第五話「ストップ」

「まあ、そういう人ですね。ソレ並のしぶとさで今まで生きて来てるんですから」



「あがりまーす」

「お疲れ様、レイー! 冬道には気を付けてねー」

「はい、お疲れ様でーす」



 容姿のため未だ可愛がられている職場では寡黙に徹していて彼女の誕生日が今日という大事も明かさず、男二人にも昔いったっきり滅多にそれだけは口に出さない雪の降る夜にお母さん、皆さん、ありがとう。と、母が亡くなった今もその言葉だけで充分なのだったが今回は違う。弔う事もあってかファッカーはやっと思い出してケーキを一ホール買い、


「チェリー、チェリー。なんか料理、作ってくれねえか……それも手の込んだものを」

「なんだ誰か死んだか」

「ファック!……レインのママが死んだろ、俺たちが祝わなくて誰が祝う」

「……冷蔵庫には野菜、卵に酒、酒、酒……肉を焼きまくって付け合せにサラダとか」

「そんなの俺でも出来る。チェリーパワーとやらを使って何か捻(ひね)れねえのかよ」

「チェリーパワーを使えばこれ等を調理しパンで挟んでハンバーガーが作れる」

「よし沢山つくってくれ、俺はレインの大好きなピザのデリバリーを頼む!」

「チェリーパワーはこのシャンパンを飲んでから作られる」


「おいそれは大事に隠しておいた貰い物……その分しっかりやれよ! でも、大丈夫かなレイン……電話越しに揉み合っているような悲鳴が聞こえたんだ」

という流れでこってりしたバースデー・パーティを目論んだ男二人、あとは彼女の帰りを待つのみとなったがそんな期待をしていない当人は車で帰宅中に、今日は何を作ろうかと一寸いい買い物をしたり雪の夜景を見ようと高台へ寄り道したりの道中で、人を救った。



「ヘイヘーイ、エクスキューズ・ミー? どうしましたか邪魔ですよー?」

「あなたは、ここの人ですか?」

「ここの人じゃないですよー。えーっと、もう少しあっちの人です」

「オーケー、オーケー」


「はあ。ホームレスですか、それとも道に迷いましたか?」

「私は、人を、殺しました」

「じゃあ自首しましょうね、これはケータイです。自分で電話をしてください」

「私は、死にたいです」

「大丈夫あなたは死にません、オーケイ? ゆっくり、ナイン、ワン、ワン」


「ナイン……ワン……ワン……」


「言うんじゃなくて、電話番号! ディスワン、タッチ!」

「ノーッ! プリーズ、キル、ミーッ!」


 拙い英語でそう叫ぶプリン頭の白いセーターには血もついていない所かこんな雪の降る真冬の夜にコートも着ず無防備に震えて横たわり彼女の進路を塞がれた人気のない道路は後ろもから車が来る気配も、プリン頭の車も殺した人の車もなく、拳銃を所持していない彼女は別にバックして行き過ぎれば良いのにドアロックを確認しラジオを消して誰か車が通りがかる迄はと車越しにプリン頭にどこまでも自首を促そうとするのであるがどうも、


「あなたの車は何処ですか?」

「車は無いです」

「じゃあ、どうやってココに来ましたか?」

「……今日は星がキレイだったから」


「オーケイ! ナイン……ワン……」

「ノーッ! プリーズ、キル、ミーッ!」しばしこの様な会話が続いて分かったのは歳は十八、産まれはオランダの旅行者で、妙にジッとしているも目はキョロキョロとしていて吸っているタバコを欲しがるのが如何やら殺しではなくクスリらしいので混乱させない様ここのジョークだよと言って笑うとプリン頭はつられてか笑み、ファッカーからの着信で


「エフ・ユー・シー・ケイ……クソッタレ?……ハハハ……」彼女は咄嗟に車から出て、

「しゃーない……ファッカー? ケーキ? どうしたのさ珍し……いっ!」足を取られ、

「クソッタレ! プリーズ、ファック、ミーっ!」全身をプリン頭に倒し決着は着いた。


「どうだ! 小さくたってダンベルよりは重いよ! そしてやっぱり、拳銃を隠して!」


「……ノー、ノーっ!……」

 通話中だったケータイは投げ飛ばされ彼女はプリン頭のある首の上に座る形で全体重を乗せ、後ろ手に衣服の中を弄ると先の濡れた御立派な拳銃と膨らんで柔らかな胸を発見し一呼吸、今は凌げているが男と分かればことさら危険なので彼の長い髪の毛をわし掴む。


「……ヘルプ・ミー……」

「んー? 兄(あん)ちゃんは痛くて苦しいのが好きなのかなー?」


「……痛い、苦しい、寒い、イヤ……」


「私もだよ。でもこの場合、ここで車がある私の言う事を聞かないとダメだよね、それは何処の国でも同じ常識だと思うよ、兄ちゃん。まずはゆっくり、両手を頭に乗せて武器を持っていない証明として脱いでくれる? パンツと靴だけは許してあげるからさ」


