1-11


「これ、いいのか? 俺、お金持ってないし……」


「そうね……正直言うと、あなたの服を買うお金はないわ」


 最後にようやく私のフルーツサンドが運ばれてきて、机の上の役者がそろった。

 運ばれてきた料理を見てニコが囁くように言う。別に、困るような量でもない。ただサラダと焼いた魚と、パンと飲み物が来ただけだが、私でも食べきれるような量である。

 ない袖は振れないので仕方がない。そもそも、私は大金を持ち歩く趣味はなかったし、そこまで高給取りでもない。いつも一人分の食費と宿代くらいしか持ち歩かなかったし、それで事足りた。

 だが、彼をここで放り出したらきっと元の身分に戻るだけだ。魔法使いの端くれとして才能をその辺に放り出すことはできなかった。それに、助けてもらった恩もある。


「でも、宿代は後払いだし、心配なのはこれからの食費位かしら」


 ニコの顔色が悪くなっていくのでそう付け足す。やっていることはいつもとほとんど一緒なのだ。ただ一人増えただけ。尚且つ、私の魔物たちにやっていた果物や穀物、肉などのお金は出て行かなくなったから、支出は若干少なくなったと言ってもいい。


「今日の分と、この町への滞在費は気にしないで。助けてもらったお礼だから」


 こんなことをニコは望んでいないかもしれないが、私に返せるのはそれくらいの物しかない。自分の自己満足の賜物だ。


「自分の生活費は自分で稼ぐことね」


「でも、俺……身分証もないし……」


「そうね」


 ナプキンで手を拭いてから、フルーツサンドをかじる。

 ニコは未だに見えない何かに憑りつかれているらしく、ナイフもフォークも握ろうとしない。冷めたらおいしくないぞと思いながら彼の顔を見た。


「でも、それを言うなら私も力がないし、身分もはっきりしてないわ。ただの冒険者」


「エマは魔女だろう?」


「魔物使いよ」


 きっぱりと言い返す。

 ふと、いつニコに魔法の話をしたかと思ったが、覚えていない間にでもしたのだろうか。記憶を引っ掻き回すが、どこにもとっかかりはない。


「いや、今は魔物使いとも呼べないか」


 魔物がいないので今の私は魔物使いとは呼べなかった。だが、魔力も少ないので魔法使いで名前が通るかも微妙だ。私はあの日だけでアイデンティも呼び名も失ったわけだ。だが、少ない魔力にみっともなく縋り付いている。物心つく前から魔法を使っていたから、きっと諦めるのには時間がいるのだろう。

 目の前にはまだ魔法の何たるかを知らない魔族がいる。彼は自分の力の底を知らない。


「だから、手を組みましょう」


 何も知らない子供のような彼を利用するのは心苦しいが、生活のためだ。それに、私が利益をすべて得るわけではない。五分五分になればきっと彼も文句は言わないだろう。

 心の中で苦し言い訳をする。

 そして、彼を魔物のように扱ってはいけないと心の中で言い聞かせえる。

 彼は人間だ。

 あの子たちの代わりではない。


「見たところ、あなたは腕っぷしが立つようだし、才能もある。私はただの冒険者。ニコが私と手を組むと、ただの二人の冒険者になれるわ」


「そんな、面倒なことしなくたって、エマが俺の主人になれば……」


「馬鹿ね、奴隷を連れた冒険者なんてどこにいるのよ。奴隷を買うのなんて貴族か、富豪か。ともかく金持ちの道楽だわ」


 それ以外の生き方を知らないからそんな風に言うのだろう。

 可哀そうと同情してやることは簡単だったが、私が今すべきことは彼に生きるすべを教えることだ。


「それに、私は奴隷解放派」


 さらりと自分の意見を主張しておく。この世の中、言った者勝ちだ。


「あなたも、容易に自分を落とさないことね。自分に見合ったことをなさい」


 偉そうなことを言える立場ではないが、それだけは伝えておく。

 きっと彼が今後人の中で生きていく上で大切になることだと思ったからだ。

 フルーツサンドの最後の人口を口の中に放った。

 それを見てようやくニコも食事に手を付け始める。

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