第三話「コンフォタブリー・ナム」
「レディース・アンド・ジェントルメンっての、成りたくても成れない人も居るみたいな生まれ持った肌の色と同じもんとか、そんな感じで受け取ってますよ」
「え……そんな、いや別に良いんだけど!……ああ良いよ、良いけどさあ……まあ来たら嫌でもウチが分かるだろうから、文句垂らさないんなら……分かったって! じゃあな」
「どうしたの? 仕事の電話でもなさそうだったけど」
「年下の俺のファッキンいとこと、その嫁と、その子供とがウチに来たいって電話だが、アイツの何がいけないって有り得ない図々しさと嘘が吐けない所だ。嘘が吐けないって、良く聴こえるかもしれないがしかし裏を返すと、一緒に来る子供に包み隠さずこのドアの向こうで呑気に眠ってるファッキン・チェリー・ガイを見せ聞かせ……ああ考えるだけで
地獄! とりあえず掃除は任せたから俺はコイツを叩き起こして来る!」
「いきなりややこしいしパーティの準備もって事ーっ? なんでオーケーしたのさ!」
「図々しく嘘が吐けないヤツほど押しが強く口も巧いんだ、ごめん!」
せっかく二人揃っての休日に朝っぱらから亀裂が入って阿鼻叫喚のてんやわんやになる一日を過ごすハメになった二人は少ない睡眠時間で深夜テンションを引き摺る彼に一まずシャワーを浴びさせている隙に彼の自室兼ゲストルームに籠っている酒とタバコの臭いと隅っこに追いやった重い全楽器の下に生息していた虫やホコリを掃除する事から始まり、
「……別に良いんじゃ……」
「……いやでも万が一……」
「……男の子なんだし……」
「……俺らが困る事に……」
「おいおーい何をコソコソと、俺も混ぜてくれよーっ!」
たまにはドライブスルーで朝食をと後部座席に乗せた彼をどうにか一日だけホテルにでも泊まらせて本来あるべきゲストルームを機能させなければと考えるが楽器が無ければ彼は
「スイートルーム? 面白くねえ冗談だぞ、ソコに何がある? 俺はソコで何が出来る?
いくら良い酒を飲んで極上のベッドで寝たって見てくれだけだ、牢屋と変わんねえよ」
人の部屋を勝手にスタジオにしている分際で耳を貸さず遂には御自慢の耳の良さで二人の密談を聴き取り、良いじゃん良いじゃん、ファッカー・ファッキン・パーティしようぜと子供の目と耳に毒な彼は乗り気になってしまったのだから仕方なく一パーティメンバーに扮するとしてもクソ過ぎる服装を有り物コーディネートしてやっていればもう時は来た。
「ヘイ、ハリー・アンド・レイー。俺はジョーゼフ、ジョーイで良い。こっちはリリーで子供はサミー、彼女の中には二人の命、イエスのお蔭で気分が良い、オウイエー」
「イエー、双子とは頑張ったなジョーイ。めでたいリリーは初対面だよな、よろしく」
「よろしくハリーと……ええっ、レイーったら可愛くて……あちらのピアノ弾きは?」
「よろしくねー。あれはバンドメンバーのポールだけど気にしなくて良いから……あれ、おーい、あの元気なサミー君はおいくつ?」
「二歳半で紙をクシャクシャにするのが大好きなの。レイーは?」
「はっ!?……女から見ればさすがに判るでしょー!」
「言っただろ馬鹿リリー、至ってハロルドのハニーの喋り方は律儀」
「そう俺と同い年、会話にならない二人、もう喋りにくいジョーイ」
「えっ!?……ごめん可愛くてつい、ごめんなさい!」
何故かハグしあう女二人に妙なノリを合わせる男二人は彼のピアノなど聴こえていない彼自身ヤバいと、身の置き場がないと焦って弾くテンポがどんどん速くなってゆくのに、
「おうこの曲にはドラムが似合うな、ボイスパーカッションは任せろ、ショウ・タイム!
