ポンコツ勇者と神に逆らう街 4
「で?」
と、突如シスルが言った。
「で?」
ほとんど頭を介さず、反射的にたずね返す。そうしてから、まずい、と思った。あまりにも食べることに集中しすぎている。
わかっているのに、とまらない。これでは神のしもべ失格といっても過言ではない。
仕方がないではないか。それくらい美味しいのだから。
やれやれというようにシスルはため息をついた。
「で、その子が例の猫なんでしょう?」
そう言われ、手を動かしながら横目でケット・シーを見る。
ネコカンとやらを平らげ、名残惜しそうに皿を舐めている。ほんの少しの残りカスや、汁まで舐め取る勢いだ。
「例の、と言いますと?」
話が見えてこない。このケット・シーがどうかしたのだろうか。
というか、たずね方もおかしい。そこまで有名でもないはずだ。少なくとも、わざわざ『例の』と枕詞がつくほどには。
「規格外」
短い一言だったが、ラーニエの手を止めさせるのには十分だった。
どうしてそれを。
疑念を込めて彼女を見る。
だが、例によって彼女は人を食った顔でにっこり笑うと、ラーニエを無視してケット・シーに話しかける。
「あなた、どこからきたの?」
にゃ? と、皿を舐めながらケット・シーは答える。
「静か町にゃ」
ラーニエがたずねた時も同じ答えだったことを思い出した。ケット・シーの出身がシズカマチなる場所であることは間違いないらしい。
だが、いくら頭の中の地図をひっくり返してもそれに該当する場所は存在しない。概ね、ケット・シーの間だけで伝わる名前なのだろう、と思っている。
シスルは「そう」と興味なさそうに流して、さらに問い詰める。
「そこには猫缶やキャットフードがあったの?」
キャットフード? また新しい言葉だ。眉をひそめる。
「あったにゃ? ま、魚のやつだけどにゃ〜」
だが、当然だと言わんばかりのこの返答には少し驚いた。ネコカンなどというものがどこかで売っているという話は聞かない。
思い浮かんだのは、ケット・シーはこの街出身なのでは? という仮説だ。
そうであるならば、規格外の魔力にも説明がつくかもしれない。
つまり、生体実験されている可能性だ。
魔物の生体実験は、魔法学では今のところ倫理的観念からあまりいいようには思われていない。
だが、これは噂に過ぎないが、隠れて行なっている学者もいる、という。
神を信じず、かつここまで技術が先を行っている街なのだ。むしろそういうことが行われていない方がおかしいだろう。
やはり、この街は野蛮だ。
「でしょうね」
と、シスルが冷静にうなずく。
「やっぱり私の思った通りだったわね」
そして、こちらを見た。
一体何を言い出すのか。
思わず、固唾を呑む。
「あなたの猫は、転生者ね」
「——は?」
何を言っているのかわからなかった。
動く箱を開けてみたら犬が飛び出してきた、という気分になった。
ただ、その犬はとても賢く、ラーニエの知らないことを知っている。
「転生……というと、つまり……」
「生まれ変わり。死んで、生き返る。そういうことね」
彼女の言葉に黙るしかない。
それは、わかる。言葉の意味くらいは。
わからないのは、彼女の話の内容だ。
「つまり、あなたの猫は一度死んでいる。それも、こことは違う世界で」
ちらりとケット・シーの方を見る。
「概ね、車じゃないかしら」
シスルがそういうと、ケット・シーがビクリと跳びはねた。
「ニャッ……」
尻尾を立て、背を上げて、そのまま固まってしまう。その顔は、見たこともないほど怯えている。
認めざるを得ない。
少なくとも、異常な反応だ。
「やっぱりね。向こうの世界の人はだいたいそれで死ぬのよ。猫もそうだっていうのは初めて知ったけれど」
うんうん、と納得した風にうなずいている彼女に、あの、と声をかける。
「な、何なんですか? その……」
しかし、その続きの言葉が出てこない。
「何から教えて欲しい?」
微笑む彼女をうまく直視ができない。どうしても目が泳いでしまう。
それくらい、焦っている。いや、動揺している、というべきか。
まずは、まずは……そうだ。
「て、転生……ってどういうことですか……?」
いい質問ね、と、彼女はラーメンを食べた。
「この街には結構いるのよ。多分、街の外にもね。この世界とは違う世界で死んだ人が、この世界に飛ばされることがあるらしいの。原因はわからないわ。どうしてなんでしょうね」
神のいたずらかもしれないし、悪魔のいたずらかも。
シスルはいたずらっぽい目でラーニエを見た。ラーニエは神のしもべなのだ。
そして、教会の教えにそんなものはない。
「彼らには共通点があるの。規格外の魔力を持つ、というね」
規格外の魔力。
ケット・シーの魔法を思い出す。
街をひとつ吹き飛ばせるほどの爆発の魔法に、あらゆる戦争を終わらせることができると謳われる雷の魔法。
それを、事もなげにポンポン放つことができる、底なしの魔力。
もし、彼女のいうことが全て事実であるとすれば、これ以上の理由はない。
問題は、本当にそんなことがあり得るのか、ということだ。
「ラーメン」
と、シスルが言う。
「それ、この街でしか食べられない理由なんだと思う?」
「……さあ」
わかるわけがない。
「この街がここまで発展できた理由は?」
彼女が重ねた質問に、こちらも「わかりません」と正直に答えるしかなかった。
ふふ、と彼女が笑った。
見る人が見れば魅力的とも取れ得る、悪魔のような笑みだった。
「少し前——といっても数十年は昔ね。私はもちろん生まれてないわ——ちらほらと特異な人間がこの街を訪れ始めたの。教会の教えに従うことができないとか、宗教を信じる気になれないとかでね。それ自体は普通のことなんだけれど、彼らは私たちが持っていない知識を豊富に持っていた。例えば、ラーメンとかね」
ちらりと自分の器を見る。
それ、早く食べないとまずくなるわよ、と忠告を受けても手を動かす気が起きない。
「不思議に思った当時の長が彼らにたずねてみたらしいのね。そうしたら、皆して異世界から来た、転生した、って言うの。それで教会から迫害されたこともあるとね。教会を嫌う人間は私たちの仲間でしょう。だから、受け入れた。そして彼らの知識を使って、ここまで発展してきたの」
これが、転生ということが起こり得るという証拠。
受け入れるほかなかった。
そして、ケット・シーもまた、ネコカンやキャットフードというものを知っている。
やたらと自身を猫だと主張するのも、元々は本当に猫だったから。
「わかったかしら。ほかに質問は?」
そう言われ、少し考える。
もう質問などないようにも思えたが、ふと気になることがあった。
「あの、クルマってなんですか?」
クルマ、とラーニエが口にするとびくりとまたケット・シーが飛び跳ねる。そんなに恐ろしいものなのだろうか。
「向こうの世界の一般的な乗り物らしいわ。鉄の箱がものすごい速さで地面の上を動き回るんですって」
肩をすくめながらシスルは答えた。
「鉄の箱が?」
ちょっと想像できない。というか、確かにそれは恐ろしすぎる。
「そう。便利だって話だけど、向こうの世界じゃそれでたくさんの人が死んでるらしくてね。危ないから街では使ってないの。残念ね」
「……」
流石に絶句した。
怖いとか怖くないとかそういう問題ではない。本当に人が死んでいるとは。
「それ、なんて魔物なんですか……?」
おそるおそるたずねる。
すると、シスルは本当に面白いといわんばかりに吹き出した。
「言ったでしょう。車だって」
ああ、そうだった。
ラーニエもつられて引き攣った笑いを浮かべた。
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