第10話

 山中がどう言う結末を迎えたのか確認しておこうと考えた。


 パソコンで地図を開き現場から一番近い救急病院を調べる。すぐ近くに一軒大きな病院がある、恐らくここだろうと目星を付けた。


 由香里に出掛けると伝える。


「今日はどこなの? 三日間お休みじゃなかったの?」

「島村不動産がどうなったのかを見て、山中の様子も見てくる」

「まだマスコミがいるかもしれないわ」

「その時は大人しく帰ってくるさ」

「わかったわ」


 念のためスーツを着る、やはり俺にはスーツは合わない窮屈な感じに襲われる。


「あなた、スーツ姿凄く似合ってるわ」

「俺には合わないな、普通のサラリーマンは出来そうにない」


 そう言って出掛けた。

 島村不動産の近くに車を止める、中の様子を探る、山中がいないと駄目なのか、ヤクザとバレたのかわからないが、社員達は事務所の整理を始めている、ゴミ袋に書類の束を入れ表のゴミ置き場に捨てて行っている。大事な書類ははダンボールに入れて車に詰め込んでいた。斎藤一人がデスクに座り何かの作業を黙々と続けていた。マスコミが来るとドアのロックをしブラインドを全て下ろした。


 俺は興味を無くし病院に向かった、病院内に入る、マスコミは一切遮断されているのか見当たらなかった、見た感じ警察もいないようだったが私服警官には気を付けた。精神病棟に入る、一階は受け付けだが素通りしても何も言われなかった上から探していく三階に山中の名前を見つけた、周りを見渡すが誰もいないようだ、そっとドアを開けてみる自殺防止の鉄格子の窓が印象的なだった、山中はベッドに腰を掛けうつむいてブツブツ話している、顔を覗き込んだ瞳孔は開き焦点が合っていない、よだれも垂らしていた。


「止めてくれ、もう止めてくれ」


 その言葉を繰り返している。試しに耳元で囁く。


「俺だ」


 その途端汗が吹き出し焦点の合っていない目でキョロキョロ周りを見渡す、俺の姿は見えていないようだ、突然奇声を上げて叫びベッドの角へ逃げようともがいているが手首と足首から先が無いので上手く動けていない。

 俺はこいつは一生このままなのだと確信し部屋を出た、ちょうど妻らしい女性がやって来た。


「あら、会社の方?」

「いえ、昔の後輩です」


 と言っておいた、泣きはらした顔に疲れが見える。


「山中さん、治らないんですか?」

「ええ、お医者様が言うには一生このままらしいです、運が良ければ家族の顔くらいは思い出すかもしれないと言ってました」

「どうなさるおつもりですか?」

「私には耐えきれません、施設に預けて実家に帰る予定です、マスコミも子どもたちを狙ってますし、あの人がヤクザだったなんて今でも信じれませんわ」

「そうですか、すいません長話をしてしまって、仕事があるので帰ります」

「いえ、こちらこそありがとうございます」


 ドアの中に女性は消えていった。俺もエレベーターで下に降りてそのまま家に帰った。


「ただいま」

「おかえりなさい、どうだったの?」

 会社は倒産、山中も再起不能で嫁にも逃げられるみたいだ」

「そう、あなたはどう感じたの」

「複雑な心境だが、当然の結果だと思っているよ」

「それでいいわ、反省してるとか言ったら私が活を入れようと思ってたの」

「そうか、大丈夫だ。それよりやはり俺にはスーツは合わない、窮屈だ」


 その場で全部脱いで、部屋着に着替えた。


 リビングに行くとタバコを吸った。豆乳とコーヒーが運ばれて来るチョコレートも添えられていた。チョコを一口食べ豆乳を飲む、やっと生き返った感じがする。全部俺のやった事だ後悔はしてはいない。気分も晴れてきた。


