第四話「ホワイ・フェイバリット・シングス」

「……ファッカー?」

「……ファッカー!」

『にゃんにゃんっ!』


 警察でさえ手を焼いていたボンド・グループを死んだアズーと引き換えに捕まえられ、おまけに彼奴等を甘やかす場を与えたオービー共も逮捕し起訴され法廷へ、悪グループの殆どに手錠を掛けられたコレは俺の偉業だと、その場でタバコと酒で臭わせる先輩一人と悲しみに暮れていた俺を警察は見ないフリして正義のヒーロー呼ばわりされ、学校中にも噂がまた広がってしまい、今度は俺たちがグループとなる様な学校生活を送っているのに

「あらー、ファッカーったらまた女を引きずりまわして。何股かけてんのさ?」


「もう分からん、分からんけど相手しないと可哀想だから……仕様ないんだよ」

アズーの死を思っての事だろうがレインもたじたじな程までオンナが集って来てくるのにポッカリと空いたこの心の穴は、高校に入ってからというもの埋まろうにも埋まらない。



『俺の友達になってくれないか』……この一言だけで良いのに云えず、集るオンナは直ぐ消えては現れ、そりゃ同性からも良い目では見られないだろうという事は分かっていたがまさかココまで……と、どうしても素直に成れない自分が更に心を狭くさせるのだった。



「汚らしいエフ・ワードを大声で言うんじゃない! ここは学校だ!」

「呼びやすいんじゃないですか?」

「ハロルド! ここは清き学校、お前を思って言っているんだ、オフィスへ行きたいか?

この呼び方を今すぐ止めさせろ、良いな?」


「…………はい」

 叱る教師の声で自分の名を思い出す位このあだ名がピッタリなのだ、ファッカーなんて名を付けられるのは一人しか居ない。それは当り前に俺であり、そんな俺がそう呼ばせる俺を皮肉った最も適しているニックネーム且つちょうど一言にまとめた自己紹介なのだと

……そんなのは後付けの筈なのだがイツの間にか定着してイツの間にか浸透したもので、


『レディース・アンド・ジェントルメンっての、成りたくても成れない人も居るみたいな生まれ持った肌の色と同じもんとか、そんな感じで受け取ってますよ』

『フッ、まあ心の広いヤツってこったな。しかし……シッターとか、又はレイピスターと呼ばれるのとほとんど同じだぜ、どうしてそんな平然としていられるんだ?』

『さあ? それ以前にマゾヒスターなのかもしれませんね』

『ハハハ! お前が良いなら良いけどよ。でも酷すぎるぜ、そのあだ名!』


という風に先輩含めボンド・グループと打ち解けられて、ああ成ってしまって……だから俺はファッカーなんだって事にしておこう……思い出すと気が狂いそうになってしまう。




「こんにちは、ダニエル警部!」

「おうハリー、来たか。ちょうど書類整理が終わった所だが、耳はどうだ?」

「書類が整った音が聴こえたのでノックしました。本当にもうダニエル警部のお陰さまで何もかもが良い傾向に向かっていまして、もう頭が上がりません」

「いや頭は上げてくれ、一緒にコーヒーでも飲もう。少し……まあ君に話があるんだ」



「はい!」……そう、俺はファッカーだ。表面は救ってくれたポリス・ダニエルに忠誠を誓い全うな人生を歩みたく悪いヤツ等をこらしめる警察官を夢見る少年であり、裏で酒を飲みタバコを吸って女を抱きポイっと捨てても何食わぬ顔で闊歩するクソッタレな人間、だからこそ俺は、俺たちは……俺たちは? レイン?……そう彼女は今頃どうして……?



「君、中学の頃だが……」


「……は、はい!」

「俺と同じ名のクラスメイトが居たよな。転校した、丸々と太った――」

「居ましたね。俺のことをスリーパーとか呼んで虐める――」

「『リッパー』とは、呼ばれなかったかな? 衣服を切り刻まれ丸裸の辱めを受けた彼は

転校後に友達が作れず未だ大学へも行かず、テレビゲーム浸りの毎日を送っている」


「スリーパーは呼ばれましたけど『リッパー』だなんて、ジャック・ザ・リッパーにしか

似合わない仇名ですよ。それが俺だというのは、ちょっと笑えませんね」


 こんなのはダニエル警部の眼をしっかり見てハッキリと言える真実だがなぜ突然カマ掛けみたいな物言いをされるのか分からない。そりゃあんの豚の顔は憶えているが余りに素っ頓狂な話だから今の俺の顔もヘンな顔になっているだろう。彼はそんな俺の瞳の奥、クエスチョン・マークを覗き込む様だが当たり前にアゴを撫で、唸ってから腕を組んだ。



「そうだな。少し笑えない話になるが君は中学の時に一度だけ不祥事を起こして約一年、リハビリセンター通いを余儀なくされ、精神の回復に添うように持病の難聴も良くなって高校に入ったのは確かなんだ。問題なのはこれ、記録にはこうある。それまで君は無口でクラスメイトともコミュニケーションを取ろうとしない、それは耳が聴こえないからだと親御さんはカウンセラーに話していたみたいだが其の口を開かせたのはローリング親子、

現在も同い年のミス・レイン・ローリングは同じ高校、同じクラスで学校生活を共に送るローリング家が州をまたいで君の家の隣に引っ越してからが始まりだとも親御さんはそうカウンセラーに話している。彼女は其の不祥事の共犯者であるが君の心を開かせた恩人、しかし……彼女の父は、檻の中での生活を余儀なくされているんだよ」



「……だからって、その血が流れているからって彼女を差別する事はないと思いますよ」



「厳しい話だが結論から言おう、まず我々警察だけでなく何かしら職に就こうとする時は一度だが起こしてしまった君にとって致命的この不祥事の事を訊かれ、君はこれを細かく分かるように説明しなければならない。その説明の練習をしてみようって事で――」


