第3話 めくれるミルクレープ
数日後。苺タルトの興奮も冷めやらぬうちに、再びシュシュが光を放った。コンビニのイートインコーナーでおにぎり片手に高山先輩の話で盛りあがっていた私たちに、かすかな緊張が走る。険しい顔でカナコはシュシュを耳に当てた。
「今度は幼稚園みたい。なんでもロケットの形をしたアホみたいにでかいすべり台があるらしいんだけど、それが結界に変わったって。すぐに向かわないと」
「わかった。ねえ、またついていってもいい? そして討伐が終わったらさ」
「はいはい、わかってるって。好きなだけ食べていいよ。ただ半分は残しておいてね。なんか本当は、残った隣人の死体って調査の対象なんだってさ。わたしも最近知ったんだけど」
「マジ? この前のきれいに完食しちゃったよ私」
「うん、なんかそれで上に怒られた。だから今回は残しておいて。『銃で撃ったらなくなっちゃいました』って言い訳できるから。さ、いこ」
食べかけのおにぎりを腹に詰めこみ、慌ただしくコンビニを後にする。放課になって一時間ほど経過した空は夕日に染めあげられていて美しかったが、少し雲が多い気がした。そんな中を、自転車で走り抜ける。横断歩道を越え牛丼屋を越えホームセンターを越え、二十分ほどして目的の幼稚園にたどりつく。園内に入ると、中に残っていた数人の園児やその親、先生たちの視線が、遊具が固めて置いてある一角に縛りつけられていた。
「え、ちょっと待ってよ、これは」
カナコが呆けたような声をあげる。すべり台だったものは、幼稚園の横に建っている十二階建てマンションとほぼ同じ高さの巨大なマカロンタワーに変貌を遂げていた。横一列ずつにそれぞれ別の色をしたマカロンが使われ、ところどころに飾りのリボンがかけられているそれは、不気味なオーラを放ちながら鎮座している。作りもののようだが、脳が溶けそうになる甘い匂いが周りにたちこめていた。
驚いて声が出せずにいる私を、カナコが振り返った。その顔には引きつった笑みがくっついている。ごめん、ちょっと。弱々しい声をあげ、カナコはすべり台から少し離れたジャングルジムのほうへと走っていってしまった。右腕を口元に持っていき、なにごとか話している。距離が遠く、ところどころしか聞きとることができない。
隣人。大きすぎる。死の力。増援。そんな単語がしばらく繰り返された後「わかりました、対応します」というカナコの声で、通信は終了した。うつむいた状態でとぼとぼと、彼女はこちらへ戻ってくる。視線がぶつかった瞬間、なにかにはっとさせられたような表情が浮かぶ。カナコを鈴の音が包み込む。魔法少女の衣装に着替えた彼女はそのままの勢いで塩を撒き、人祓いをする。野次馬たちがうつろな目をしてマカロンタワーからぞろぞろと離れていく中、カナコは狙撃銃を力強く握り締めた。
「いくよ」
言われるまま手を引かれ、タワーの根元に設置されているふすまをくぐり抜ける。内部は空洞になっており、壁に沿うようにぐるりと螺旋階段が設けられている。その終点に、小さな踊り場が見える。きっとあそこに、今回の隣人と襲われた人がいるはずだ。
ひたすら、階段をのぼっていく。いつもは敵と接触するまでどうでもいいような無駄話をしているが、今回、私は口を開くことができなかった。カナコも狙撃銃と私のてのひらを握ったまま、押し黙っている。しかし、塔の中腹までのぼったところで、その空気は唐突に破られる。
「ねえ、今回の隣人はどんなやつなんだろうね、モコ」
「ん、んーとこの前が苺タルトだったしなあ。結界がマカロンの形をしてたし、ここは無難にマカロンか、願望を言うならプリンアラモードがいいな」
「プリンアラモードか。わたしあれそんなに好きじゃないんだよね。ほら、プリン本体は別にいいんだけど、それにあぐらかいているというか。フルーツもきちんとおいしいやつを使ってないと嫌だ」
「なにそれ、ちゃんとおいしいのもあるよ。この間、駅の南口にできたお菓子屋さんあるじゃん。あそこのは果物もプリンの下のスポンジもちゃんとしてるよ。ちょっと高いけど」
「うそ、じゃあ隣人ぶっ殺したらそれおごってよ。無事に、終わったら」
「ふふ」
「はは」
そんなやりとりをしているうちに、遥か上に見えていた踊り場はすぐそこまで近づいてきていた。ふわふわとした言葉たちが、ゆるゆるとお菓子の階段に落ちる。この前も使っていたナイフで、カナコはドアの封印をたしかめた。
「開いてる」
カナコは小さく呟くと銃を胸に抱え素早く扉に張りつき、目の動きで後ろに隠れるよう指示した。わたしは強い。私の退避が済むと彼女はぽつりとつぶやき、勢いよくドアを開けて自身の頭を爆発させた。
頭?
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