「あなた、お昼どうする?」

「スタミナ丼」

「昼間から激しいのは駄目よ」

「いや、体じゃなく心が求めてる」

「じゃあレストランに行きましょ、普通のスタミナ丼がどんなのか知りたわ」


 すぐに出掛けた、あのレストランにスタミナ丼があるのかはわからないが外食したい気分だった。


「いらっしゃいませ、大分お疲れのようですね」

「ああ、スタミナ定食みたいなメニューあるかな?」

「ございます、お二人ともそれでよろしいですか?」

「構わないよ」

「ではお席へどうぞ」


 暫く待った


「どんなのが出てくるのかしら楽しみだわ」

「由香里が作ったスタミナ定食程じゃないだろう」


 料理が運ばれて来る、ガーリックライスとステーキだった、最後に何かわからないベースト状の物が添えられた。


「こちら、特製の栄養ダレでございます、ライスとステーキに塗ってお食べ下さい」


 臭ってみたがかすかににんにくのにおいがするだけでよくわからなかった。ステーキに塗り込み残りはガーリックライスにかけて混ぜた。二人で頂きますと言い食べ始める。

 味は普通に美味しかった。


「やっぱりこんな物よね」

「そうだな、だが美味いな」


 俺達は甘く見ていた様だ、食べ終えると汗が吹き出し、体が火照ってくる。


「昨日のスタミナ丼の再来かもしれないわ」

「俺も同じ事を考えていたよ」


 会計を済まし家に帰る。

 由香里は顔を赤らめながら。


「やだー、興奮してきたわ」

「俺もだ」

「とりあえず、汗を流しましょ」

「そうだなシャワーだけでも浴びるか」


「一過性の物だったみたいだな」

「そうね、落ち着いたわ」

「だが元気は取り戻せたな」

「ええ、私も体が軽いわ」


 シャワーを終えると、コーヒーと豆乳が運ばれて来る。


「一時はどうなるか怖かったわ」

「俺もだ、あの料理何が入っていたかわかるか?」

「とりあえずおろしにんにくととろろに唐辛子と卵はわかったわ、他にも何か入っていたようだったけどわからなかったわ」

「昨日のスタミナ丼とほぼ同じ食材か」

「昨日のは入れすぎたみたいね、次は分量を三分の一に抑えてみるわ」

「それくらいがいいかもな、それにしてもこの爽快感は癖になりそうだ」

「その気持ちわかるわ」

「話は変わるが昨日お前が言ってたように、事件が解決したらこうやって毎日をのんびり過ごすのもいいかもしれないと思えてきた」

「それがいいわ、言葉は交わさなくても心が通じる相手と怒ったり笑ったりしながら過ごし、赤ちゃんが出来たら二人で一緒に育てるの、普通の家庭では出来ない暮らし方よ。一緒の趣味を見つけるのもいいし、別々の趣味に走るのもいいと思うわ。どちらにせよ私はあまり一人で出歩くのは難しそうだしね」

「そうだな、お前は犯罪者から見れば格好の獲物なんだ独り歩きは危険だ、まだ預金は増えるのか?」

「ええ、私が社長をしてる限りお金は増え続けるわ、あなたに諭されてわかったの私は普通の人とは違うことが」

「ちゃんと理解したみたいで良かったよ」

「事件が終われば会社を誰かに譲るのも選択肢に入っているわ」

「それはお前が決める事だ、とにかくお金の重要さを理解しただけでも大きな進歩だ」

「あなたの側にいられるだけでいいわ」

「俺もさお前に金があろうがなかろうが、ずっと一緒にいたい、それだけさ」

「ありがとう、あなたが欲の塊じゃなくてよかったわ」

「俺が変わってるのかもしれないな」

「どこを探してもあなたの様な人は見つからないわ、ところであなたのご両親は?」

「二人共、俺が十代後半に病気と事故で死んだよ」

「ごめんなさい悪い事を聞いちゃったわね」

「構わない、一つだけ打ち明けるよ」

「何か隠し事?」

「隠していた訳じゃない、言いそびれただけだ。両親の保険金やら相続金が併せて五億円以上ある」

「あなたもこっち側の人間じゃない」

「そういう事になるな、他に隠し事はない」

「話してくれてありがとう」

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