塒のやう廻る ~シーズン4~

第一話「ザ・ウォール」

めちゃくちゃな奴ほどウケて称賛される時代にも

   憧れを抱いたってそうは成れなくて

   それに目もくれず仕事に明け暮れて

   誰もがそんなのばかりで嫌になった

しかし一番に冷静なのはめちゃくちゃな奴だった

――――――


「おいおい何だこの聴取者数はよ! やっぱチェリー・ガイの名は伊達じゃねえな!」

「だが実際のところ……こんなのは序の口なんだ」

「私たちがアホみたいに、いつになく神妙だねポール?」



 ワンカップを呷りながら上昇し更新する数字を見る彼の顔は真剣な面持ち。なかなかに自分のメンタルが固くなってか作曲に対する不安やブレが無くなり、それが曲にも現れて聴いているオーディエンスの胸に響いているようだがしかし彼の言う通り未だ序の口で、ここで自惚れウットリしているだけではアマチュアの域を出る事はムリな話なのである。



「だからよ……俺たちでバンドを組んでみないかって話なんだ! お願いします!」

「バンドって……ギターとかドラムとかを、俺たち三人で?」

「形態は様々あるが例えばボーカルは無しのインストルメンタルバンド。歌っても良いが俺の作ってきた全曲に歌は無いから練習や作詞の手間も省けるワケで、楽器だって特には指定しない。それにドラムとベースならコンピュータでカバー出来るから……頼む!」



 自分の作る曲に確固たるプライドを持ち続けていた彼はついに頭を下げ、たった三人の家族ぐるみでバンド結成を持ち掛けられたアマもアマのド素人である二人は当然ながら、

『……仕事あるし……』

『……時間ないし……』

考えさせてと言うしかなかったのは彼の力に到底なれない、むしろ足を引っ張ってしまうという事なのだが俺だって私だってと楽器経験さえ有れば素直に乗った話ではあるのだ。




「あいつは毎度毎度……ムチャ言いやがるぜ」

「でもポールが頭を下げるなんて……ねー?」

「そりゃあ俺だってストリート・ミュージシャンを横切る度、何か自分で楽器を弾けたらカッコイイだろうなと思いはするさ……お前はアイツにギターを褒められたとは聞いたがしかし俺の持病と酷い音感は果たして言い訳になるだろうか?」

「ポール曰く『自らの内に秘めるパッション次第!』とは言ってたけれど実は私も良くは

分かってないでテキトーなんだよ。昔っからそうだけど、そんなんで良いんじゃないの?

ポール自体もテキトーに作ってテキトーに受けてるみたいだし」

「お前らは呑気にセンスで何でも出来るから良いよな。俺だって根は元々ド真面目だが、生まれ持ったセンスがクソなのはいっつも痛感して、後悔して……はあ」

「これもテキトーだけど、ドラムなら耳も音痴も関係ないんじゃない?」

「まあ、そうなんだよな」


 お互い、仕事の休憩時間にこういったメールのやり取りをするようになり何となく担当楽器が決まって来ても尚あまり乗り気じゃないファッカー。まずはとドラムスティックを購入し自分の枕でリズムを叩いてみると中々良いんじゃないかと素人分かりするも実際にヤると成れば如何なるかなんて想像もつかずに只、ストレス解消にと枕を叩くのを日課にしている一方でレインはチェリーからギターを借りて適当にぎゃんぎゃん弾いていれば、

「ちょっと、お二人さん」業を煮やした彼はワンカップを呷って息を整え言ってしまう。



「ファッカー、そのテンポから……はい三連符!」

「……三連符?」


「レイン、そのままそこから……はい裏拍!」

「……裏拍?」



「……この調子じゃ拍子すら判らんだろうな。良いか月並みなことを言うが、何にだって基本、基礎が成ってなきゃ話にならんだろ? ……くどくどくどくど……」

 クラシック畑で中退でも音大出身の彼は初心者に言ってはいけない事を長い説教の中で数々やっちまったのも歳の所為だろう、自分だって初心者の時にピアノを弾き続けようと作曲にまで行き着かせたキッカケは、好きで楽しく、面白いからだった筈だろうに希望を胸にキラキラ輝いていた二人を譜面までここぞと見せ、やる気の源をゴッソリ削り落す。


 彼にとっては只そのまま初心者に最低限の知識を教えるつもりだったのだが、彼の持つ最低限とは初心者には大き過ぎただけなら良いが声を大きく嫌味なほどに丁寧なのだから同じ三十過ぎでその上、プライドを持って働いた金で食っている二人からすればイラッと来て当然の事であるし何よりバンドを組もうと言い出した張本人が説教とはたまらない。


 まあまあ落ち着いて酒のんでと言った所でもう遅い、スイッチが入った彼は声が大きくなるばかり……なのでニッコリと二人は手を繋いで静かに閉めたドアノブ鎖で巻き付けてそのドアの前に家の中で一番に重いタンスを置いてノブとノブとを繋ぎ止めれば、一息。

