旧友との再会

旧友との再会①

曲作りに行き詰まった俺は、街をぶらつき歩いていた。


だがしかし、こんなに早く壁にぶち当たるとは、思ってもみなかった。


そんな事は関係無いと言わんばかりに、今日の天気は爽快だ。


まだまだ暑い季節だが、時折吹き抜ける風が、少し汗ばんだ体を和らげてくれる。


少し歩き疲れた俺は、前から気になっていた、こじゃれた喫茶店に入る事にした。


外見は現代的だったが、店の中に入り、中を見回すと、どこか昔の匂いがする。


実際には、匂いなどしないのだが、そんな表現を使いたくなるような雰囲気の店だ。


店の中には、聞いた事のないクラシックのような曲が流れている。


おそらく店主の趣味なのだろうが、俺には雑音にしか聴こえない。


クラシックを聴くにしては、音量が大き過ぎるのだ。


良く見たら、カウンターの中でコーヒーメーカーをいじっている店主らしき老人の耳には、補聴器らしき物がしてあった。


俺は老人に軽く会釈をすると、勝手に奥のテーブル席に座り、店内の様子を見渡した後、煙草を取り出し火を点けた。


客は俺だけのようだ。


老人が、ようやく二人きりになれたねと言ってきたらどうしよう?


そんな妄想を頭の中で広げながら、二本目の煙草を吸い終わっても、水とおしぼりが一向に運ばれてはこない。


気が長い方ではない俺は、カウンターにいる老人に声を掛けた。


しかし老人は聞こえていないのか、こちらの方を見ようともしない。


「すいません!」


俺は大声で老人を呼んだ。


すると老人はカウンターの中から出てきて、水とおしぼりを持って、ようやく俺が座る席にやってきた。


「いらっしゃいませ」


「アイスコーヒー」


老人の挨拶に返事をせず、俺はぶっきらぼうに注文をする。


「かしこまりました」


かしこまった老人はカウンターに戻り、俺の為のアイスコーヒーを作り始めたようだ。


かしこまられた俺は、老人を見ながら、またしても煙草に火を点ける。


そしてヘビースモーカーという名誉ある通り名を持つ俺が、四本目の煙草を吸い終わる頃に、ようやくお目当てのアイスコーヒーが運ばれてきた。


煙草で喉が渇れた俺は、勢いよくストローを啜った。


「…ほぅ」


俺の口から、渾身のほぅが漏れる。


美味い。


ただ一言、実に美味い。


ガムシロップもミルクも入れてないブラックで飲んだが、稀に見る美味さだ。


今度来たら、ホットでも飲んでみるかな。


あまりの美味さに、一気に半分も飲んでしまった。


残る半分は、カスタマイズして飲んでみよう。


ガムシロップ&ミルク。


定番であり、アイスコーヒーに究極に合う組み合わせ。


「うむ」


俺の口から、渾身のうむが出た。


悪くない。


甘くまろやかになった中に、コーヒーの渋さが際立っている。


これにはやはり、煙草だな。


俺は煙草をおかずに、アイスコーヒーをちびちびと飲み干した。


店内は続々と入ってくる客で、賑やかになってきている。


俺が来た時に、客が誰も居なかったのは、レアパターンだったのかもしれない。


こんなに美味いコーヒーだ。


繁盛するのもうなずけるというものだ。


しかし、解せない点がある。


店員らしき人物が、老人以外見当たらないのだ。


店はそれ程広くはないが、明らかに人手が足りていない。


人を雇えばいいのにな?


俺は忙しそうに動き回る老人を見て、そう思った。


だが、人それぞれ、考え方が違うもの。


俺があーだこーだ考えても仕方が無い。


老人には老人の考え方があるのだ。


俺はちびっこい氷だけとなったグラスを、名残惜しげに、ストローでチュウチュウと啜る。


そして、机の上の伝票を持ち、カウンターにあるレジへと向かった。


しかし老人はコーヒーを客に運ぶのに忙しいらしく、なかなかレジ前に来ない。


五分程待たされ、ようやく老人がレジにやってきた。


「ありがとうございました」


老人の笑顔を見て、怒る気が失せた俺は、五百円を払い店を出た。


冷房の利いた店から出ると、外は蒸し暑かった。


汗がじんわりと滲み出てくる。


俺はうちわ代わりに手の平を扇ぎ、顔に優しげな風を送り付け、ゆっくりと歩きだした。


何か曲作りのインスピレーションが浮かびはしないかと、俺は辺りをキョロキョロと見ながら歩く。


時に立ち止まり、建物を見詰めたりもしている。


普段歩き慣れた街も、こうしてじっくり見れば、違った風景に見えてくるものだ。


しかし、曲に結び付くような考えは、一向に浮かんではこなかった。


話は変わるが、俺は女を本気で好きになった事がない。


付き合った歴代の彼女も、本気で好きという訳ではなかった。


ただ何となく付き合っていたのだ。


故に、狂おしい程の愛とは、何かが分からない。


そんな俺は、時折バラードを作っている。


ロマンチックな愛の詞に曲を付け、想像の世界だけで作った歌を唄っているのだ。


本当の愛を知らない俺の唄を聴いて、泣いてくれる人もいる。


不思議なものだ。


街並みを見ても、曲へと繋がるものが湧いてこない俺は、今度は建物を見るのを止め、通行人を観察し始めた。


うつ向きながら歩き続ける者。


一人にやにやしながら歩く者。


様々な人間がいるものだ。


人間観察をしている俺の目が、一人の人間を見て、ぴたりと止まった。


「…何処かで見た顔だな?」


俺はそう思い、脳の奥をまさぐった。


しかし、我がマザーコンピューターが、答えを弾き出す事はなかった。


その男は見た目、俺と同年代みたいだ。


「…誰だっけな?」


思い出そうと立ち止まり、その男を見詰めていると、俺と男の視線が合わさった。


男は俺を見て、一瞬不思議そうな顔をすると、近寄ってくる。


「…響じゃないか?」


男は俺の名前を呼んだ。


「…あっ!清水!」


ようやく答えを弾き出してくれたマザーコンピューター改め、動作不良の我がマザーコンぺーター。


危うく叩いて直すところだったが、頭の中のモヤモヤが一瞬で晴れた。


「久しぶりだな!」


俺は清水の幼少期の顔を思い浮かべながら、笑顔で手を挙げる。


清水忍とは、小学校から高校二年の時まで学校が一緒だった。


よく遊んだ仲だ。


清水は高校二年の時に、当時付き合っていた彼女が妊娠している事を知り、学校を辞め、土木の仕事を始めた。


風の噂では、清水が十八の誕生日を迎えた日に、籍を入れたと聞いている。


そんな清水と顔を合わせるのは、高校二年生以来だ。


「奥さんと子供元気か?」


清水の当時の彼女の、今田清美の顔を思い浮かべながら、俺は尋ねた。


「いや、十年前に離婚したんだ…はははは」


「…そうか」


清水の無理して笑うような姿を見て、俺は言葉に詰まった。


しかし、そうかだけで、さよならをする程、冷めた仲ではない。


清水とは、昔仲の良い友達だった俺は、話題を模索した。


「…清水、今も土木の仕事してるのか?」


「いや、今、俺小説書いてるんだ」


「えっ?小説家か?」


俺は驚き、聞き返した。


「ああ、小説家だ」


清水は照れ臭そうに、鼻を掻いている。


「すげえな…」


清水にそんな才能があるとは知らなかった。


俺の知る清水は喧嘩が大好きで、仔犬が好きな奴だ。


「…なあ?飯食ったか?」


驚きを隠せない俺に、清水は唐突に、そう尋ねてきた。


「えっ?飯?まだだよ。行くか?」


「おう、行こうぜ!ちょっと遠いけど、うまい店あるんだ!行こうぜ!」


「行こう、行こう!」


突然であり、偶然でもある旧友との再会。


俺は昔のように、清水の横に並び、歩き出した。


駅に着き、電車に乗り、四十分程して電車を降りた。


そして駅から歩く事十分、目的の店が見えてきたようだ。


清水は「あそこ!あそこ!」と、はしゃぎながら、指差して笑っている。


そのはしゃぎながら笑う仕草を見て、俺は学生時代の清水と重ねた。


「変わらないな…」


清水は学生時代も、こんな子供みたいな仕草をして、喜んでいたものだ。


俺達は『blnhux』と看板を掲げている、煉瓦作りのその店に入った。


店の中の雰囲気は、俺自身行った事はないが、どこかイギリスを思わせる飾り付けがしてある。


なかなか小洒落た店ではないか。


俺はキョロキョロと店内を見渡した後、良くできた橋の模型を眺めながらテーブルに着いた。


「ここ、しょうが焼きが美味いんだよ」


清水は俺がメニューを開く前に教えてくれた。


しかし食いしん坊な俺は、他にも魅力的な料理があるのではないかと、メニューを開く。


しかし、しょうが焼き以上に、俺の食いしん坊をバンザイさせるメニューにはお目にかかれなかった。


結局、清水のお薦めのしょうが焼き定食を、二人して注文した。


「なあ、この店の名前のblnhuxってどんな意味なんだ?」


英語に疎い俺は、単語の意味が分からず、清水に尋ねる。


「ん?あぁ、俺も最初分からなかったから聞いたんだけど、意味はないらしいぜ」


「え?意味ないってどういう事?」


「店のオーナーが、適当にアルファベットを並べて付けたらしいんだ」


「…ふーん」


俺はこんないい加減に店名を付ける店で、料理は大丈夫なのかと思った。


しかしその不安も運ばれた料理を食べた瞬間、吹き飛んだ。


「うまっ!!」


俺はおもわず声に出してしまった。


「だろ?」


清水はご飯を頬張りながら、にこにこして言った。


溢れだす肉汁。


利き過ぎな程の生姜の風味。


そして、くどさのない甘辛い味付け。


全てが完璧な配合で、分配してある。


こんな美味いしょうが焼きは、食べたことがない。


また、その味付けが飯に良く合う。


もはやそれは、しょうが焼きを食べると飯が欲しくなり、飯を食べるとしょうが焼きを欲する症候群だ。


俺は我を忘れ、無限にループ出来る、肉とご飯を交互に口の中に入れ続けた。


そして休憩する事無く、俺はしょうが焼き定食を平らげたのだ。


「…ふぅー」


食後の煙草に火を付け、気持ちよさそうに俺達は煙草を吹かした。


「…なぁ清水、どんな作品書いてるんだ?」


食欲が満たされた俺の関心は、目の前の人物へと移った。


「恋愛小説だよ」


清水は照れ臭そうに、鼻を掻きながら答えた。


「えっ?…お前が!?」


目の前に居る、いかつい顔をした男の口から飛び出した発言に、俺は驚いている。


「…お前が恋愛小説書いてるのか…お前、ロマンチストだったっけ?」


「ははは…知らなかっただろう?」


清水は、いかつい顔を赤らめ笑った。


「…いらっしゃいませ」


店員が、次々に入ってくる客達に向かって喋りかけている。


夕食時を迎え、それ程広くない店は込み合ってきた様子だ。


「…混んできたな…行くか?」


俺は周りを見ながら、清水に尋ねた。


「…行くか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る