ドゥクドゥクドゥクドゥク、ドゥドゥチッ、ドゥードゥチッ、チッチッドゥドゥッチー」
とブラックに煽って来てピアノを強制的にしめさせたジョーイは悪びれる素振り無くただ陽気にこっち来いと肩を組んで嫁と子供を紹介させたかったのだが、彼の逆鱗に触れた。
「おいおい俺なんかしたか? むっつりポールの鍵盤さばきに拍車が掛かっちまってから血眼になってサミーも真っ青な呪いの曲みたいなのしか弾かねえよオイ」
「ごめんなアイツは完璧主義で自分の曲にチャチ入れられるのが大嫌いなんだ……だからこう言うんだよ見てろ? チェリー、子供が踊れるような曲は無いか?」
「オーケー」寝ないで弾きっ放しの彼は疲れ知らずに得意のピアノ・ジョッキーで流れる様に即興ラグタイムを弾くと子供も寄ってきて男共は御機嫌に踊る目紛るしい中、彼女ら二人はパーティの準備を終え、レインの淹れたコーヒーを飲みながらリリーのお腹の中で蹴る二人に釘付けになって、そこへ踊り疲れたファッカーがのらりくらり割って入ろうと
「そりゃ入ってるけどさー、でもまず私のお腹にはここまで入んないよ」
「身長は関係ないらしいよ? 私だって特に大きいワケじゃないでしょ」
「昔だけど婦人科に行ったらアナタに産めるワケない!……って、信用できなくてね」
「それは酷いね! でもそう穿った目で見てくれてないなら、逆にまだ可能性はねー」
何気なくディープな女性問題を耳にして身を退くと同時に彼女の未だ諦めていない意思を強く感じ、自分は何をしてやれるだろうかと考えながらトイレで用を足し、水に流した。
「おおっ、美味そうだな! おい見てみろよ!」
ファッカーと呼ばれファッカーとして生きて来て今も尚ファッカーである自分に出来る事とはそういった問題に水を差さずこれからもファッカーとして生きてゆく謂わば昔からやって来た自分を曲げず変化も成長もせずにただ流れに応えてゆくだけだと彼は決めた。
「これはね、リリーの郷土料理なんだってー!」
「これくらいしか作れなくて。それよりローストチキンが美味しそう!」
「こんなの鶏肉買ってオーブンで焼けば出来るんだからー」
「どっちも美味い!……おい、ガリガリのポールは食わなくて良いのかよ?」
「あいつは……ホラ、『ミュージシャン』ってのは不器用なもんだから」
「「ミュージシャン!?」」
思わず出たミュージシャンという言葉にはリリーも反応してしまうほどのものであるが彼の存在はちっぽけであっても一応、そう言われて嘘でも間違いでもない、ちゃんと曲を作って弾いているし中退した音大時代はコンサート経歴もある立派なミュージシャンだが
「連絡先を教えてくれよポール! あと写真とって良いか!?」
「そのツテで大物の知り合いが居るなら是非!」
「フェイスブックで良いか?」
コッチで思っているソレとアッチで思っているソレとは全く違う想像のミュージシャンでスケールも何もかも総てが『ちゃっちい』有様のチェリー・ガイという名で登録してある
彼のフェイスブックには意外と名の知れた友人が居るのではあるが其れよりも先にまず、
「なあ『チェリー・ガイ』って聞いた事あるか?」やっぱり登録名が気になってしまう。
「ないけれど……ほらきっと、昔はすごかったんだよ!」
「なんだとファっ!――ッ――」
「そうなんだ昔はもうっ、な? だから彼にはピアノを弾かせてやってくれ」
聞き捨てならない事を言われいつもの条件反射的暴言を吐こうとする所を力尽くで抑え身震いする彼らを見た五つ下の正直者ジョーイは……過去に音楽の場で起こったポールの痩せ細るほどの不幸に触れる言葉を何も知らない自分らがつい言ってしまった、いとこのハリーは血の臭いがする様な出来事に深く関与している若しくは強い関係性があって揉み消さなければと咄嗟に身体が動いた、彼女であるレイーもバンドメンバーだとはぐらかし彼を多く語らないし今だって何ら焦る素振りもピアノを弾いていた彼ともセッションする気すらない様子、その上ミュージシャンの知り合いが近くに住んでいても俺たちがココに来ると既に彼はピアノを弾いていた、サプライズだとしても知らないミュージシャンだし面白くも盛り上がりもしない事に金は使わんだろーよ……と怪しげな考えで気を利かす。
