女神のくせにッ
道宇はため息交じりに呟いた。
「めんどくせえ……」
同じ体験をすれば、誰でも同じことを呟くはずである。
月命日の法要を終え、檀家の家から戻ってきた道宇は祭りの準備を始めた。
祭りは一週間後。当日はもちろんそうだが、その二日くらい前になると近所の人達も手伝いにやって来る。
檀家ではない人も手伝いに来て、祭りが終わって後片付けも一緒にしてくれる。
意外と大掛かりなもので、それまでの下準備は道宇が一人で取り掛かる。
といっても、例えば社に掛ける提灯や自分の身長の三倍くらいはある幟旗などを、本堂の下の物置から外に出すだけではあるのだが。
床下の物置は、もう使われなくなった物ばかりではなく、祭りの時に使う物のように年に一度とか滅多に使わない物もその中にある。
そして、昨日見た物もその中にあった。
「狭い出入り口の所じゃないからいいんだけどよ……」
今度は物置の中に、見たことのない場所に移動させられた空間の歪みが現れた。
道宇がいない場所にも存在するかどうかは分からない。
だが道宇の視界に入る位置に現れている。
まとわりつかれているとしか思えない。
しかし物置から祭りに使う大道具小道具全て出せば、この歪んでいる空間から遠ざかることはできる。
歪みから極力遠ざかるように、道具を運び出す作業を進めていった。
「なあ、父さん。昔のその……何か曰く付きの物って物置にあるのかな?」
祭りの道具を運び出す仕事はすべて終え、道宇は一時休憩ついでに自分の寺の昔の話を聞こうと住職である父に尋ねた。
しかしまさか、「見たことのない世界に行ってきた」などと、単刀直入に切り出すわけにはいかない。
遠回しな言い方が一番いいのだが、該当する言葉を繋げると今道宇が尋ねたような、うさん臭い物の言い方になる。
「なんだそりゃ。お前もゲーム脳とやらか?」
子供の頃は特撮物のテレビ番組が好きだった。
最初はかっこいいヒーローに憧れていたが、そのうち個性あふれる怪人や怪獣に関心が移る。
その思いが爆発したのは、テレビゲームのロールプレイングと言うジャンルが人気を集めた頃から。
モンスターや妖怪といった物に感心が移る。
そのハマり方は、家族も呆れるほどだった。
今でも熱は冷めてはいないが、仕事優先という考えを持ち始めたのはやはり人の命の終わりに関わる仕事も手伝うようになってから。
しかしゲームにいくらハマっても、生理現象や空腹、睡魔という自分の体に直接影響が出る現象に干渉することはない。
限度というものはあり、道宇はその線引きはしっかりとしていた。
「いや、実際にこの寺に何か……弁天さんのほかに何か歴史の一つになってる物って、この寺にないかなって」
「何の目的か知らんが、弁天さんより古い資料って言うか、そんなものは後は書物での記録しかないな。開山の大旦那は戦国大名がここを統治する前の殿さんってことくらいか」
道宇は「ふーん」という反応でこの会話を締めた。
自分でも何を知りたいのかよく分からない。
少なくとも、この寺と因縁がある何かがあるかどうかは知りたかったが、その話題から会話がずれていき、どこをどう修正すればいいのかも分からない道宇はそれ以上父との会話は時間の無駄と判断し、とにかく現状を整理すべく自室に戻った。
しかし休憩どころではなくなってしまった。
「物置、檀家の家、物置二度目。……で、今度は俺の部屋かよ」
情報収集の手段の一つである、ネットに繋がったパソコンと、ゲームや映画などの鑑賞のためにおいてあるテレビが彼の机の上に置かれている。
それを見るために椅子があるのだが、その椅子の上の空間が歪んでいる。
ここまでくると、自分に付きまとっているとしか考えられない。
「今日の仕事はもう終わったし……誘いに乗るってのもありかな。あと、二度と呼ぶなって注意するとか」
道宇が文句を言うのも当然である。
その歪んだ空間の先で待っていたのは、彼に対する失望と強制送還。
用済みと言われた相手から、何度も執拗に誘われているも同然なのだから。
堂宇はその誘いに乗ってみた。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
一度目は、大勢の人達に囲まれていた。
今回待っていた者は一人だけ。
「あら? ……えーと……こんにちは」
