メイドの話 5
体が震えた。
罪悪感によるものだったら、どれだけよかっただろう。
だが、ラーニエはそこまで正しい人間ではない。
つきつづけた嘘が明るみに出るという恐怖によるものだった。
しかし、もう誤魔化すことはできない。
椅子を引き、立ち上がる。
ぎい、という擦れる音が嫌に大きい。
メイドの方を見ることができなかった。
うつむくように、頭を下げる。
温かいものが頬を伝い、自分が涙を流していることに気づいた。
「ごめんなさい!」
謝罪の言葉は、叫び声になった。
沈黙が降りる。私の鼻の音が、かえって静けさを濃くしているような気さえする。
「何を……おっしゃっているのですか……?」
不吉な予感をメイドは感じ取ったらしかった。
戸惑うような、あるいは怯えるような声が聞こえた。
ラーニエは、この期に及んでまだ躊躇っていた。開いた口から、次の言葉が出てこない。
つい、ケット・シーに助けを求めてしまう。代わりに答えてくれないかと期待してしまう。
だが、餌を食べ終わったケット・シーは名残惜しげに皿を舐めるのに忙しいようだった。それに、そもそもラーニエが置かれている立場を理解してるかどうか。勇者のことだって、おそらく何もわかっていまい。
そしてもし、本当にケット・シーに助けてもらったとしたら、それこそ人の価値が地の底まで落ちてしまうだろう。
こういう真実は、自分の口で話さなければならない。つい隠してしまったのは、自分なのだから。
息を吸った。
「私は……」
心臓が大きな音を立てる。
現実から逃げるように、その音に聞き入る。
もちろん、ずっとこうしているわけにはいかない。
わかっていても、意を決するまでに長い時間がかかった。
顔を上げる。
「わ、私は……勇者じゃ、ないんです……」
そのためらいを反映したかのように、最後は声が消えてしまっていた。
「……」
喉に豚の骨を詰まらせたかのような重い無言が続いた。
穴があったら入りたい気持ちだが、どこにもそんな場所はないことはわかっている。
罪から逃げられる場所などないのだ。神の目はごまかせないのと同じように。
話すしかなかった。
「聖都ルージャルグでの火吹き大蛇の騒動はご存知ですか」
言葉としてはそれだけだった。が、何かを察したように屋敷の主人がちらりとユリカを見る。
大蛇は今、外にいる。あの巨体は屋敷には入らないからだ。
「はい」
そう答えたメイドはじっとこちらを見つめている。何を考えているのか、よくわからなかった。
わからないまま、全てを話す。
ユリカのこと、火吹き大蛇のこと、何を考え、どう行動したか。そして、その結果おそらく神学校を退学させられているだろう、ということも。
ややあって、メイドが口を開いた。
「……隠していたのですか」
「か、隠してたわけでは……!」
ないです、という言葉は出てこなかった。
メイドの軽蔑するような目をまともに見てしまったから。
「さっきの話は、なかったことに」
ごゆっくりどうぞ。形式的な挨拶を残して食堂を出て行こうとする。
「そんな……待ってください!」
慌てて引き止めようと思ったが、引き止めてどうしたいのか、自分でもよくわからなかった。
それがわかっていたのかもしれない。何も言わず出て行ってしまった。
がたん、と椅子を引く音がした。ユリカだ。
「あたしも、これで失礼します」
「ちょっ、ユリカ?」
予想外のことに、思わず叫んだ。
「あたしはあなたの仲間になるべきじゃなかった」
「そんな、そんなこと! なんで!」
混乱しているうちに、ユリカも出て行ってしまう。
なぜ。
「責任を感じているのだろう」
屋敷の主人が、鍋の肉を取り分けながら静かに言った。
「きみは勇者らしく、正しくあろうとしているのはわかる。でも、その正しさが他人に与える影響を、もう少し考えて行動したほうがいい」
勇者らしく、なんて。もう自分は優者ではないのに。
いろいろな言葉が頭の中をぐるぐると回る。
一体どうしたらいいのか。
「追いかけたほうがいいのでは?」
そうだ。
弾かれたように背筋が震え、ユリカ後を追いかける。
だが、屋敷は広すぎたのだ。
通路という通路を駆け回り、部屋という部屋を探して回ったが見つからない。
客室にユリカの荷物がないことに気づき嫌な予感がして外に出ると、蛇もいなくなっていた。
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