神にもいろんな種類がありまして
「お疲れさまでした。これで月命日のお勤めは終わりになります」
道宇は一件だけの今日の仕事を終え、後ろでお仏壇に向かって一緒に手を合わせていたお檀家さんの家族にその旨を伝えた。
「有り難うございました。時間があるならお茶でもどうぞ」
住職から一人で任せられる仕事の後は、大概檀家からお茶とお茶菓子を勧められる。
道宇はそれを快く受けた。
市内に住む檀家の七割は、彼が小学校高学年から当時の住職の祖父と副住職の父の手伝いで、檀家の仏壇の前で読経するためにお盆に檀家の家々を回って歩いていた。
だからほとんどの檀家は、道宇を小さい頃からよく見ていた。
今の道宇は、そんな昔の話は懐かしいと思う反面恥ずかしい思いを持つこともある。
子供時代の話だから、と檀家はみな口をそろえて笑い話にしてくれるが、そんな話も道宇は覚えている。
覚えているからこそ、ある程度成長した今の自分から過去の自分を見るとそんな思いを強く持つことがある。
特に、住職から一人で任せられる法要の時。
住職と二人で執り行う法要は毎回欠かさず、その前後に住職が檀家さんに向けての法話をする。
そんなやり方を見ているものだから、自分も同じようにするべきだと考えるようになる。
住職の話の真似をするようになるが、その法要が終わった後「こんなに小さかった頃は、お盆のお勤め終わった後はおいしそうにジュース飲んでたよねぇ」なんて思い出話が始まる。
檀家にとっては目を見張る成長を見続けてきたと言えるが、肩ひじ張って偉そうな話をしても、結局本性は子供の頃の自分だろう、と檀家さんから思われてるのではないだろうかという警戒心に似た感情を持ってしまった。
普段の自分の言動が、法要での自分の話と合致する部分が少ない。
そう指摘されたら、自分の法話の意味もないしかけた時間も無駄になる。
となると、法話の時間よりもお茶飲み話の時間の方が有意義なのではないか。
そう考えるようになってから、法話をする回数も減っていった。
しかしそれは、道宇の怠惰とも言える。
自分なりの法話を考えたり、法話の選択をしたりする頭の働きもしなくなるようになっていったからだ。
法話の感想よりも道宇の昔話を楽しむ檀家が多い、というのも問題ではあるだろうし、檀家も僧侶を育てる先生とも言えなくもない。
しかし偉ぶることもなく、気さくなお坊さんに成長したという歓迎の声もある。
少なくとも嫌われることはない分、道宇の働きぶりは住職の狙い通りとも言えた。
和やかな時間が過ぎていく。
「お茶のおかわりお出ししますね」
「あ、有り難うございま……まっ?!」
急変する道宇の態度。
何があったのかと、檀家の家族の人達は彼に注目する。
「い、いえ、何でも……。あ、おかわり、お願いします……」
鼻からの呼吸を荒くする程度でその場を収めた道宇。
もしそうでなければ手足をバタバタさせて慌てふためいていたところ。
なぜならば。
「な……何で昨日の物置の出口みたいに、俺の座ってる横が歪んで見えてるんだよ……」
檀家の耳には入らないくらい小さい声での独り言。
しかし道宇はさらに慌てることになる。
家族の一人が新しいお茶菓子を持ってきたのだが、その空間を横切ろうとしていた。
「ちょっ!」
流石に声を抑えきれない道宇。家人の動きを制しようとしたが、「何か?」と首をかしげてその空間を横切って、道宇の前にお茶菓子を差し出した。
「な……あ、あの……」
「『蔵人』の新商品なんですって。私達も食べてみたけどおいしかったのよねぇ」
地元のお菓子メーカーの『蔵人』の社長も道宇の寺の檀家である。
滅多に手に入らないがかなりの評判。
しかし道宇はそれどころではない。
見知らぬ世界に強引に移動させられる予兆。
この檀家の人達は、全く影響を受けなかった。
「あ……有り難うござい……ます……。た、食べてみたかったんですよね、これ。なかなか店頭に出ないですもんね」
道宇は辛うじて持ちこたえ、普段と変わらない態度を見せる。
(つまりこれは俺にしか通じないまじないってことか? 今仕事中だぞ? 冗談じゃない。ここでまた変なところに連れて行かれてたまるかよ)
昨日は普段着だったが、今回はこの仕事のための白衣、黒衣の略式である道衣、そして輪袈裟、数珠などなど、仕事に感ずる装い一式を身に纏っている。
このまま見知らぬところに移動させられたのでは、例えば白衣や足袋など、クリーニングに出す予定が遅れてしまう。
一刻も早くこの場から去るべき。
そう判断した道宇。それでも檀家から変な目で見られないよう、かつ食べるペースは早める。
昨日の道宇が体験した異変は誰にも話をしていない。
だから誰かがここで急に姿を消しても、道宇とは何ら関係がないと見なされるはずである。
「実は今日から、弁天さんのお祭りの準備を始めることになりまして」
宗派の行事ではなく、毎年恒例の寺の行事。
そのやり方は大学や修行の座学で学んだ中にはないものである。
師匠であり住職である彼の父から教わった。
彼の父は祖父から教わっていた。
代々伝わるお祭りまでは、宗派が関与してくる話ではない。
「あら、もうそんな時期だったかしら。お疲れ様。お祭り楽しみにしてますよ」
境内に二つほど夜店が入る。
行事もお祭りの式ばかりではなく、余興も行われる。
楽しみが少ない地方の過疎地では、市などの公共行事以外にも、こんなささやかな行事も楽しみにしている人たちも多い。
寺の行事ではあるが宗の行事ではないため、檀家以外の人達も楽しみにしている。
かといってその準備にそんな期待のプレッシャーまでは感じない道宇ではあるが、今はそれどころではない。
「有り難うございます。どうもごちそうさまでした」
丁寧にお辞儀をして玄関に出る。
下駄を履いて前を見ると、またもや歪んだ空間が目の前に。
そこを避けて外に出ることはできる。が、あまり広くない玄関で変な動きをしたら怪しまれる。
「うおっ……。たたっ。久々に足がしびれちゃったみたいです」
わざと体のバランスを崩す。履いていたのが草履ではなく下駄というのも助かった。
歪んだ空間を避けて玄関の戸を開けることが自然に見えるように出来た。
おどけて舌を少し出す。
「だ、大丈夫ですか?」
下駄で足をくじく心配をしてもらうが、何の問題もない。
「大丈夫です。まだ若いですから」
ここで笑いを取り、心配無用のアピールをする道宇。
歪んだ空間さえ避け、遠ざけられれば変に思われることはない。
玄関の扉を閉めると、道宇は辺りを警戒する。
物置で起きた現象が、檀家の家の中、そして玄関にも現れた。
自分の死角でその現象が起きたら避けようがない。
歩いて五分ほどの、決して長くはない距離だが、それでも用心深く帰途についた。
「女神とか言ってたが、厄病神じゃねぇかよ」
うっぷん晴らしにも気分転換にもならないそんな独り言を一つこぼしながら。
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