第六話「バイ・ザ・ウェイ・・・オウフ」

「こんな絶好の日に、こんなしみったれた格好……お前もしやチェリーか?」

「ファッカーっ! ポールだよポール! ありがとー来てくれたんだね!」


「……何だよクソ、チェリーで悪いか……ああ、レインにファッカー」

「よう久々だなポール! どうしたんだよ同窓会だぞ、もっと楽しもうぜ!」


「……こっちにだって色々と事情があるんだよ……」


「……まあ良いや、頑張れよ。よう久々! お前ら変わんねーな! ハハ! 娘じゃねえ

俺のハニーだバカ野郎! ハハ! まあ、まだだけど……まあまあ!」



 うるせえ。来るんじゃなかった。俺を見て必ず放つ言葉といえばチェリーだの渋顔して頑張れだの、お前らに俺の何が分かる。分かるものか、分かってたまるか。そういう場で俺は生きているのだから、お前らの様なファッキン・ヘッドには想像を絶する修羅場を、お前らは俺の様に生きられるか。否、到底ムリで酷な話であり俺は奇跡的に生きている。


 しかし、そんなお前らが羨ましいのは確かだ。そんな笑顔をどう生きて来たらそんなに嬉しそうに出来るのだと。どうせバカバカしい、サーカスのピエロみたいな事をするのは御免だね。どう人を感動させられるか、将来性のある俺は一期一会でもソッチを考える。



 まずは会場に置いてあるピアノを弾く事だ。もちろん俺の曲を奏でたらば皆一様に拍手喝采の嵐の渦の中カネが飛び交いアレやってコレやってと、俺はクールにムードを見つつ人間ディスク・ジョッキーと化して背景に溶け込む一つの絵画の如し、なおかつピアノの練習にもなるのだから一挙両得なのだが名も顔も知らぬカップルが占領してやがるんだ。


 そんな始末に負えない状態にあって尚も退かずに、何を勘違いしたか弾けないクセしてポロンポロンとピアノを手持無沙汰の解消道具にしてやがる性欲猿とメス犬の所為で俺は見て居られなく俯いているのであり、決して一人だけ独り身でどーたらこーたらでない。



「そこのロンリー・ボーイ。バーでミルクとは、そんなにママのが恋しいのか?」

「これは……宗教上の理由だ! シッシ!」

「恋人も作れない宗教なんてあるかよ、どんな神も人類は続いて欲しいに決まっている。そうは思わねえか? そして神は愛を楽しませる為に男と女を作ったんだよ」


「お前のくせえ口臭と同じ様に、くせえ酒はヒトをおかしくさせるものだという事だ!」

「吠えるなベーブ。この美味いコーヒーを淹れて、カフェオレくらいは飲めるだろ?」

「カフェオレなんて毎日の様に飲んでいる、失せろファッキン・モンキー!」


「おっと間違えた、これはカルーアだったぜ」



 ピアノの音なんて聴こえない位ザワザワ周囲の輩が盛り上がって騒ぎ出してきんだから俺はこれを飲み終えたら帰る事にする。ハナから場違いだった、レインのヤツがピアノを弾いてくれって呼び出されて来たのにこんな扱いはピアノコンサートを明日に控えている俺を実に軽く見られたもので、当の本人はヘラヘラと彼氏と腕を組んでスッカリご陽気ときて頭にくる。しかし、これが本当に酒なら明日のコンサートメンバーには気を使わせてしまいそうではあるが、カルーアというこの瓶コーヒーはミルクと相性が実に良いだけに

『マスター、おかわり』単に美味いから、進んでしまうのであるが身体が熱くなって頭が

朦朧として、もうどうでも良い、この際だからと退いたピアノ椅子に座って現状を語る。



 俺くらいに成るとまず目を瞑って無作為に左手でコードを四つ選択し、ソコから右手で適当なメロディを奏でる事から始まり気分的に展開をさせるのだ。今えらばれたコードは


「……シー・ジー・エーマイナー・イーマイナー……ではエフも入れてシーへ、と……」


最近の複雑な心情を清めたいと言わんばかりに白鍵だけが選ばれたらば早速メロディをば頭にパッと浮かんだのを軽いタッチで奏でると、なかなかどうしてって感じに展開できるウットリしてしまうほどシンプルイズベストなコード進行、転調させて切なくも出来る。