こんにちはもあったんじゃないだろう、と道宇は心の中で罵倒する。
あとになって考えたが、転移先が一回目と別の所の可能性もあったんだなと道宇は冷汗をかいたのは別の話。
だが今はそれどころではない。
一回目の時と変わらない魅力的な容姿のアルノーアがそう声をかけた。
道宇からすれば、気分は良くない。
「あのさぁ……俺の目に入る位置で、ここに来る入り口になるのか? 歪みが現れるんだよ。そんなにそっちで助けが欲しいってのは分かるよ。猫の手も借りたいってな。けど俺だと役に立たないんだろ? そんな俺を何度も呼び出そうとすんなよ。女神なのに、役立たずの人物を何度も呼び出すってどういうこと?」
たまった不満をぶちまける。
「え、えぇ……その……申し訳ありません……ちっ……」
道宇は最後までアルノーアの口から発することを聞き逃さなかった。
「ぅおいっ! 今、最後、舌打ちしたろ! 前回俺のことを『僧侶のくせに』みたいなニュアンスを感じたけどよ、俺だって言わせてもらうわ! 女神のくせに舌打ちしてんじゃねーよ! 女神だって神様だろ! 全知全能じゃねーのかよ! この世界を作ったんだろ? それほどの力があるのに、呼び出したい宛てを外すってどういうことだよ! 女神のくせに自分の思い通りのことすら出来ねぇのかよ!」
ずっと浮かべていた笑顔が消えて焦りの色がありありと見えるアルノーアの顔。
道宇の感情を優しく押しとどめるように、両の掌を前に出す。
「し、舌打ちじゃありませんよっ! 魔法……そう、魔法の術の補助、補助なのですっ」
「苦し紛れの言い訳してんじゃねぇよ女神さんよぉ! 俺の世界には魔法はないから魔術とか呪文とか使えねぇのは当たり前だろぉ? けどここじゃそういうものはそこら辺にあるんだろうが! なのに女神サマが唱えた呪文で引き当てた者は、魔法を使えない僧侶って、どんだけポンコツな魔術なんだよ! ポンコツ魔術師の女神さんよ、いい加減懲りろよ! こっちだってこっちの世界での仕事はあるんだよ! その仕事の邪魔になるってのわからんか?」
「それは重々承知しております。なので召喚魔法はあまり使うことがありませんし、使える者は私くらいなものなのです」
「だったら今後、他の世界から召喚すべきだと思うな。俺の世界には魔法なんてもんはないんだからな!」
「も、申し訳ありません。ですが言い訳をさせていただけるなら、この世界の危機を救うことができる力を持つ者を呼び出す、という目的で術をかけたのです。それが……」
「はいはい。俺は魔法も何も使えねぇし、正直言うと自分の宗派のことについて知ってることは檀家のみんなは普通に知ってて、全部知ってるわけじゃねぇんだよ。学もなければ地位も持ってねぇよっ!」
自分のことを見つめ直して出てきた言葉は自分にダメージを負う。
このままではいけない。
そうは思うが、宗派のことをしっかりと身につけたところで、それをすべて檀家の前で発揮させても、そのすべてを檀家に理解してもらうには相当時間を要する。
一と一を足して二になるのはどうして?
それに似た質問をされたとき、どう答えればいいのだろう。
自分は納得できても、人に納得させることはとても難しい。
難しいから諦める。そんな人種もいる。
そして道宇もその一人。
「……女神サンが人間と対等の口喧嘩するってこと自体おかしいだろ。とにかく、もうこっちの方に呼びかける魔法はやめとけ。それで文句はねぇからよ」
アルノーアは項垂れる。
下を向いたその顔を見ることができないから、どんな思いでいるのかその手掛かりすら掴めない。
舌打ちしたけりゃすればいい。こっちとそっち、本来は行ったり来たりすることのない無縁の世界。
無縁のままならどんな文句を言われてもこっちの知ったことじゃない。
そんな思いをそのまま道宇は口にする。
項垂れたままコクンと小さく頷くアルノーア。
その仕草が可愛く、自分の言うことに素直に反応する彼女は好ましいと道宇は思ったが、同じ間違いを何度も繰り返そうとしていた相手。それが神様であったとしても縁を結びたくはない。
こうして道宇は無事に自分の世界に戻ってきた。
しかしそれから五時間後、道宇はアルノーアに激怒の対面をすることになる。
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