白鼬とメイドの話 2

 現れたのは、純白の鼬だった。

 見たこともない生き物だ。魔物なのか、動物なのか。

 鼬は、どうやら魚を咥えているらしい。

 問題はそいつが前を見ておらず、こちらに突っ込んでくるということだ。

 なんとかして止めないと、休ませているユリカと正面衝突だ。

 キュッキュッ、と笑い声のような鳴き声をあげ迫る鼬。

 遮ったのは、火吹き大蛇だった。

 巨大な体を横たわらせ、主を守る態勢に入る。

 ケット・シーは慌てるラーニエの足に頭を擦り付ける。

 気配を感じたのか、鼬がこちらを見た。

「……」

 その瞬間、魔物たちの時間が止まった。

 蛇も、ケット・シーも、ピタリと動きを止める。

 そして鼬本人も、魚を咥え前足を上げた状態のまま、ピタリと止まった。

 双方、瞬きすらしない。

 強力な魔法にでもかかったかのように。

「えっ、何? どうしたの?」

 異様な雰囲気にギョッとして声をかける。

「……」

 だが、まるでそれが当たり前だと言わんばかりに返事がない。

 返事がないのはユリカもだ。

 苦しそうな息を吐いている。

 不安というより、恐怖を覚えた。

 まるで、角を曲がった先で仁王立ちをしている男に出くわしたかのような。

 そんな想像をしたとたんに、いよいよ背筋が凍った。

「ちょ、ちょっと……」

 控えめに声をかける。

「ちょっと、ちょと!」

 そして、ほぼ同じ言葉を、誰かが発した。

 無論、ラーニエではない。

「え?」

 思わず視線を上げる。

 反応したのはもう一匹。

「ギギッ」

 喉から絞り出すような声を上げて、鼬が魚を落とす。

「その子! その子捕まえてください!」

 走ってきたのは、銀髪のメイドだった。

 といっても制服は煌びやかで、大きな髪飾りをつけており、さらに走り方にも気品を感じられる。ラーニエよりも身分が上なのは間違いない。

 そんな彼女が肩から下げている大きな箱のようなカバンは、少し不釣り合いに見える。

 だが、つい目がいってしまうのは、青い眼帯だった。

 右目を隠す眼帯は、雪景色に付いた足跡のようにどうしても印象を歪なものにしていた。

 深い空のような色をした左目が優しげなそれなので尚更そう感じる。

 彼女は座り込んでいるユリカを見るなり、目を丸くして頭を下げた。

「大変申し訳ございません、この子がとんだ失礼を!」

 だいぶ勘違いをしているらしい。

「い、いえ。あの、この辺りに町とかありませんか?」

 頑なに何も言わない魔物たちに代わってたずねる。

「町……ですか?」

 顔を上げたメイドが、ユリカを見る。

 ひょっとして、と彼女が顔を引き締めた。

「お風邪を引かれているのでは?」

 しゃがみこんで、ユリカの額にてを当てる。

 少し眉をひそめ、熱い、と呟いた。

「はい。それで、ちゃんとした寝床を探しているんです」

 ラーニエが言うと、メイドは「承知いたしました」と頷き魚を拾って箱に入れる。そしてユリカの腕を肩に回した。

 ただのメイドにしては、やけに手慣れている。

「町まで案内いたします。もう片方、お願いできますか?」

 迅速な対応にやや気圧されながら「もちろん」とユリカの肩を支えた。

 突然、ケット・シーが肩に飛び乗ってくる。

 わ、と抗議の声をあげたが、そんなことは気にもしない様子で、

「あいつ、気をつけたほうがいいにゃ」

「あいつ?」

 眉をひそめる。

「あの真っ白チビにゃ」

 ケット・シーがこそこそと耳元で囁く。

 あいかわらず見下した呼称だ。体の大きさで言えばケット・シーだって大差ない。

「あの鼬がどうして?」

 釣られて、小声でたずねる。

 ケット・シーはしばらく黙った後、妙に冷静な声で言って、肩から飛び降りた。

「やるヤツにゃ」

 やはり、よくわからなかった。

 人間のラーニエではわからないことが、魔物にはわかるのかもしれない。

 ふと、火吹き大蛇の方を見る。

 それでいよいよゾッとした。

 大蛇も、いつのまにかメイドの頭に乗っていた鼬をにらむように見つめていた。

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