「あっ! これって日本のチェリーコードでしょ? 私これだけはギターで弾ける!」

「……なんだよ『チェリーコード』ってよ……クソ、じゃあこうだ!」

「えーどうしたの? さっきのでお願いーっ!」



 嗚呼、酔っ払いの鬱陶しさと声のでかさは最高にタチが悪い。俺が今さっき編み出した最高のコードをチェリーコード呼ばわり、それを弾かされる事を余儀なくされて、それで何だか人が集まって来やがってふざけてやがる……しかし俺はここから自然に展開させる事が出来るのをこいつ等は知らない……拍子変更だって容易いのだ!……と心の中で叫びつつも汗一つ掻かないでクールにマイナー転調させワルツ風にすると、何だ何だと観客が一人ずつ一人ずつガッカリした様子で退いてゆく……何故?……仕方なくコードを戻す。



「ういー、ポールはどこでも弾けんだなー。これから大盤振る舞いが始まるんだとよ」

「ごめんポール、今からスピーカーから爆音が流れるよー。何が始まるやらねー?」

「よし用済みって事か、そうか、じゃあ俺は帰る。ファック!」


「まあまあ、これくらいは見てから帰ろうよー。ね?」


「チッ……いつまで俺はオモチャにされなけれ――」

 半ば強制的に奥のフロアに連れて行かれるソコにあったのはトランプ・タワーみたいに積まれたグラスの山。奥で大きな脚立を登って酒が流し込まれ零れながらも階段を降りる様につらりつらりと流れ出し……キレイだあ……何て美しい……異次元の世界……悪酔い等しないでも素直にそう魅入られるとピカリ光るグラスの反射に俺に良く似た人が問う。




『お前は酒を飲まないのか?』

「ああ、あまり好きではない」


『酒なしで生きてゆくには余りに無謀な人生を送っている』

「俺は、先なんて見えていない只のピアノが弾きたい人間」


『オンナだとかカネだとか、そんなの関係なしにピアノが弾きたい』

「そして一人でも多くに俺の奏でるピアノを聴いて貰いたいだけの」


『酔っ払ってチェリーコードなるものが出来るほど』 

「少しも人間が出来ていないピアノ弾きのチェリー」


『酒は己の本性を現す道具』

「俺は己の本心を聴きたい」


『それなら』

「飲むしか」




 二人だけの空間に突然ヒビが入って突き抜けると周囲の輩のザワザワうるさい声が耳に入って来ると共にドンガラガッシャーン!……落ちてくるグラスの破片が身体中に刺さり傷口に酒を浴びに浴びて浸りながら心の底から笑って笑ってテーブルを挟んだ向こう側で指差して青い顔するレイン、ファッカー、モンキーにビッチその他クソにこう叫ぶんだ。


「ファック! ファーック? エビバディ・セイ・ファ―――――――――ック!?」


 涙が出るほど大笑いしながら俺は中指を立て破片がギラつく絨毯に頭から倒れた様だがブーブー豚みたいに激しいブーイングの嵐の中で見下ろすファッカーとレインの眼差しは鮮明に憶えていて、それ以前の記憶の全くが消えた。自分の名前も帰る所も判らないから俺はこの二人が両親なんだなと思いながら精神科のショック療法によって記憶が蘇った所まるで自分のやって来た事が恥ずかしささえ覚えるほどちっぽけに思えて総てを白紙に、しばらく未だ記憶が疎かなフリをしていると精神科医に人格を疑われ蹴飛ばし強制入院。




「ビッチ! ファッキンビッチこっちを見ろ、俺に何の異常があってココから出さない!

俺にはやる事があり役目もあり、ソレさえ出来ればソレで良いのだ、ファック・オフ!」

「あなたのその言葉遣いさえ治ればいつでも出られますよ」

「早く出したいんですがねえ」

「じゃあ出せっつんだ! ルック・ミー・アス! ゴー・トゥ・ザ・ヘル! あん!?」


「はいドア閉めまーす。施錠もオーケー」


 ここで俺はどんなデスメタルのボーカルをも陵駕する発声方法を独学で習得してワザとヘタに酷使する事で声帯損傷を自ら負わせると出られ、手術によって声色を変身させた。



「ファッカー、レイン! これが俺様の生命の証、チェリー・ボイスだぜ!」


「おう、ようやく吹っ切れたようだな」


「なんだこの空き部屋は」


「ただのゲストルームだよ、ベッドさえあれば十分だろ」


「俺の部屋だろ? チェリー・ルームだろ?」


「はあ?」


「こういう人に成っちゃったみたいだからファッカーよろしく」


「機材も全部もってきたぞ。ほらコレとコレさえあれば――」


「ええっ!? もしかして住むつもりか!?」


「そりゃそうだろバカかお前」

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