第四話「ザ・トライアル」
「ファ……ファック、有り得ない、俺は酔っ払って有り得ない幻を見ていたのだ、だってもう目の前にはそんなの、無いもの。無いから、無いんだ幻は。そうだろうネコ!」
「ついに見つけたぞ……新十八……フハハ、ちゃんとデータ化してあんじゃねえか」
チェリーも眠る出勤前、ファッカーは彼の点けっ放しにしてあるパソコンを弄くり回しお兄ちゃん、いや、お兄ちゃん……という悲鳴も飲み過ぎた彼の耳に届かず遂に発掘した呪われし『真仮題曲十八』が遂にファッカーの手の許に入ってしまったのは未練たらしく
無防備な彼の最大のミスと言っても良い位、ファッカーは雑に誰しも誰しも聴かせ回して皆が感動の渦に飲み込まれ涙を流しチェリー・ガイの名を世界に鐘を鳴らすが如く簡単に知らしめた事を本人が知るのは夕暮れ時、健全な苦労人がそろそろと帰宅する頃だった。
「おかしい! ファック、ファック、ファーック!」
「あれ起きてたのポール、どうしたのさ。今ドラマが良い所だから――」
「聞いてくれレイン、ドラマなんて如何でも良い! チェリー・ブロスとかいうふざけた名前の、あたかも俺の兄弟みたいに扮するヤツが、俺の昔の、俺の俺による取って置きの曲を……何故!? とにかくソレが盗まれて勝手に公開されてもう、ファックなんだ!」
「うるっさいしワケ分からんし臭いからシャワー浴びて落ち着いてねー」
彼女はテレビに釘付けになって興奮する彼を宥めるが犯人のチェリー・ブロスとは勿論ファッカーの仕業で、彼女も共犯なのだが出勤前に起こしたサプライズ的な出来事を今更そう気付いてオーバー・リアクションをするものだから仕事帰りで熱が冷めている彼女は正直、主犯格が収めてくださいねと隠蔽するだけして身を潜めるも、ドラマが終わった。
「そんならさー、コメント欄に『これは俺の曲だ!』って書けば良いじゃん」
「さすがレインだ、ナイス・アイディーア!」
彼女からしても誰からしても普通の事を言った迄だが開眼一番に見て知って驚いた彼に毛頭なかった考えだったのでバスタオルを腰に巻いてウサギみたいにピョンピョン跳ね、自室に戻ってブツブツ言いながらコメント欄に、お前は誰だ? これは俺のだ、盗作だ!
「チェリーに兄弟は居ないのだ!」という旨を長文でズラリと書けば直ぐに反応が出る。
『素晴らしい曲にそのコメントは酷い、お前のって証拠を出してからものを言え!』
『そもそもチェリー・ガイって何なの? チェリー・ボーイじゃなくて?』
『私は是非ともこの素晴らしい曲を作った方にお会いしたい。紹介してくれますか?』
『え? これはチェリー・ガイの裏アカウントだと思ってたけど違うのか?』
『たどってチェリー・ガイの曲を聴いたけど似ても似つかない曲だらけだったよ』
ファッカーである彼らしい軽率な行動が招いたクラッキング的で悲惨な乗っ取りにより再生数も評価もコメントもチェリー・ブロスに向いて彼のやってきた人生を総取りされた様に震える手で顔を被い遂に泣いてしまった彼には可哀想すぎて誰も声を掛けられない程らしくない背中を思い切り叩くのは満面の笑みの主犯格ファッキン・クラッカーである。
「チェリー! どうしたんだよオイ、嬉し過ぎて感涙ってか?」
「……うっ……ううっ……うっうっうっうっうぅ……」
「ファッカー、ファッカー! ちょっとコッチ来て!」
「どうした? ゴキブリか?」
サプライズの大失敗で勘違いし過ぎているファッカーを呼んで彼女すら聞くに堪えない彼の痛烈な泣き声の発端は私たちだと反省するが確かに真仮題曲十八が大評価されたのに変わりなくチェリー・ブロスが謝って盗作だと認めさえすれば上げて落としてまた上げる彼にとってサンタクロース級のサプライズと化す筈だった……のだが、素っ裸だった彼はパソコンも見られぬほど気も病んでか四十度越えの高熱の風邪をひき寝込んでしまった。
「ううっ……四十度、二、三分?……目がかすんで……タバコ、吸いてえ……」
「ほらストローだぞチェリー。参ったな、いや参ったのはチェリーだけどよ……」
「どうしよー、病院に行くったって車に乗れそうもないし……風邪薬は飲めた?」
「……飲めたけど、動けねえし……こう、喋るたび頭ん中が悲鳴を上げるんだ……そう、楽器の様に、はじいて弾くピアノやギターの様に……そうか……俺は二人の……」
「やばいな」
「やばいね」
薄れゆく彼の胸中は、既に俺は二人に恩返しが出来ていたのか? という疑問符と共に夢の中へ溶けてゆく。その夢はワンダーランドのアリスが如し、時間に追われるウサギを見つけ興味本位でついてゆき小さくなったり大きくなったり色々し毒々しい様々なものに出くわしては逃げ隠れ話を聞いても不可解に脅かされて、ただただ途方に暮れて道なりに歩いているとチェシャ猫の様に笑う不気味なネコが彼の心に優しく直接こう語りかける。
『そこのチェリー・ナイスガイ、お前さんに魔法は使えないのかい?』
『魔法なんか俺に使わせたらクソ共の諸々をファックして総てを燃やしている筈だ』
『お前さん、見掛け口掛け通り優しいね。ほらコイツら全員ファックして燃やしてご覧よ出来ないんだろうに。いや違う出来ないんじゃない、やるとこの娘らが可哀想だからだ。この娘らの将来はたまた人生を思ってしまうからダメなんだよ。でもどうだ、こうやってヤってしまえば、ほうら嬌声を上げて快楽のあまり呼吸も絶え絶えに笑顔で死んでくよ?
