第11話

 暫くの間黙って寄り添っていた、本当の俺はこういう事に憧れていたのかもしれない。


 テーブルの豆乳を取る。


「聞いてもいい?」

「何をだ?」

「普通の人ならそれだけのお金が手に入れば人格が変わって遊びに使ったりして最後には痛い目に合うわ、でもあなたは違う逆に汗水流して働いてそのお金で生活していたわ、それがわからないの」

「うちは元々資産家だった、親類が金に目を奪われ破滅して行く姿を何度も見てきたからな、だから俺はコツコツ働かなきゃ駄目だと思い、親の金には手を付けず働いた」

「そう、破滅する人達を見てきたからなのね理解したわ」

「まだ売却してない土地もたくさんある、どうすればいいのかわからなかったしな」

「まだ持ってるのね、売るならうちで買い取らせて貰うわよ」

「あんなのが売れるのかな?」

「どこなの?」


 由香里の手を引き立ち上がった、北側の窓辺に行く。


「あれだ」


 指を刺した。


「あれじゃ、わからないわ」

「あそこに見えてる山二つだ」

「まあ、凄いじゃない宝の持ち腐れよ」

「そうなのか? 俺には興味がない好きにしてくれ」

「いいのね、権利書は持ってるの?」


俺は工具箱を開け二重底の蓋を開け、二枚の書類を取り出し由香里に手渡した。


「街の景観が崩れるかもしれないけど、ここを欲しがる人は多いわ、本当にどう扱ってもいいのね?」

「構わんよ、多少の小遣い稼ぎになれば十分だ」

「あなた、ここの価値がわかってないわね、小遣いどころの話じゃないわよ、うちの事務所に連れて行ってちょうだい」

「わかった」


 服を着替え用意する、由香里も慌てて準備している。


 すぐに出発した、事務所に着くと二人で中に入る。


 山本が笑顔で出迎えてくれた。


「噂は聞いてますよ、前回来られた日から同棲しているらしいじゃないですか」


 周りからも、祝福の声が挙がる。


「山本さんみんなもありがとう、でも今日はそれどころじゃないの。山本さんこれ見て頂戴」


 手渡した書類に目を通している間に山本が険しい表情に変わって行く、手が震えてるのが見て取れる。


「社長、これをどうやって手に入れたんですか、お宝物件じゃないですか」


 声も若干震えている。


「所有者名を見て」

「荒木さん、あなたがこれを所有してたのですか?」

「ああ、どう扱えばいいかわからなかったしね、売れるのかい? 好きに扱ってくれて構わない、多少の小遣いになればいい」

「小遣いどころの話じゃありませんよ、社長に聞かなかったのですか? 一攫千金の話ですよ」

「どれくらい凄いのか俺にはわからないんでね」

「上手く売れればいくらになるのか、私も想像付きませんが、社長の預金額に負けないほどの価値があります、任せて貰えますか」

「ああ、構わないが話が大袈裟過ぎじゃないか?」

「いいえ、売ればとんでもない金額が動きます。大切に預からせていただきます。社長、これは例の金庫に入れましょう」

「それがいいわね」


 成り行きを見ていたが駅前の土地の契約書と同じ金庫に入れられた。


 手続きはややこしいのか由香里が全て代筆してくれている。


「社長、売却値ですが」

「いくらでも構わないわ、どの道一生遊んで使っても、使い切れない程の金額になりそうですもの」

「では独断で決めさせて頂きます、ここなら国が大金で買い取ってくれそうです」

「いいわ、早いとこ売り払って頂戴、あの人あの土地の重要性に気付いていないみたいだから、早くわからせてあげて」

「わかりました、早速明日から動きます」

「売れたらボーナスをかなり上乗せするわ、とりあえずこれでいいわね、今日は帰るわ」

「お疲れ様でした」


 車に乗り込み家路についた。


「あなたの方がお金持ちになるかもしれないわ」


 俺はまだ半信半疑だった、実感がない。


「とりあえず、売れるまでは金の話は止めないか?」

「そう言うと思ったわ、いいわ」

「俺はまだ事件が半分残っている」

「そっちも重要ね」

「腹が減った」

「バタバタしてて何も用意してないわ、お昼も行ったけどレストランにしましょ」

「ああ、いいぞ」


 マンションの駐車場に車を止め、歩いて行く、散歩にはちょうどいい距離だ。


 レストランのドアを開ける。

 ウエイターがおやっと言う顔をしている。


「また来たよ」

「ありがとうございます、何かの記念日ですか?」

「記念日ってほどじゃないが、いい事があったんだ」

「ではこちらへどうぞ、メニューはお決まりでしょうか?」

「昼間と同じものを」


 由香里がクスクスと笑いだした。


「またなの? 私も同じでいいわ」

「かしこまりました」

「結婚の前に妊娠しても知らないわよ」

「今度は耐えて見せるさ」


 料理が運ばれて来る、昼間と同じ要領で食べ始める。


「あそこの山どうなるのかしら?」

「更地にして何か建つんじゃないか?」

「新幹線が通るかもしれないわ」

「まあこれで俺もあの山と親族からの柵から抜け出せる。お前に任せてよかったよ」

「あなたの気が済むならいいわ」

「体が熱くなってきた」

「私の分の残りも食べて頂戴」

「もういいのか? 貰うぞ」

「いいわよ、私はおかしくなる前にセーブしておくわ」


 食事を終え、家に帰る。


「今日はいろいろあったわね、有意義な一日だったわ」


 コーヒーを飲みながら話をする。


「セーブしたのに体が暑いわ」

「俺もだ、お前の分まで食べたからかもしれない」

「私は我慢出来るけどあなたは無理そうね」


「大丈夫だ、やっと収まった様だ」

「よかったわ」

「ところで俺達が出会ってから何日目だ?」

「急に聞かれてもわからないわ、出会ったのは父の葬儀の日でしょ、父が亡くなった日は覚えてるけど、それから何日後に葬儀をしたのかが思い出せないの」

「じゃあ同棲記念日は何時だった?」

「あなたと初めて一緒に事務所に行った日だったわよね? 浮かれててこれも思い出せないけど今日で十日から二週間の間のはずよ」

「記念日なのに二人共、覚えて無いのか。俺も仕事を辞めてから曜日感覚がゼロだ」


 由香里が携帯を取り出す、どこかに掛け始めた。

「もしもし、遅くまでお疲れ様です。今手は空いてるかしら? 父の葬儀の日と私と俊輔さんと初めて一緒に事務所に行った日は覚えてるかしら? はい、はい、ええそうなの」


 由香里がメモにペンを走らせる。


「ええ、ありがとう何時でもいいわ、じゃあお疲れ様でした、助かったわ」


 電話を切った。


「由香里が携帯で話してる姿を初めて見た、でわかったのか?」

「山本さんの手帳に書いてあったみたい、葬儀が十日で事務所に行った日が十三日ですって」


 カレンダーを見た、同棲してからちょうど二週間だった。


 パソコンのカレンダーに同棲記念日と書いておいた。

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