『ファック! ファック! ファーック!』

「さて、どうしようか」

「なにか美味しいものが食べたいねー」

「そうだなあ、どこか静かな所で……」

 鳴き声が止まぬ家を空けてのデートは二人にとって久しいものであり結構ウキウキしてタバコに火を点け車に乗り込み、行く所とは一寸お高い彼女の好きな激辛ピザ屋である。



「ヘイ、レイー・ファッカー・アンド……おっとどうした、威勢だけのヤツが居ねえ」

「おうミッキー。いつものアメリカン・ファイアー・デビルとコーラ二つ」

「ハーイ、ミッキー! 今日は辛さウンと強めで!」


「ううむ……はいよーっ!」

 熱血巨漢で有名なピザ屋の店長ミッキーは冷蔵庫から三つコーラ瓶を出すアルバイトにぴりぴり厳しい表情でピースサインを送り冷や汗かかせ店長みずから二瓶を置くと共に、



「辛味とは頭ん中で幸福を作りだすもの。これは客からのクレーム続出で惜しくもやめた究極の激辛ソース、この俺のピザの辛さの約十倍に相当する……その名もザ・ソースだ!

いやいやチップは要らねえ、お二人も快感を味わい昇天すると良い……幸せになれよ!」



「うおーっ!」彼女は店長の粋な計らいに歓喜するが、実を言うとファイアー・デビルの辛さでもヒイヒイでようやく着いていける彼は見ているだけで舌がヒリヒリしてくる位、彼女の辛いモノ好きは店長と肩を並べるまで常軌を逸しているが彼はファッカーである。


「ふうふう、おーうんんん?…………いける?…………」

「わーこのザ・ソースってやつ、一滴だけで頭真っ白になるくらいスゴーい! こんなの更にかけたらもう……かけちゃえ! アッハッハーっ!」

「う……この辛さはヤバい、ピザの味が掻き消えるほど……ゴホッゴホッ!」

「ピザの味なんかどうでもいいんだよ、問題は辛ささ! だよねミッキー?」

「もちろん、だから俺はピザ屋をやっているんだ! おいおい男が女に負けるかよ?」

「いかれてやがる……くっそ、浸るくらいかけてやるぜ!」


 昔から依然として変わらぬファッカーは煽られれば何クソとやってしまうファッカー。大雨でも降ったかのように汗で衣服をビショ濡れにして一枚完食し、彼女はザ・ソースのたっぷりとかかった二切れを持ち帰り彼とは裏腹に御機嫌にして手を振りピザ屋を出た。


「ジムでもかいた事のない汗をかいた……早くシャワーを浴びなきゃな」

「そうだねー久しぶりにあのホテルで良いんじゃないかなー? お酒も飲めるし!」

「そのつもり、だっ……まだ汗が垂れてきやがる! お前よく平気で居られるな!」

「情けないなーもう、じゃあ運転手交代だね!」



 そのホテルは彼女のレインピスが始まった曰付きの中々高級、高層ホテルであるが何を酔っ払ってヤってしまって、そうしないと満足いかない身体に成ったのかはお察しの通りであるしホテル側に未だバレていないにしても彼女が行きたがるのも勿論お察しの通り、しかしソコには動物性の愛が介在して、彼も理解しているのだから二人は幸せ真っ只中の一方でチェリーは頭を掻いた爪を噛みながらド素人でも楽しく弾ける叩ける曲を試聴中。


『……シンプルでキャッチーなギターリフ、ベタながらエイトビートのドラム……こんな小っ恥ずかしい程シンプルなロックンロールに俺が作るとするならば……ほほう?』



「テキーラのショットと……エクソシストを」

「ちょっとーまた酔わせようとして、それ以外しらないからってーっ」

「でもこれが好きなんだろ、あん時はガブガブ飲んでたし」

「カクテルって名前むずかし過ぎてそれしか憶えてらんなくてさ――」

「失礼、そちらは?……失礼しました」

 彼女はムッとタバコを咥え火を点けて年齢確認させるのも三十過ぎて流石にうんざりな世間知らずの自分の背丈や顔の幼さに落ち込んでくる頃、差し出された青色したグラスを

「こりゃジュースだ」文句垂れて飲み干し酔っていたいと子供の様におかわりをせがむ。


「今日も一日お疲れさん!……ってのは、何年ぶりだろうな?」

「はは、ファッカーから女の臭いがしないってのも何十年ぶりだろーね」

「二十年ぶりだな、互いに高め合っていたあの日からだ」

「じゃあこうやって二人きりなのは十年ぶりかな?」

「ごめんな」

「いいよ、ファッカーだもん」

「ハハ……その通りだぜ」



 しっぽりカップル水入らずの昔話に花が咲き乱れると、四十度のカクテルが進む彼女は知らぬ間に彼の腕の中、野生本能で笑いながら涙を流す無償の愛を貪り尽くして御満悦の二人はそれ程まで残酷な過去を背負いながら生きてゆく覚悟の許に愛が無いといけない。


