「……どうしたの二人とも?なんだか、様子が変よ」

『味付け、間違えたかしら』


 心の中で思いながら、恋姉は唐揚げをひとつ頬張った。


『うん、いつも通りの味』


 それはそうだろう。俺は顔が青ざめているし、朱子はまた顔を赤くして、チラチラと恋姉を窺うような視線だけど、別に恋姉に変わったところは一つもない。


 変わったのは、恋姉の心を知った俺達なのだ。


「な、んでも、ない、です……」


 ゆっくりと喋る朱子。ここのところ、ココログラスでやりとりしていたから、朱子の喋りを久々に聞いた。


 恋姉とは普通に喋れるが、それでも俺よりはオドオドしている。


「いや、ちょっと、体調がよくないのかなぁー……」


 俺の言い訳は、恋姉の「二人揃って?」というツッコミの前にあっさり切られた。


「熱でもあるのかしら」


 と、恋姉は朱子の額に、自分の額をくっつける。


「は、はわ……」


 さすがに、恋姉のように綺麗な人に密着されるのは、同性であっても恥ずかしいのか、朱子は照れたように吐息を漏らしていた。


「平熱って感じね。でも、無理しちゃダメよ?もしなにかあったら、すぐ保健室に行ってね」

『朱子ちゃんは、愛作の大事なお友達だし、なにかあったら大変だわ……』


 おぉ、恋姉は朱子のことをそんな風に考えてたのか。俺の友達を大事にしてくれているのは、なんだか素直に嬉しい。


「じゃ、次は愛作」


「……ん?」


 と、恋姉が俺の頬にゆっくり両手を添えて、顔を近づけてきた。


「おわぁッ!なんだよ恋姉!俺は大丈夫だっての!」


「なに言ってるの。体調が悪いって言い出したのは愛作じゃない」


「だからってあんな恥ずかしい熱の確かめ方する必要ねえだろ!?今、頬に触ったんだからそれでいいじゃん!」


「ダメよ。恋姉さん、手の感覚がないの」


「病院行け‼」


「大丈夫。いつものことだから」


 いや、尚更病院行けよ。


「どうしたの愛作。まるで痴漢されそうな女の子みたいに抵抗して。姉さんが他意を持って触れようとしてるみたいじゃない」

『最近、愛作は組み手もしてくれないから、スキンシップが不足気味だし、この機会を逃すわけにはいかない』


 めっちゃ下心あるじゃん。


 そういうの見えてるんだから、勘弁してよ。


 だが、姉さんは俺の隙を突いて、ココログラスを取り、俺の額に自分の額をぴったりくっつけた。

 というか、鼻もついてる。近い近い近い‼朱子の時よりも近いよ!?


「熱はない……というか、なんか冷たいわね愛作。体は暖めなきゃ健康によくないわよ」

『筋肉にもよくないし、ね』

 恋姉は俺が心配なのか、筋肉が心配なのかはっきりしてくれ。

「愛作も、無理しないでね」


 そう言いながら、なぜか姉さんがココログラスをかけようとしていたので、慌てて手首を掴む。


「え、なんでかけようとしてんの?」


「姉さんにも似合うかなと思って……まずかった?」


 まずいよ!それかけたら心を読まれちゃうからね!


 俺が恋姉に引いてるのバレるだろ!


 それで形振り構わなくなるのもまずいし、ショックを受けられてもまずい。

 両親は恋姉を猫っ可愛がりしているので、まず間違いなく俺が吊るし上げられてしまうのだ。


「恋姉、それめちゃくちゃ度がキツいから、かけたら気持ち悪くなっちゃうよ」


「……愛作、いつの間にそんな目が悪くなったの?テレビゲームのしすぎじゃない?」


「いいから返して!俺、今目の前真っ暗だから!メガネがないと将来のビジョンも不安定になっちゃう!」


 俺が必死すぎたのか、恋姉は「え、えぇ。ごめんなさい……」と、ココログラスを返してくれた。


 ココログラスをかけると、


『……なんかやっぱり、愛作の様子が変ね。なにかあったのかしら』


 なんて、恋姉が俺を心配している文字が舞っていた。

 

恋姉がそのままでいてくれたら、俺は大丈夫なので、なんの心配もしなくていいから。


「でも愛作? 武道を嗜むものにとって、体は資本よ。もしもゲームのしすぎで目が悪くなってるのなら、ゲームにペアレントコントロールつけないとね」


 最近のゲームはほんと、ガキに迷惑な機能がついてるよな。


 ゲームのやりすぎを忠告してくれる機能なんて使うかよ。あっても絶対親になんて言わない。


 ……あれ? 俺、ガキなの? 姉からゲームのやりすぎを心配されるほど?


「つうか、別に俺、武道家になる気ないからね。痛いのも苦しいのも嫌いだし、俺はもっと普通で安寧な人生を過ごすんだ」


「ダメよ。愛作は私と一緒に、お父さんの道場を継ぐんだから」


 これである。なぜか、恋姉は俺が武道家以外の道に進むことをよしとしていない。


 まあ、恋姉は才能あるし、美人だし、将来美人すぎる武道家とか言われて、道場も繁盛しそうだが、俺はそうもいかんだろう。


『愛作が武道家として道場を継げば、半永久的に殴ってもらえるし』


 どうやら恋姉は、すごく自分の欲望に忠実なようだった。


 姉を半永久的に殴る弟ってなんだよ。それもうただのモンスターだよ。


 姉さんが俺に武道をやっててほしい理由って、それが原因なんだね……。マジで、武道なんて今すぐやめてやろうかな。俺がやってる理由って、親父をぶっ倒したい以外の理由ゼロだし。


「いい? 愛作、あなたは人を殴り倒す事が生きがいの、外道中の外道なんだから、道場にいないと反社会的な人になっちゃうのよ?」


「いや、俺はみだりに人を殴ったことないんだけど」


 小学校の頃『かっこいいと思ってやってんじゃねえの』とからかってきた同級生をボコボコにしたら、その数倍親父からボコボコにされて謝りに行かされて以来、人に手を上げたことは、同じ道場の人間にしかないはずだが。


「恋姉の中で、俺の評価どうなってんだよ」


「可愛い弟に決まってるじゃない」


「恋姉の趣味おかしいよ……人を殴り倒す事が生きがいな男を可愛がるな」


 違うけどね? 俺の生きがいはテレビゲームと漫画だから。


「不出来な子ほど可愛い」


「濡れ衣で不出来な子呼ばわりされてるよな俺!?」


「そう言われたくなかったら、姉さんと一緒に道場を継ぎなさい。そして、姉さんと技を磨きなさい(私を実験台にして)」


 俺の人生はそれしかないのか。


「だ、大丈夫……サクちゃんは、できる子だから……」


 俺をそう言ってくれるのは朱子だけだよ。


『実験が失敗しても、懲りずに付き合ってくれるし……』


 こいつも私利私欲からの信頼だけどね。

 お前ら、もっと俺のいいとこを見てよ。どこだかわかんねえけど。

 なんか、中くらいのショックが襲ってきた。俺もっと、こいつらに厳しく接していこうかな。

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