 少しずつ立ち上がりながら良く伝わる様にゆっくりボディランゲージをしつつ命令すると素直に応じるので彼女も警戒心を解いて投げられたケータイが壊れてないのを確認し、脱がされたセーターとジーパンを揉んでもパスポートも財布すら持っていないプリン頭は果たして何故こんな辺鄙な所に車無しで人を殺したから殺してくれ等と言って雪の降る中この薄着で居たのか? 旅行者だとしても未成年が何故わざわざオランダからこんな田舎町にまでやって来たのか? そして何故、立派な一物がついているクセして自分より胸が大きいのか?……なんて謎を調べるのはポリスの役目だと裸のまま彼を助手席に乗せる。




「……どこへ向かっていますか?」

「あなたの行くべき場所だよ。ほら、欲しがってたタバコあげるから落ち着きなさい」


「……でも……良いのですか?」

「良いよってば。だけど、コレと引き換えに暴れないと誓うのならって話」

「ノノノ、子供が吸って良い国ですか?」

「あーもーそのうんざり話は私が運転していて会った時点で気付けボケ!」


「……ああ……う……ううっ! ストップ、プリーズ、ストップ!」


「今度は何!? うわーもう今日という今日に、私は天罰でも受けてるのか!」



 暖房を付けても息荒く震えていると思えばプリン頭はパンツの前から後ろから濡らして驚くのは漏れ出て来たものがクソより長い本来、前に付いているものが後ろから、そして他人の車の中で犬みたくヨダレを垂らして身体を震わし、息も絶え絶えにこう言うのだ。


「……アイム・ソーリー……私とは、こういうワケなんです……。私に『コレ』を入れた

親から逃げて、疲れて、そしたらあなたに出会った。人を殺したというのは、アレは嘘で

……死のうとしたのは本当……気持ち悪いのは分かっています。でも、あなたは逃げずに私の話を聞いてくれた。そして私はあなたに正直にこう言えた。こんな身体を見せても、あなたは車に入れて私を温めてくれた。だから……ヘルプ・ミー……っ」


 息を整えながら彼女に目線を合わし静かに助けを求める彼の乾き切っている目はまるで涙腺が切れているかの様で自分の意思でなく条件反射で口角を上げさせられている様で、

どんな絶望にさえ抵抗せず受け入れようという無意識的な覚悟を映すその瞳を彼女は良く知っていた。幼い頃に信用と期待を得て裏切られ壊されたクソッタレから貰った顔を母の手鏡に映した自分と同じもの、作らされた表情に光の無い瞳が浮いた歪な顔面であった。


「一応、訊いておくよ……あなたは今から私に何をされると思う?」


「……私はあなたを信じます……」彼女は裸の彼を目いっぱい抱き締めてこう言うのだ。



「……良く頑張った、良く耐え抜いた、そして良く、勇気を振り絞った……私たちはね、運命だとかいう言葉だけじゃなくて、たまたまソコにあった絶望の中に産まれて、それが普通なんだとマヒしていた。でももう大丈夫、あなたは自分の脚でココまで逃げて来た。

この夢じゃなく紛れもない現実の中で命を掛けた大博打にイカサマ無しで勝てたんだよ!

……だからもう、あなたは頑張るのを止めて良いの。私も経験者だから解るよ、あなたのその人を見定められる目を潤すには一番に自分自身が辛かった出来事を思い出してみて。そう、思い出したくないものを一度だけ、それでも一度っきりだよ。思い出して……」


「……辛かった、僕は。こんな身体にされてから、学校にも行けず、行ったって、友達が友達に見えなくなって、家に居ても大きい人しか居なくて遊べず、僕は遊び道具だった。僕は友達と遊びたかった。普通に、ただ、ただ笑い合って……」


 彼は静かに涙を流して、次第に嗚咽が漏れてきて、彼女の小さな胸に顔を埋めて泣かす彼女はこうやって何十人ものヒトを助けて来ているというのに自覚は無いのは救うだとか助けるだとかの善行というものの概念が経験上か他人と少し違っている為である。悪臭の漂う車の中に泣き疲れたプリン頭の彼に衣服を着させ眠らせてようやっと帰宅した彼女を出迎える彼らには分かる筈の無い次元の、一生モノの宿命を負わせられた被害者の成れの果てである彼女には心無しに相手の心の波長に合わしたり外したり入ったり、自由自在に内に秘めたる叫びや哀しみを聴き応える事が出来るのである。例えばそう、こんな風に。




「「ハッピー・バースデー! レイン!」」

「わーお! ありがとう二人とも、憶えててくれたんだね! 嬉しい!」



「ここって」

「俺らが入って来た所じゃないのかい?」

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