あの娘も言ってたっけ、この世もどの世も考えるより先に行動なのさ。それから考えれば良いって事でね、出来ない事は無いのさ。じゃないとチミの諸々もヤられちゃうよ~?』
『……魔法の使い方……おい行くな! お前も、お前も、お前も、お前も!』
「赤子にどうやって泣き方を教える?」
どスケベな少女達と一緒にネコはそういってニタニタと姿を消した大木の裏からボヤの甘い煙に下手くそなウッド・ベースの低音が波打っているソコは大量のタバコ葉に埋もれキリスト教徒とヒンドゥー教徒とがワンカップ片手に葉っぱをモクモク燃やして暖を取り
俺が神と口論しながら頻りに乾杯の音頭をとっている中でラリって夢のまた夢に堕ちる。
『勇者様、出番です!』
『勇者ではない、俺はチェリ――』
目を開けると、ガランとした野原の上でカチンカチンと金属の音と音とが擦れ合う不協和音の嵐は彼には黒板を引っ掻き回しマジックテープを剥がす様なサイレン音と同様だ。
『違う! 不協和音も偶には必要だがこんなに使っては誰も聴く気すら起きん! 良いか貴様らは基本中の基であるドミソからやり直せ! 違う、こうだ! ド、ミ、ソ!』
『天才としか言いようがない……最強の矛と盾は楽器にもなるとは……っ!』
『さすが勇者様! こんなにキレイな音を聴いたのは私、初めてです!』
『惚れてしまいそうだ! 確かにこれはドミソ、良い響きだ……では、この音は!?』
『この音は微分音……のまた微分音、独特だな……臭い……ん?』
「ん……あんっ……あっ、あぐっ!……がぐぎぎきい――――は…………あぁ…………」
彼を勇者様と呼ぶ隣の少女に顔に矛が刺さって血まみれになるも気持ち良さそうに死に猛追する盾で四肢がバラバラになったのを見た彼は不思議と立ち上がり追いかけっこする矛盾の間に挟まると悩み・痛み・恨み・嫉み、後悔の総てを感じ頭が弾けて目が開いた。
『神など要るもんか! もし居るならここに来てみろ! 乾杯!』
『ああ神はお前様だ! だからお前様など居るもんか! 乾杯!』
『乾杯! 俺も同意見だ、神は居ないし要らない!』
『なにぃ! コイツは今、神は居ないし要らないと言った! 異教徒だ!』
『異教徒とはコイツの事だ! 居ないし要らないと言ったのは神だ! 乾杯!』
『乾杯。タバコ貰ってくよ、じゃあな人間もどきのクソクズども』
『なにぃ! 人間もどきのクソクズそのもの! 神はお前様だ!』
『ああ神など要るもんか! だからここに来てみろ! 乾杯!』
『神はそこに居るんだよ! ほら、おっかない顔して俺たちを見つめている!』
「……ああ、なんて美しい……」
燃えカスではあるがタバコの葉を紙で巻いて炎で火を点け吸うと洒落たザクロの味が口一杯に広がり吐く煙には夢に見た気持ちよく死ぬ少女の顔が現れて、彼にとってその顔は可なりのデジャブを覚える少女なのだが久しぶりのニコチンを摂れば摂るほど巨体化して
『あっ』という間に世界の天井に頭がついた。破けない天井の所為で彼は世界の家も物も
トランプの輩も追ってきた筈のウサギも大量のアリスも何処も彼処も総てを叩き蹴破って満杯になった彼のその姿は正に母体の中の胎児。胎児よ、胎児よ、何故躍る。ママの心が
『わかるものか、わかってたまるか』おそろしくなった彼は必死にもがいて声を聴いた。
『だからなんでこの曲の良さがわからんのだ! ファック! ファーック!』
『うるさいよファッカー、まず良さを伝えるには性格から――』
『俺の曲は世界一なのだ、お前もそう言っていただろう。なのにこの曲に見合う再生数の存外な足りなさ聴いてなさは!……俺がチェリー・ガイをやめてからだ』
『また私の所為? それともポールの所為にする? 自分からやっといてそれはさ』
『違う、俺の所為、俺自身の甘さゆえ……だ。だからポールには後悔なきよう……』
『たとえファッカー・ジュニアに成ろうとも芯の腐らぬ人間に……』
『しっかりと前を見据えた未来ある子に……育つんだぞ、ポ―――』
「うげああああっ! ファっ、ファック、ファック、ファック……」
見知った天井、見知った部屋、見知った少女を映すパソコンの前で昏睡し自分の奇声で起きた彼は深く長い夢を見ていたのだ。寝ていた二人も慌てて彼の様子を静かに伺うが、くっくっく……と笑い寝直したので、寝かしてあげようとニタニタ笑ってキスする二人。
「ファッカーのいじわる下手さったらないね、対してポールの真面目さったらもう」
「ああ、だがきっと最高のサプライズになる筈さ。あの曲は謂わば学生時代のチェリーの心を打ちひしぐ本音なんだ、だからずっと俺たちにも世界中の誰にも隠している。それを解放してやるのも俺の役目だと思っている、そうだろう兄弟?……ってワケよ」
「だからってチェリー・ブロスかー。女の私には分かんない世界だよ」
「しっかし……その『本音』が何処に隠されているやら……」
『ストップ!』の掛け声と共に静かな会場は暗くなり、壁の上には虚ろなファッカ―ズの人形が置かれ、スポット・ライトを浴びている。
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