2020/03/22 23:46

『僕と別れてください』


 どうして君はこんな言葉を遺したのだろうか。わざわざ遺書まで用意して、簡単には見つからないように隠して。


 別れるも何も、君はもういない。

 私を置いて行ってしまった。

 それに今更こんなことを言われたって、どうすればいいのかわからない。

 君がいなくなって私がどれだけの思いをしたか、君は多分わかってない。


 だから、きっとそんなことが言えるんだ。

 君がいなくなる前、最後に言葉を交わした時、君は笑っていた。

 その時には、もうこれは書かれていた。

 どうしてこんな言葉を書いていながら、平然と暮らしていけたのだろう。

 私には、わからない。


 とん、という音とともに軽い衝撃を遺書から感じる。

 気がつくと視界が滲んでいた。

 これで何回目だろう。ここ数年、涙なんて一滴も出なかったのに、この二週間だけで何年分泣いたのだろう。

 泣いたって君は帰ってこない。

 泣いたって何も変わらない。

 そんなこと、自分が一番よくわかっているのに。どうしても溢れてくるものは止められなかった。


「りく……帰ってきて……」


 寂しい、辛い、怖い、寒い、痛い。

 君がいなくなるなんて考えもしなかった。

 ずっと一緒にいてくれると思っていた。


 けれどそれは甘い考えというやつだった。


 初めて君に会った時、君はまだ十二歳だった。

 少し大人びた、暗い視線に心を覗かれているようでちょっと苦手だった。


 三年後、十五歳になった君は大きくなって、かっこいい少年だった。

 そして君は必死な顔で、ここに住まわせてください、とお願いしてきた。

 お茶を飲んで、君の話を聞いた。私は少し迷って、受け入れた。

 君の目は相変わらず暗いままだったけれど、君が荒んでいた私の心を変えてくれるかもしれない、と私の勘が告げていた。


 結局、私の勘は正しかった。

 君は私の生活を大きく変えた。もちろんいい方向に。


 君が居ることで、家は明るくなったし、夜は暖かくなった。

 冷めきった私の心にゆっくりと沁みて溶けていく、君の暖かさがとても心地よかった。


「りく……うっ……」




 雫は溢れて止まらず、気付けばカーテンの隙間から陽が差していた。

 涙の乾いた後が頬に残って、少し痛かった。

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