今日の友は、不機嫌だった
クロード・ブラン著『陽岬での日々』より。
***
「くだらないね」
女は原稿を投げ捨て、言い捨てた。
マスクの奥から流れるように紡がれるフランス語は、いつものことながら、演劇のように大袈裟だ。
「おいおい、随分と辛辣な物言いじゃねぇか、サワ」
「キミがくだらないものを書くからだよ。吾輩の貴重な寿命から15分も奪い去っておきながら、これはあまりにも頂けない」
批評する際の彼女の物言いは、いつもの大仰な口調をさらに大仰にしたような、尊大なものだ。
本人いわく、「その方が『らしい』だろう?」とのことだが……。
「じゃあ、何がくだらなかった?」
「アイデア、構成、文章……すべてにおいて下らなかった」
「全否定か……こりゃまた手厳しいな」
「だいたい、キミはエッセイストなんだ。ちょっと毒のあるエッセイを偉そうに書き連ねるのがキミの味だ。わざわざありもしない想像力を駆使して小説を書くよりは、いつも通りニヒルに小洒落たことを書いた方が時間の節約だ。そうは思わなかったのかい?」
「たまには、普段やらねぇことをやってみたくなるモンさ。人間だってそうだろ?」
「ほら、またそうやって吸血鬼ぶる! ボクだったらもっと『らしい』設定で『らしく』振る舞うね!!」
不機嫌な様子で、女はギャンギャンと喚きたてる。よっぽど、私の小説が気に食わなかったらしい。
投げ捨てられた原稿を拾い上げる。内容はロマンスだ。死んだ恋人を思い続ける女が、ヴェネツィアの祭りで少年と出会い、それが恋人の生まれ変わりだと知る話。
「まず、舞台がどことなく響きも雰囲気も洒落たヴェネツィアで、恋人が死んでいて、と思ったら生まれ変わっていて、再会。陳腐すぎる。なんの捻りもない」
「王道ってことで、ひとつどうだい?」
「それなら構成か表現かを捻りたまえ!! これじゃ誰かが書いたのの書き写しと変わらない」
「んじゃあ初めてなんだから、練習ってことで」
「だからさっき言っただろう! キミはエッセイストの方が向いている! 今すぐ新作を書くんだ! 寄越せ! 読ませろ!」
がなりたてる声に苦笑しつつ、手帳に記した。
「今日の友は、不機嫌だった」……と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます