第9話

 夜のニュース番組が始まった、今日の山中のニュースが流れるはずだ。いくら黙っててくれと言っても医者が事件性ありと感じたら通報する義務がある。


 政治のニュースが流れた後に始まった、不動産会社の社長代理が誘拐され発見される、と言う見出しだった。昼食に拐われ夕方に見つかった事、気が狂っている事、縛ってあった両手足が壊死している事が順に流れる。証拠が何一つ残されてない事からプロの犯行だと司会者が言っている、そして不動産会社は表向きの顔で実はヤクザが経営している事からヤクザ同士の潰し合いの可能性が高いとも言っている、島村組の様子も中継で流れた、玄関先に島村茂が出てきてうちは関係ないとか帰れとか怒鳴っていた、やはり写真と同じで普通のどこにでもいる老人にしか見えなかった。他の殺人事件にニュースが変わったのでテレビを消した。


「これがあなたの今日やった事なの?」

「ああ、そうだ」

「プロの犯行になってたわ、あなたこういう事に慣れてるの?」

「いや、ここまでしたのは初めてだ」

「やっぱり素質があるのよ」

「緋村から教わっていたからな、拷問は緋村から教わった事をアレンジしたが」

「緋村は拷問にも詳しかったの?」

「ああ、そうだ。恐らく自分でするのが嫌だったから俺にやらせようと教えてきたんだろうが、本当にやる羽目になるとは思わなかったよ」

「緋村は荒っぽい事は苦手そうだったわ」

「前にも言ったかも知れないが、頭脳派の俺と肉体派のお前が組めば最強じゃないか、があいつの口癖だった」

「私もそう思うわ」

「だがあいつはもういない、俺一人に託された、今後どうするかはわからないがこの事件だけは俺が終わらせる。緋村の代行だ」

「この事件が終わったら二人でのんびり過ごしましょ、探偵を続けて自分から危険な事に飛び込まなくてもいいわ。遊んで暮らせる、それだけのお金はあるわ」

「それもいいかもしれないな」


 タバコに火を付けた、由香里はキッチンから豆乳を運んできてくれた。


「豆乳はいちいち買いに行くと重いから、定期購入にしたわ、どんどん飲んでいいわよ」

「すまんな」

「ちょっと暗い雰囲気になっちゃったわね、明るく行きましょ」」

「そうだな、話題を変えるか」

「それがいいわ」

「その前に豆乳を定期購入って事は配達員が持ってくるのか?」

「そうよ玄関先まで届けてくれるわ」


 緋村のカバンを引っ張り出し、中の書類を探った。江口の書類を取り出す。


「こいつの顔をしっかり覚えておいてくれ、見かけたらとにかく逃げろ、こいつが緋村と親父さんを殺した男だ、拳銃を持っている」

「わかったわ」

「配達員に扮して来る可能性も十分あり得るからな、事件が片付くまで由香里がドアを開ける事は禁止だ全て俺が出る」

「わかった、顔も覚えたわ。暗いオーラの男ね」

「それは殺気が溢れ出してるせいだ、本物の殺しのプロは直前まで殺気は出さないがこいつは常に出ているどういう事かわかるか?」

「わからないわ」

「こいつがプロの殺し屋じゃない証拠さ、単に殺しが好きなヤクザだって事だ」

「なるほどね、わかったわ」

「話はこれで終わりだ」


 カバンを片付け豆乳を飲む。


「さっきのスタミナ定食がまだ効いてる、体が暑い」

「わたしもよ」

「ちょっと出掛けてくる、すぐに戻る」

「どこへ行くの?」

「ジムで長井と話をするだけさ」

「じゃあ家で待ってるわ」


 シャツを着替え下に降りて歩いてジムに行った、思った通り長井はまだいた。休憩中なのかボーっとしている。


「長井、ちょっといいか? 聞きたい事がある」

「何でも聞いてくれ、暇だったんだ」

「ボクシングを長く続けているとパンチドランカーになるってよく聞くが、どうなるか詳しく知りたい」

「簡単に言うと殴り合いをしすぎて、脳が揺れっぱなしになるんだ、物事が正しく判断できなくなったり、ろれつが回らなくなったりする。酷くなると精神に異常が出て来る、気が狂ってしまうんだ、廃人になるって事だ」

「じゃあ顎にパンチを数時間打ち続けたらどうなる?」

「軽いパンチでも数時間続けたら精神が崩壊するだろうな。もしかしてさっきテレビで流れてた地元のヤクザが誘拐されて気が狂ったニュースはあんたがやったのか?」

「さあな」

「誰にも言わねえよ」

「俺がやった」

「やはりな、ニュースを見た時ピンと来たんだ、会長とあんたがやったんじゃないかって話をしてたんだ」

「身動きを取れなくして目隠しをして、顎に軽いパンチを入れ続けた。三十分で泣き始めて、次の三十分で失禁し、次の三十分で血の涙を流し始めた、その頃にはもう半分気が狂っていたが最後に一時間打ち続けてたら鼻血が吹き出したから止めたんだ」

「酷い話だ、相手がヤクザだから構わないが鼻血が出たとこで止めたのは正解だったな。それ以上続けてたら鼻血じゃなく脳みそが出て来て死んでたぜ。あんたが人殺しにならなくてよかったよ」

「危ないとこだったんだな」

「ああ、もうそのヤクザは元に戻れない、一生気が狂ったままだ。素人相手ならその三分の一で十分だ失禁するか血の涙を流したらストップだ、効果は十分にある、怖い男だ」

「これも仕事の一つさ」

「探偵ってみんなそうなのか?」

「いや、こんな事をするのは俺くらいだ」

「そうか」

「話はこれで終わりだ、邪魔したな」

「もう帰るのか?」

「ああ、今日はこの事件で疲れたんでな」

「牛肉とにんにくと生卵をたくさん食べればいい、疲れが吹き飛ぶぜ、自然薯でもいい」

「もうたらふく食ったよ」

「今夜は奥さんを寝かさないつもりだな」

「そんな気分じゃないよ」


 とは言ったものの俺は興奮しっぱなしだった。

 じゃあ、と手を挙げジムから出てまっすぐ家に帰った。


「早かったのね」

「すぐに戻るって約束したからな。牛肉とにんにくと生卵ととろろは正解だった様だ、長井が言ってた」

「調べたかいがあったわ、お風呂沸いたの入りましょ」


 脱衣所で服を脱いだ時に由香里が聞いてくる。


「何に興奮してるの? 大きくなってるわ」

「スタミナ定食を食ってからずっと収まらないんだ」

「私だけかと思ってたわ」

「由香里もなのか」

「うん、流石スタミナ丼ってところね」

「長井にも、奥さんを寝かさないつもりだなってからかわれたよ」


 風呂でイチャイチャし、風呂から上がるとさっと拭いて裸のまま由香里をベッドに誘い朝まで何度も抱いたし何度も求められた、いろいろ教えてやった。朝には収まった。

 二人共肩で息をしていた。

 由香里が脱衣所から服を取ってきて、二人で笑いながら服を着た。


「今度作る時は具材を三分の一くらいにしてみるわ、あなたに抱かれるのは嬉しいけど、これじゃ私の身がもたないわ」

「俺もだ」


 朝は軽くパンにしたが、まだスタミナ丼が効いているのか寝てないのに活力がみなぎっていた。

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