「成るほど成るほど傷心か何かで今は偽名を使って身を隠しているってワケな。いやいやミスター・ポール、詮索なんてしないぜ。この偽名のセンスは如何かと思うがな」
「ごほごほ、センスだと? これを聴けば俺のセンスの是非なんて瞬く間、ものの見事に判り過ぎて腰を抜かし訊いた事を後悔し謝罪するまでになる、それでも良いのなら――」
「ほう、じゃあ明るい曲でそれを示してみろよ」
「良いさ俺のセンスは四方八方、四六時中、隅から隅まで何処までも行き届いて光る……
おいガキどけよ! 今から俺がとっておき天才的即興ピアノ独奏を始めるんだぞ!」
ピアノ椅子を小さな身体が未だ自分以外に経験の無い股間の前を独占し見よう見まねでポロッポロロと両手でめちゃくちゃに、そして楽しげにピアノを弾きたくるサミーを彼は
「天才だ……この複雑怪奇でありつつも絶妙なリズム、天使の様な優しさから時に怒涛の如く激しいタッチの繊細な抑揚の鍵盤さばきをイモから毛が生えたみたいな小さい手で、汗一つかかずに曲の明るさに合わせて笑顔を振りまくなんて……おいガキ!」
「ガキじゃねえサミーだ」
「サミー! お前はもしかすると……前世の記憶を持って生まれて」
「ねえよ! ハーハ! 俺には全然分からんが俺の息子はミュージシャンの口から思わず天才と言葉が出て腰を抜かしたぞ良かったなサミー! 謝るかミュージシャン?」
「あ……アイムソーリー、サミー。見た目からして習えてもバイエル位だと思うが……」
「お前は理詰め過ぎるんだよ、頭が固すぎる。まあ可哀想だからフォローするが、流石にお前のピアノの方が俺にはキレイに音楽として聴こえるよ」
「んーんっ! 僕の方がキレイだもん!」
調子付いたサミーは八十八鍵盤の音の高低差を確かめる様に無我夢中になって弾く姿を熱狂的な信者のごとく低くひれ伏す彼を見てゲストルームは笑い声がこだまする一方で、リビングでは残った料理を摘みつつ主にレインの真剣な女性問題が繰り広げられている。
その状態は思うより長く続かなく、サミーが一通りピアノを弾き飽きてゲストルームがチェリー・ガイの世界に戻るとリビングは皆で楽しい会話が盛り上がって活気づく。特にスポットライトが当たるのはファッカーで口が達者なジョーイが彼の嬉し恥ずかし昔話に花が咲いて、そうそうと彼女も横から彼を突いて笑わせ、リリーはすごい話だと淑やかに聞き入り一段落、ところで……と夫妻がずっと謎にしていたポールが話に登場しないと。
「ポールは色々と……経緯が複雑すぎてねー」
「まあ平たく言えば俺とレインの共通の友達……って事だよ」
「平たく言わなかったら、まさに三角関係だね。ハリーとポールは私を取り合っている。関係性はそう、私は思ってるけど違うかなファッカー・チェリー?」
「え!?」
「は!?」
「おい!」
「ワオ!」
面白いからと話をこね回した彼女は、実はここで三人で暮らしている自分の役割を良く理解していたのだ。突然の告白と唐突な暴言にピアノも止まり困惑し、寝ていたサミーも飛び起き大人たちと同じく目をまん丸くしてキョロキョロ、口に手を当て全員がレインに注目を浴びせる中、彼女は笑顔をピクリとも変えず淡々とよく聴こえる様ゆっくり話す。
