第2話 コーヒーと恋の熱
カフェドロイド。
この辺では数少ない液体電池も提供してくれるカフェだ。
昨日約束した通り、僕たちはここに足を運んでいた。
夏の昼間からカフェに行けるのも、夏休みの特権かな。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「はい、コーヒーと液体電池お願いします」
アイは店員を見送るように視線で追い、姿が見えなくなってから口を開く。
「なんか、デートみたいですね」
「そうだね、なんか照れちゃうな」
アイもいつもの家事姿ではなく、少しおめかしした格好をしている。
ボブカットの髪を内側に巻き、心なしか唇も血色よく見える。
どこで服やら化粧品やら揃えてくるのだろうか。
アイには感謝もこめて、少ないけれど毎月五千円渡している。
その、いわゆるお小遣いでなんとかやりくりしてるのだろうか。
しかし、限られたお小遣いを僕と出かけるときのために使ってくれてると思うと、
少し......いや、だいぶ嬉しいな。
「業務用のは、やっぱおいしくないのか? 」
「はい、おいしくないですし少しぴりぴりします」
「......ごめんな」
「あっ、いえ、あのっそういう意味で言ったわけでは」
「ははは、わかってるよ」
「なら、よかったです」
一瞬目を丸めて慌てる様も、かわいいものだ。
だが、やはり時折目に入る首のタグが、僕を現実へ戻す。
そうプログラミングされている。
そういう言葉が頭をよぎるのだ。
だが思うのは、僕らの頭もこういうときは悲しい、とプログラミングではないけれど、そう感じるようにできていて、アイもまた、こういうときは恥ずかしいと感じるようにできている。
そこに細胞でできているか、金属でできているかという違いはあれど、いってしまえばそこしか違いはないのだから、アイも生きていることに変わりはないんじゃないか。
「おまたせしました」
コーヒーと液体電池が運ばれてくる。
店員さんから見れば、夏休みにアンドロイドと二人でカフェにくるなんて寂しい奴、
とでも思われているんだろうな。
「ここの液体電池、おいしいんですよ」
アイはコップを両手で包むように持ち、少しずつ飲んでいく。
そして、はぁ、と小さく息を吐き、やんわり笑って見せた。
「液体電池のぴりぴりって、炭酸みたいなものなのかな」
「炭酸が私にはわかりませんが、きっとそうでしょうね」
「苦手なの? 」
「私はぴりぴりするよりも、なめらかな口当たりのものが好きです」
「今度ぴりぴりしない業務用電池を探してみるよ」
「できれば業務用電池は勘弁してほしいです、味もおいしくないですから」
「それは......」
「ふふっ、冗談ですよ、マスター」
アイはいつも、少し僕を困らせる言葉をかけては冗談ですよと笑う。
いつも思うが、このやりとりは幸せだ。
いつまでも続けばいいと思った。
......いや、本当は違う。
マスターではなく、僕の本名の樹と呼んでほしいし、もっと特別になりたい。
でもこの想いを口にして、アイに嫌われるのが怖い。
それを感じるたびに、あぁ、恋してるなぁって思うんだ。
僕はまだ熱いコーヒーを一口飲む。
その味は、いつもより苦くて酸味がきいてる気がした。
「さて、と」
「マスター、もういくんですか? 」
「ん、まだ居たい? 」
「せっかくですから、もう少しお話しましょう」
「......そうだな」
もう少しだけ、この苦さを味わっていたくなったんだ。
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