ある創作者達の談話

「ボツ作品って、キミ達にもあるかい?」


 とある創作者達が集う場で、メンバーの一人である小説家がこう聞いた。

 画家はデッサンの手を止めないまま「普通にあるけど」と語り、デザイナーは「完成品につき倍以上は没ができるわね」と言う。


「じゃあ、心残りのあるボツ作品は?」


 その質問には、画家も一瞬だけ手を止め、首を捻った。


「心残りがあったら作品にするでしょ」


 デザイナーの方は少し考えて、「そもそもそこまで作品に思い入れがないわ」と議論を投げた。


「それがね、ボクにはあるんだ。童話みたいなものを書こうとしたんだけど……ラストシーンが一文字も書けなくて、断念したんだよ」

「珍しいね。君が書けないシーンとかあるんだ」


 画家の言葉に、小説家は気まずそうに「ない! って胸を張りたかったんだけどねぇ」と答える。


「テーマ先行作品だったんだ。端的に言うと、『はみ出しものが幸せになる話』なのだけど」

「よくあるやつだね」

「そう、よくあるやつだ。……だけど、ラスト付近まで書いたのに、救い方が分からなくて断念した」


 小説家は本当に悔しそうに、未練をつらつらと口にする。


「バッドエンドにすれば良いじゃないの」


 デザイナーの言葉に、画家が「身も蓋もなくない?」と突っ込む。


「幸せになる話がコンセプトなんだ、無理に決まってるだろう!」


 当然、小説家も憤る。


「話はこうだ」

「いや別に聞いてないんだけど」

「じゃあ聞いてくれ。オニカサゴ、という魚の仲間がいてね、毒のある彼は海の世界でいつも一人ぼっちだったんだ。仲良くしたいけれどオニカサゴは心優しくてね、海の仲間たちを誰一人として傷付けたくなかった」

「……魚って心あるの?」

「そこは突っ込まないでくれ。そういう作品なんだ」


 画家の質問に辟易へきえきしながらも、小説家は続ける。


「オニカサゴは悩んだ。誰も傷付けたくない。だけど独りは寂しい。周りの魚たちもオニカサゴの優しさを理解していたから、助けになりたいと思う魚もそれなりにいた。……だけど、オニカサゴに触れると魚たちは傷ついてしまうし、下手をすれば死んでしまう」

「じゃあ一人で居れば?」


 今度はデザイナーが説明に辟易したらしく、再び身も蓋もないことを言う。


「オニカサゴは一人でいることを肯定できないから、苦しんでるんだ」

「面倒臭い人間……いえ、面倒臭い魚ね……」

「えー、でも自分が望んでないのに、選択する余地もなく孤独ってキツいでしょ」


 画家のフォローに、小説家は水を得た魚のように声を弾ませた。


「そう! ボクはそれを言いたかった!」


 デザイナーは「ああ、そう……」とだけ呟き、また沈黙に戻る。


「そこで、だ。ボクはオニカサゴを幸せにしたかった。……だけど、彼が魚たちにとって毒で脅威なのはどうしようもない。優しいオニカサゴは魚たちが傷つくことで自分も傷ついてしまう……それでどうすればいいのか迷っているうちに、ボツになってしまったんだ」


 悔しそうに、小説家は完成しなかった自作への熱を込めて語る。

 画家はデッサンの速度を僅かに緩め、思案する。……やがて、彼はこう言った。


「いっそ、死んじゃうのが救いとか?」


 小説家は大きくため息をつき、「やれやれ」と呆れを隠さずに答える。


「ボクはね、そういう救いはあんまり書きたくないんだ。オニカサゴは!! 仲間たちと!! 仲良く幸せに暮らして欲しいんだ!! あっ、みんなで死ぬとかもナシだよ???」

「ええー……じゃあ無理難題でしょそれ」

「まあ、いい案を思いついてたら作品になってるからね!」


 デザイナーは話題そのものに飽きたのか、沈黙したまま話に入ってこない。

 画家は再びうーん……と考えつつ……


「毒の効かない運命の人……っていうか、運命の魚が現れるとか、神様に必死でお願いしたら毒が消える、とかは?」


 そう、提案した。


「そんな奇跡を都合よく用意してしまうのも逃げのような気がする」

「いやフィクションはいくらでも都合よくできるでしょ」

「でもご都合主義は嫌なんだ! 納得出来る必然性が欲しいんだ!」


 猛然と抗議する小説家に対し、画家は心底面倒くさそうに肩を竦める。

 ……と、黙っていたデザイナーがぼやく。


「そんなに関わりたいなら毒を無効化する薬か何かを作りなさいよ」


 その一言で、小説家は例えるなら全身に強い電流が走ったかのような、声にならない悲鳴らしき何かを叫んだ。


「……!!!!!」


 それだ。そう伝えたかったのだろうが、長年の悩みにあっさりと人の心が分からない性格のデザイナーが答えを出したことに対する衝撃や悔しさ、突破口を見つけた喜び、答えを出せなかった自分への不甲斐なさが、小説家からありとあらゆる語彙を奪い去って行った。


「あー……関わりたい他の魚と、距離感保ちつつ共同研究する感じ? ……魚に心がある世界観なら、普通にアリじゃない?」


 いつの間にやら、画家のデッサン速度は元の速さへと戻っていた。

 小説家はようやく「そうか……そうだね……」とリアクションを絞り出し、震える声で独り言のように続ける。


「ようやく……ようやく、ボクはオニカサゴを救えるのか……!!」

「待って僕のスケッチブックにメモするのやめて!?」

「ふふ……ふふふ、何年経とうが書けてしまえばボツ作品じゃない!!」

「聞いてる!?」


 画家と小説家の戯れを横目で見つつ、デザイナーはため息をついて眠りに落ちようとする。


「もしかして、オニカサゴと自分を重ねた? ちょっとだけ似てるよね」


 ……と、それまで存在感のなかった「鑑賞者」の声が、デザイナーの意識を呼び覚ます。


「……。あんた、いつから聞いてたの」

「最初からだよ。楽しそうな話だったから」


 鑑賞者は特に何かを作り出しているわけではないが、三人の友人を名乗っている。こうやって、息を潜めて創作の議論や作品づくりを見守ることは特に珍しくない。


「私、誰かと関わりたくもないし優しくもないわ。気のせいでしょ」

「だけど、望んでもなくて、選択する余地もなく孤独なのって……つらいんじゃない?」


 鑑賞者の鋭い言葉に、デザイナーの歯切れも思わず悪くなる。


「……そう、ね」

「可能性、自分で見付けたね」

「なんで嬉しそうなのよ。それに、私はそんなに優しくないわ。毒で死ぬなら死ぬで、勝手に死んでおけばいいじゃないの」

「でも『選択肢』が増えるだけでも違うと思わなかった?」

「…………選択肢になるなら、そうかもしれないわね」


 意図しないところで、ほんの少しだけ誰かの心が楽になったことに、小説家本人はまだ気付いていない。

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