 しかし今までに愛を微塵も感じた事の無いチェリー・ガイもまた異常な残酷さである。何故そこまでして曲を作り続けるのか、それは自分の曲を聴いてくれる人に褒めちぎって貰いたい唯それ一心の彼の人生は無謀とも浅はかとも言えるが、そう駆り立てた人物とは親友であり無料でスタジオを貸してくれて況して無条件で住まわせてくれるあの二人だ。



「……まさか死んでしまうとは、なあ……」

「誰が死んだの? デミトロフ? それともリック?」

「チェリー・ガイの精神だ。完全にアイツは死に、仄暗く親に捨てられたポールちゃんが今また深夜、お前と二人きり、未だ性懲りも無く作曲を続けている」

「死んでないよ。真っ直ぐに連なってるんだよ。続けて来た三十余年間お兄ちゃんは最早チェリー・ガイから離れられない身体になったも同然なんだから!」

「お前から離れられない様に……か?」


「お兄ちゃんが望んだ事だもん。だからブレたりする事も無いんだよ? ケンカしたって慰め合ったって泣いても笑っても、ずっとこうやって来たし、ずっとこうやって行くのに変わりはないよ。どんなファックな曲が出来たって何だって、独りじゃないんだよ?」


 彼は酒を呷ってぬいぐるみのネコをクッションにモニターの電源を切る真っ暗闇の中にポツンとタバコに火を灯して、溜め息の様に深く長く出る紫煙には焦りの色が出ている。


「……まあな。だが確かにチェリーパワーを失くした俺は只の詰まらん居候クソニートに変わりないという事実が最大の不安の根源なんだ。飲んでも飲んでも消えやしない不安で頭がどうにかなりそうで、身の置き場が無く、遣り切れなくて……俺は……俺は……っ!

誰一人として実の親にさえ恩を仇で返して来た恩知らずだからココに居てこうやって総て返そうといつかデカいツリが来るほどの作曲者に成り二人を見返してやる位ビッグに成る筈だったのに尚もこうして縮こまってコツコツコツコツ、もう十年が経とうとしている!

それは何故か等という愚問は俺に欠片もセンスが無いからと世界が数字で示しているこの俺は……世界中の誰か一人、たった一人でも良いから認めて欲しかった只の矮小な人間で己をファッカーに自己投影なんかして言動も行動もマネしてまで自分を維持して来たのに未だこの状況、状態にあるんだ! あの頃みたいに皆でずーっとバカやったり無茶やって居たかった、でも皆みーんなドンドンと大人になってゆくんだ! 仕事や金や管理やらと忙しくて俺なんかに相手する暇なんか無く上司に頭を下げてくれるから俺が居ると言って過言じゃないこの現状! 神様が居るって信じたいよ祈りたいよ救って欲しいよ! でも神なんて何処にも居やしない、居たって俺なんかに見向きもしない……こんなファックな俺なんかには、二人にさえ、お前にさえも……こんな悲しい事があるもんか!」



 絶望でブッツリと何かが切れてしまったのか彼の曝け出した本音は、誤魔化しながらも助けてくれた二人に恩を返したいと意外にも現実的なものであるのだが如何してここまで二人と彼とはすれ違ってしまうのか。間を取り持つのは彼女、レインの存在なのである。


 チェリーは小学、ファッカーは中学と、彼らはレインの存在なしではココまで辿り付く事はなかった絶対的な繋ぎ目であり境い目である異常なレインへの信頼も度を超す執着に至るまでの共通する経緯とは、自分たちが彼女によって救われた事で出来たものなのだ。


 彼女は父からの性的暴力に耐え兼ねて母と共にファッカーと同じ学校に通い彼を救うがチェリーから見ればピアノを譲ってくれた彼女が遠退いてからファッカーと真逆の人生を送った成長期の在り方が彼らの、彼女によるでんぐり返しの様な決定的相違点を生んだ。



『アッハッハッハーッ!』

 そして高校でやっと出会った彼らは俺の俺のと火花散らして彼女を取り合って、彼女は愛想よく彼らの間を取り持って大学は散り散りに、社会人に成って数あるカフェを転々と窺い選んだのは勇気がある方であっただけの彼女は運命が、母が味方しているのである。

『辛い……辛すぎる……っ!』そして三人はまた集い有り得ぬ家族と化し針は置かれた。



「ハハ、こんなんで辛いなんて男らしくないよー?」



 黒レザーの服に胸にはクロス・ハンマーのエンブレム、その男はゆっくりと低い声で歌い出す。

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