1-10
教会の鐘ではっと目覚める。
シーツの感触に顔を上げればベッドの上だった。一瞬混乱するが、そうだ、宿だったと思い出す。嫌な夢を見ていたが、なかなか起きれなかったのだ。
目元をこすって体を起こす。ベッドで寝るのなんて久しぶりで、夢見はよくなかったがそれにしてはよく眠れたと思う。
広いベッドの上に、もう一人の姿を探すと、なぜだかベッドのギリギリ、落ちるか落ちないかの所で寝ている。相当寝相が悪いらしかった。
「はぁ?」
十回目の鐘の音がようやく終わった。
―――――――
遅めの朝食で微妙な時間だったが、宿の主人に教えてもらって近場の食堂へ入る。時間帯のせいか、人はまばらだ。
入り口から一番遠い席に座ってあたりをぐるりと見渡す。
さて、外観は少しさびれた感じでどうなることかと思ったが、店内は小ぎれいにしてある。木でできた椅子やテーブルは年季が入っていたが、良く磨き上げられてつるつるとしていた。この店を紹介したところを見ると、あの宿の主人はセンスがいい。
ニコもきょろきょろとあたりを見回していた。やはり初めての場所は落ち着かないらしい。首を動かすたびにポンチョの隙間から鉄の首輪がちらりと見える。幸いなことに店内にはそれを咎める目はない。
「好きなもの食べていいわよ」
メニューを取ると、まずはニコに渡した。
「いや……俺……」
「遠慮しないで、食事代は私が持つわ」
「うーん……」
流石に食事の一食や二食に困るような困窮具合ではないので、遠慮されると逆に申し訳なくなる。
促してみるが、メニューを食い入るように見つめたニコはほとんど動かない。
食堂の中の人の会話が聞こえるほど、黙り込んでいた。
「や、やっぱり、俺……」
「食べられないものはないのね?」
いつまでも遠慮しているニコからメニューを回収すると、ざっと目を通す。
さて、この年頃の男はどれくらいの量を食べるのだろうかと記憶を引っ張り出す。姉しかいない自分には参考にするべき男性が父親しかいない。あるいは、同僚の男の魔法使いや魔女もいるにはいるが、思い浮かぶ体はどれもこれも線が細い。私と一緒か、それよりも食べない者の方が多い。
一方、目の前で椅子に座っている彼は、身長は平均より少し高いくらいで、筋骨隆々である。まさか、あの体がもやしのような魔法使いたちと同じ量の食事で賄われているはずはないだろう。いくら何でも燃費が良すぎる。
記憶をひっかきまわしていると、そういえば自分の師の弟子のひとりの中に筋骨隆々な男がいたのを思い出した。二、三度会ったことがあるのみだが、彼が食事をしているのを見たことがあった。それを参考にして、いくつか目星を付ける。
自分は何を食べようかと思ったが、流石に昨日の今日で肉料理が食べられるとは思えない。特に、鶏肉なんかは見たくもなかった。
ちょうどよいところにフルーツサンドを見つけてそれを注文することにする。
ウェイトレスを呼び止めて、フルーツサンドと一緒にニコの物をいくつか注文する。暇な時間だから気が抜けているのか、元来そういう接客をする娘なのか、十代半ばの薄化粧の彼女が注文をメモに取ると「おまちくださいねー」と暢気な声で去って言った。
「き、昨日は眠れたか?」
「おかげさまで」
ウェイトレスのことを目で追いながらニコが口を開いた。
素直に頷く。こんなところで嘘をついても仕方ない。
自分で思っていたよりも疲れていたのか、ぐっすりと眠れたのは事実だ。背中に薄っすらと熱を感じていたのも原因かもしれなかった。いつもは、魔物たちと身を寄せ合って寝ていたのだ。あの状況で一人寝などしたら、もしかしたら一睡もできなかったかもしれない。
魔物たちのことを思い出して胸に嫌なものがたまる。食欲が急速に萎えていくのが分かったが、私にはどうすることもできない。
そんな質問をしたのだから、もしかするとニコは眠れていなかったのかもしれないと顔を上げる。
「ニコは? 眠れた?」
「あ、ああ」
「あんなに布団の端に寄ってたのに?」
「いや……」
ニコが少しだけ目線を反らす。顔を見てしゃべる彼にしては珍しい。
「ふ、布団の端で寝るのが好きなんだ」
目線を反らしたまま小さい声で呟くニコは少し落ち着かないようにも見えた。
「そう、ならいいけど」
長い前髪に隠れた目を見ようとしたが、どうにも黒い瞳は覗けなかった。
透視の魔法でも使えたらよかったのに、と思ってしまう自分に何を考えてるんだと首を振った。そもそも、魔力が足りなくて呪文を唱えることさえできないだろう。
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