第2話 いつもタルト
「もちろん。あれ以上においしい食べ物、私は知らないね。逆になんで、カナコたちハンターはあれを食べずに処理してしまうのか」
「人の魂を吸いあげる存在を口にいれようとするほうが変でしょ」
隣人たちはハンターによって仕留められると、死体がその場に残る。私はそれを食べるため、一般人であるにも関わらず、カナコの狩りに同行していた。
今日はいったい、どんな隣人を味わうことができるのだろう。濃厚でもったりとした味がするのか、はたまたあっさりとした味がするのか。まだ見ぬ死体に想いをはせ、私は舌なめずりをする。
「考えられない……さて、おしゃべりはここまで。じゃ、いつも通り私の後ろから離れないでね。行くよ」
仕事モードの顔になったカナコは、勢いよく家のドアを蹴破った。家の中は外壁と同じようにそこかしこにソフトクリームが付着し、本来民家にいるはずの生きものの気配を覆い隠している。
足元に落ちている首の折れた人型ジンジャークッキーを踏み砕き、よどみなく進んでいくカナコのあとを追う。魂を吸う対象の周りを、このような甘いものまみれにしてしまうのが、活発になった隣人の常套手段であるらしい。靴が生クリームとお菓子のくずでベタベタになってしまった。
「多分ここが敵の本丸ね。扉のつくりが厳重になってる」
妙に長い廊下(きっと結界で引きのばされているのだろう)の終点に、装飾がいくつもついた観音開きの扉が突然現れた。カナコはどこからともなくナイフを取り出し、ドアノブの横に猫の顔の絵を彫りこみ始める。目が英語の「I」、口が数字の「3」を一回右に回転させたような形をしている。ふきだしで「ぼーん」という気の抜けた文字まで追加された。それらを描き終えるとカナコは私に扉から離れるよう指示し、腰を低くして魔法少女姿のまま股を割った。
「ふんっ」
その体勢のまま思いっきり足を振りあげ、カナコは四股を踏む。重そうな編み上げブーツの底が床板にぶつかり、低い音が辺りを埋めつくしていく。なにやってるんだろと思いながら見ていると先ほどの絵が赤く発光し始め、派手な音を立ててドアがこっぱみじんに吹き飛んだ。
「そこか」
扉の奥に向け銃を構えるカナコ。とどろく轟音。光る銃口。みぎゃーっという悲鳴らしきもの。それらすべてが落ち着き、私が我に返ったころには、すでに狩りが終わっていた。
扉がなくなって風通しのよくなった部屋の中心には、一直線になにかが貫通していった跡のある苺のタルトが置かれていた。終わったよ。カナコの合図をなかば聞き流しながら、私は隣人の死体のもとへ、マイナイフとマイフォークを構えて一心不乱に向かっていった。素早くナイフを入れてそれを切り分け、口に運ぶ。苺の酸っぱさと、タルト生地と苺の間に薄く敷かれたカスタードクリームの濃厚な風味が口に広がった。幸せのあまり、顔の肉がだるだるになっていくのを感じる。
隣人とは、人やおぞましい怪物の姿をしているわけではなく、こいつのようにタルトやパフェ、だいふくの形をしている。なぜ甘いものに扮しているのかはわかっていないらしいが、そんなことはどうでもいい。人を死に追いやる恐ろしい存在だとしても、死んでしまえばただのお菓子と変わらないし、攻撃もしてこない。それに加えこいつらは、今まで食べてきたどのお菓子よりもおいしい。先ほどカフェで食べたケーキが、味のするスポンジに思えるほどだ。
そんな極上の甘味を味わう私を横目で見ながら、カナコは素早く部屋の角にある台所に近づくと、そこの影からピンクのカーディガンを羽織ったやせぎすのおじさんを引きずりだしてきた。頭から血が流れており、ところどころ白くなった髪の隙間から、別種の白いなにかがいくつか飛び出ていた。
「ここの家の人みたい。彼の周りにお皿がいくつか散乱していたから、きっと上から落ちてきたそれで頭を打ち、砕けた破片が刺さったのね。そのにおいをかぎつけて、隣人がやってきた」
カナコがおじさんの頬に手をかざすと、彼はすっと跡形もなく消えてしまう。魂を隣人に吸いつくされかけていた負傷者は、ハンターによって助けられると毎回このようにしてハンター固有の結界に送られ、体内に残った隣人の残りかすなどを無害化してから病院に輸送されるらしい。ここでようやく、ハンターの仕事が終わるのだ。
「ふう、終わった。命張ってるんだから、お金ぐらい欲しいなあ、もらえるものといえば、消しゴムやボールペン、ギフトカタログとかだもん。書道コンクールやお中元かよ」
「ここに今すぐもらえる報酬があるじゃん。ほら、おいしいよ」
「うげ、嫌だよそんなの、だいたいそいつわたしに殺される直前まで、おじさんのエナジーを吸ってたってことでしょ。なんか臭そうだしそれに老けそう」
「ひどいこと言うねカナコ」
顔を見合わせ、私たちは笑い合う。やっていることは普通じゃないのだろうが、その笑い声はきっと、一般の高校生が友人と繰り広げる馬鹿騒ぎと同じ種類のものだ。私はそう、信じている。
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