メイドと町人の話 7
「……」
ラーニエは黙り込んだ。
いや、どちらかというと何かを話すということ自体思いつかなかった。
まるで、あのメイドが異教徒と呼ばれ迫害される理由が思いつかなかったのと同じように。
頭の中は疑問でいっぱいだった。
勇者を殺す。それはつまり、ルージャルグ神学校や聖都ルージャルグを敵に回すのと同じことで、教会や神と敵対するのも同然。
そうなりたくないから、役場は勇者に仕事を依頼しない。
それを、国王が。
はっきり言って、ありえない。
ありえないと、ラーニエは思う。
なぜなら、理由がないから。
アムスラント王国と教会が特別仲が悪かったという話は聞かない。
いや、たしかに戦争はした。でもそれはずっと昔、王国が『月神』というものを神と崇めていた異教徒だった時のことだ。
——神の鉄槌が下され、異教徒たちは自らの神を呼び出そうとしたがついに現れず、ただの幻想であると証明された『月神』を捨てて神の子羊となった。
それ以降は一度も争ったこともないし、神に背いたこともない。
そう、習った。そのはずだ。
勇者を殺し、魔物によって滅ぼされたなんて、先生は言わなかったと思う。
もちろん、本当にラーニエがその部分を居眠りしていた可能性だってある。授業中の居眠りは他の生徒と比べて少なかった方だと自負しているが、それでもまったくのゼロというわけではない。
でも、そんな大事なことなら何度も教わっているはずだ。
ラーニエは地図を渡されればとても正確に異教の国、異教徒が集まる街、あるいは村の場所に印をつけて名前を言うことができる。
勇者として旅立った際、うっかりそういうところに立ち寄って殺されてしまうことを防ぐためだ。
その中に、アムスラントの名前はなかった。
「あの者はこの町の恥部なのです。みんなそう思っております。勇者様、なんとかなりませんか」
逆にお願いをされてしまう。
なんともしませんよ、とは言えなかった。
彼はそんなラーニエの様子を見て、肩を落とした。
「そういうことですので。聖句を間違って覚え、使っている者がいるということを教えていただけたのは感謝します。でも、我々があの者に冷たい態度を取るのは、何も不当なことではないのですよ」
そんなわけない、と顔を上げる。
彼の優しい目を見て、口を開く。
「司祭様!」
だが、叫んだのはラーニエではなかった。
その並々ならぬ声に反射的に振り返る。
「どうした?」
司祭が声をかけた、突如扉を開き息を切らしている男はしばらく息を整えるために時間を使うと、
「へ、蛇が……巨大な蛇が、この町に!」
「蛇?」
ラーニエと司祭の言葉が被った。
だが質は全然違う。
ラーニエは驚いた叫び声、司祭は眉をひそめ、疑問を滲ませて。
「ええ……火吹き大蛇ではないかと、門番は。わたくしも、そう思います」
悪い予感は敵中する。
あの蛇が突然この町に来たのだ。理由はひとつしかない。
ユリカに、何が。
いや、それ以上に悪いことがある。
この町にも、火吹き大蛇の話は伝わっていた。
と言うことは、次に起こることは予想がつく。
戦闘。
駐在していた兵隊がたくさん現れ、蛇に剣を向ける。
そして多分、聖都ルージャルグにも知らせに行くだろう。
「役場は何をしている?」
焦りすぎて冷や汗を浮かべるラーニエとは反対に、司祭は冷静にたずねる。
「慌てています」
というのが答えだった。
多分、本当にその通りなのだろう。つい口にしてしまった率直な感想というのはいつだって正しい。
「でも、もうすぐ戦いの準備も整うかと」
男からそれを聞いて、司祭が頷き口を開く。
だが、それに割り込んだのはラーニエだった。
「待ってください!」
ぎょっとしたからだ。
司祭と男が飛び上がるようにしてこちらを見る。
「戦わないでください!」
安易に蛇を傷つけてしまった結果、誰かを焼き殺す。
聖都ルージャルグの悪夢再来。
そんな最悪の光景が脳裏によぎる。
「だが、火吹き大蛇は」
司祭が訝しげに眉をひそめる。
痛いところを突かれ、頭が真っ白になってしまう。
「ち、違うんです! あれは、火吹き大蛇ではありません!」
だから、とっさにそう叫んだ。
「でも、特徴はよく似ています」
男が少し平静な顔をして口にする。
くそ、余計なことを。
「でも、違うんです!」
どちらが嘘をついているかは、それこそ火を見るよりも明らか。
それでも、ラーニエはこう主張するしかない。
「よく似てますけど、火吹き大蛇ではありません! だから、絶対に戦わないでください!」
司祭は男とラーニエを見比べて、結局ラーニエの方を向いた。
「勇者様はその蛇をご存知なのですか?」
「知り合いです!」
ラーニエが叫ぶと、司祭は、
「なら、会いに行かれた方がいいのでは」
確かに。
「ちょ、ちょっと行ってきます!」
ラーニエの答えに司祭は頷き、男は道を開けてくれた。
二人の好意にあまえ、ラーニエは部屋を飛び出した。
心臓の音は止まらない。
口の中は乾ききり、嫌な汗が流れる。
別に、廊下が長いからでも、教会の階段が多少急だからでもない。
ユリカ、と心の中でつぶやいた。
いったい何が。
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