「今の状況はまさに集団思考です。欠陥ながらも団結力のあった私たちが今、あなた達の強い刺激を喰らい、リーダーシップが私という小さな人間に働き話しているという状況は私たち全員、全会一致の幻想を見ているという事なのです。第一に、あなた達は私たちを知らず逆も然る状態で突然ここに来たワケですから、こうなるのも無理のない話であって驚き喚き泣くのも無理ない真実を私という人間は今やっと告白できる条件が揃いました。
私はこの機会をずうっと待っていた。私たち三人は異常で愉快な生活を送っています。ハロルドことファッカーは親不孝のすねかじりで生きてきて、もうそれはそれは困るほど甘えん坊でか弱く私が居なかったら何も出来ない所か精神を病んで死んでしまう頼りない心配性なウチのお母さんみたいな存在です。ポールことチェリーは、それはそれは頑固で仕事もせず酒を飲んで曲を弾いたり作ったりふらついてますが、ここぞという時は絶対に外さない頼りがいのある楽しく賑やかなお父さんみたいな存在です。私とはそんな両親に手塩に掛けられ育てられた娘の様なものでした。ですがある時、仲の良かった両親は酷いケンカによって我を忘れ殴るわ撃つわ刺すわで今の状態に陥ってしまいました。だから、私はこんな姿で楽しく悲しくドラマティックな御まま事をしているのです。例えるならばアナタ方は私こと絵本作家が描いている絵本の中に入って来たアイデア、滅茶苦茶なまま眠っていて気付かなかった没原稿、または単なる新作の登場人物、実はこのマンションの隣に住んで居た当物語に重要な存在だったもう一つの家族のお話かも、という様なもの。
絵本でも音楽でも神話でも、そういう創作物には必ず作家が付き物です。作家が書いて物は産まれる。作家の気分で動く物もあれば、作家自身どうして物が動いているのか理解不能になる時だってあります。ココに居る私も、あなた方、ファッカー、チェリーだって作家が書けば作家は消せるし、消さずに居たって視聴者が来るかどうかなんて判らない、視聴者が居なければ作家意欲は消えてゆき創作物も同様に消え、居れば意欲は増し況して創作物はビジネスにさえ成り歴史に名が残り貴重に扱われ、作家とはそういうものです。
しかし繰り返しますがアナタ方は突然ココにやって来て遊んで食っちゃべって邪魔をし実に物語に迷惑な上に彼らを詮索したりするものだから、逆に消さず殺さず真実を伝えて家に帰したら如何なって生きてゆくんだろうと思ったりもするのです。私の理想としては世界の何処かで何時の日か点と点に線を引く様にこの物語の行方を知っている物と繋がり真実を知っているアナタ方がソレと共に戦って私たちの座を奪うクーデターを起こすなら急にスポットライトがアナタ方に移り変わるが如く物語の人物が劇中劇を始めるみたく、そうなってくれたらばアナタ方はどんなヒーローより何よりも素晴らしく、胡散臭くない奇跡を生み出し文字通り絵本から飛び出し、この世界を笑顔で一杯にしてくれるならば!
……飽くまで私の理想に過ぎませんが。私は、否、私たちはアナタ方に問うています。真実を知った今、これからどうしますか? お腹の子供と共に家へ帰りますか、それとも隣に引っ越して合流しますか。私たちはアナタ方の都合に何なりと総てを快く応じます。念には念を、今のアナタ方は何にでも成れる無限の可能性が宿っていますから鳥になって空を羽ばたき雲の上の宇宙まで行って星々の配列を変える事も、魚になって深い海を潜り未知なる生物と交尾して繁殖・繁栄する事も、巨大岩となって崇められる事も霊となって畏れられる事も出来る神に相当する存在なのですから、総てはアナタ方に委ねられます。
さあ、ファースト・ペンギンを買って出るのはどちらか、はたまた……?」
『…………』
ファシストの裁判長の元に証言台に立たされたファッカ―ズ。ついに下された判決は、”エフの心の壁を取り払え!”というものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます