猫の話
まぶしい光に照らされて目を覚ます。
なんだか、とてもよく寝すぎた、と言う感覚があった。
節々が少し痛い。長い間こんなによく寝たのは初めてだ。
んにゃー、と大きなあくびをして、起き上がる。
温かい日差しは更なる眠りへと誘惑してくるが、そんな物には屈しない。気高い野良猫は人間などという下劣な生き物とは違って、死んだように眠ったりはしないのだ。
……というか、そんなふうに長い間眠っていたら敵に襲われてしまう。
人間には人間の事情があるのだと、ある女の子が言っていたのをふと思い出した。
あいつらにはオシゴトというものがあって、それをするために日中休むことができないのだと。そのせいで、夜になると疲れて朝まで眠ってしまうのだと。
頭が悪すぎて笑ってしまう。
オレたち猫のように、気ままに起きて、気ままに眠り、気ままに生きればいいのに。疲れてばかりであいつら人生楽しいのだろうか。
自分で命を絶つヤツが出てくるくらいだから、つまんねーんだろうな。
……などと大笑いしたら、女の子は「あたしのご主人様をそんな風に言わないでくださる?」と不機嫌になってどこかへ行ってしまった。それきり会っていない。
好きだったのになぁ。
そんな初恋を思い出していると、ふと思ったことがあった。
「……それで、ここはどこにゃ?」
辺り一面草、草、草。
人間が作った固くて熱い地面の代わりに、薄緑の柔らかい草が敷き詰められてある。
排気ガスの代わりに新鮮な空気に満たされている。様々な植物と土の匂いはある意味強烈だ。
音と言えば風で草がなびく音と奇妙な鳥の鳴き声くらいで、その鳥もやっぱり見たことがない生き物だった。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚。そのどれもが、ここは一度も来たことがない場所であると結論づけている。
確かにそれもそれで問題なのだが、もっと重要なことがある。
なんたってオレは、こんなところで眠っていたんだ?
しかも超が付くほど無防備に。
ヒョオヒョオという鳥の鳴き声が、ぐるぐると頭の中で回る。
考えてもわからない。寝ながらてくてくとこんな所まで歩いてきたのだろうか。いやまさか。
なら、寝る前にここに来た年か思えないが、そんな記憶はオレにはない。
そもそも、寝る前、オレは何をしていたんだっけ?
うーん、わからない。
それくらい、普段と変わらないことをしていたのだろう。
それなら一体どうしてこんなところに、と最初の疑問に逆戻りする。
ああ、悪い兆候だ。やめたほうがいい。気高い野良猫は人間のように思考の沼にはまり込んだりはしない。
そう思った瞬間だった。
ふと空を見上げたのは、おそらく本能の働きによるもの。
鳥が、三羽に増えていた。
口を固く閉ざした鳥の目が、オレを見つめている。
察した。
三羽が同時に急降下してきた。
精巧にオレが逃げられないように陣形をつくりながら襲いかかってくる。
猛烈な早さだが、目で追えないほどではない。
ふん、雑魚が。
そう思いながらステップを踏んで襲撃を避ける。
避けれるはずだった。
おもむろに一羽が口を開く。
瞬間、目を疑った。
水色の閃光が、その口から飛び出してきたのだ。
閃光は的確にオレを捉え、貫こうとしてくる。
それが何であれ、命を脅かす何かであることはすぐにわかった。
だが、だからといってどうすればいいというのだ。
体がすくむ。足が固まる。
奇妙な、既視感。
尻尾を立てる。
次の瞬間、何かが体の中を駆け巡った。
感じたことのない力。
激流のようなそれは、尻尾の先で、爆発した。
一瞬気が遠くなりそうなほどの轟音と、ひげの先に痛みを感じるほどの熱。
そして、強烈な爆風。
空を覆い隠さんばかりに広がり、三羽の鳥を容赦なく飲み込む大爆発。
それが収まると、まるで腐ったリンゴのようにぽとりと地面に落ちた。
死んでいる。それは察した。
だが、どうでもいいことだった。
思い出した。
オレは真夜中に目を覚まして、ふらふらと歩き回っていたのだ。
そして、車という鉄の怪物に襲われた。
ヤツに一睨みされただけで体が動かなくなった。
そして、そして――多分、死んだ。
「……ここは、どこにゃ?」
辺りを見回す。
オレの周りだけ草が焼けて、大草原に巨大な円形の模様を作っていた。
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