「待ってくださいよ! 学生なら一度や二度の不祥事……あのボンド・グループみたいに罪を犯したってワケでもない、ただのケンカを何故そんな彼女を巻き込んでまで説明……

僕は確かにこの間は飲酒や喫煙をし、ダニエル警部はそんな僕と先輩を匿ってくださった悪を正す姿に憧れ、この上ない感謝と尊敬を胸にここへ来ているのでして!」


「分かっているさ落ち着いてくれ其の心は正しいし、しっかりと届いているんだ。そうだ大人の世界とは汚く悪に満ち満ちていてロクなもんじゃないな。しかし学生は清く正しく汚い大人の言う事を食いしばってでも守らねばならない、それは誰でも何処でもそうだ。そして不幸なことにダニーは……俺の一人息子のダニエル・ウィンストン・ジュニアは、君とは真逆に痩せ細ってテレビとしか喋れなくなりリハビリセンター通いの日々を送る!

……俺は警察だが人間でもあるし、そんなにされた息子の父親でもあるんだよ……」


 なあ、大人って汚いだろ? そう言ってポリス・ダニエルは静かに震えた背を向け去る姿は、あの時お前をこらしめてやれば良かったという憎たらしい醜体の様で、自ら大人のクソッタレたこの世界を体現し、お前はまだ未来があるさと言ってくれている様で、俺は何とも重たい感情を抱えて帰路につくも家路に近付くにつれ其の感情の正体を理解する。



「……ちくしょう、カッコイイなあ……」

 親父のタバコを一本盗み吸っては溜め息の如く出る紫煙に恋愛ともまた違う熱を帯びたファッカーたる自分の性が見え隠れしている。あんな背中の語り方を見せられては憧れを持たずに居られなく、思い出しては身震いする程のクソっぷりを素直に感動したのだから俺も汚く醜い人間であろうと再度ポリス・ダニエルの許へは行かず、同じく彼に救われた面倒見の良いジョビー先輩との全うな勉学と高校サッカーおよび良い大学から就職先へのアプローチ活動の機会を増やすと、次第に友情や愛情をも顧みぬ清き学生に成り果てた。




 作戦はこうだ。俺は腐ってもドコまでもファッカーでありたいのだからこそ青春らしい青春は敢えてせず、この学校に居る教師を含めた人間には唯の未来ある優等生の風を見せバックに付いて離れないオンナをもガッカリさせ切り捨てるが如く自分らしさを封印し、清く正しい姿を貫いて大学に入れば、もしくは若くして何かしらの就職先のお偉方の目に留まってくれたらばソコから俺でも誰でも自由の身であるのだから、この高校生活までを我慢さえすれば俺の将来は安泰ということ……ここまでは高校生の誰しもがそうだろう。


 しかし俺の場合は初っ端から喫煙、飲酒、性交そしてファッカーという仇名があるからタバコも酒もセックスもそう簡単に止められるものでなく、止めようとすれば何れ本性を現してココまでやって来た全部がパーになるだろうが、幸いにもジョビーとレインという表裏のバックが俺に在るので酷使してゆく。俺がジョビーと連むワケはアプローチ活動をしたいからだけではなく、同じく喫煙と飲酒を強いられて止められない彼に社会人であるマンション住まいの兄が居て、俺にも金を払えば気兼ねなく買ってくれるのでニコチンもアルコールも満たせられるからだ。そしてレインは俺の事を良く理解しているのもあり、

『お前だけは、俺をハリーと呼んでくれ』と然もファッカーという仇名を嫌う様に言えば


『そういえば、いつからファッカーって呼んでたんだったっけねー?』


『……そんなお前が好きだよレイン』正直この彼女の大雑把な性格も本性を誤魔化す為の

気がしてしまうのはポリス・ダニエルのこぼれ話の所為だと思うが、この釘打ちによって校内でエフ・ワードを呼んで集るオンナ共を俺がヤな顔ひとつすれば教師が出てきて一掃できる罠であり彼女を守れる術であり一際、俺がキレイに見えるという寸法にもう一押し

……先輩であるジョビーの勉強して通って来た選択科目を教えて貰い金魚のクソみたいに俺も彼と同じルートを辿りただ単位数をクリア、後はサッカーに回せば良い……完璧だ!



「……ファッカー?」

「……ファッカー!」

「ファッカーってば」校内で集って来たオンナ共の嬌声を聞いた俺はすぐに角を曲がれば

「散々言い付けた筈だ、ハロルドをその汚いエフ・ワードで呼ぶなと! 見ろ、彼だって嫌がっているのに何だその言い方は! レディーでも何でもこの清く正しい学校の中では等しく違反をすれば相応の処罰があるんだ、全員オフィスへ行け!」


「ファック!」

「おっと、お前は退学だ出て行け。ここへは二度と来るな!」

(うひゃーっ! クックック、パーフェクト!)口に手を充てても笑いを堪え切れない、早朝だからか耳鳴りは若干あるが総て聴こえた通りのシンプル・イズ・ベストな爆音だ!


「ハリー?」

「ひっ……レイン! 気味悪く思い出し笑いしていたようだ。昨日のラジオかな……」

「それは良いけど、珍しくメガネかけてるから別人に見えたよー。似会ってないね!」


「……そうか。まあいいや、ごめんなレイン! ちょっと先輩に急ぎの用事があってさ、後で……もし良かったら久々に……またな!」俺は何故か手を振り合う事すら出来ないで

息を荒げてソソクサと階段を駆け上がった。久しい彼女の変わらない声と喋り方を聴いて眼も合わさず言葉が詰まるくらい異様な緊張感に包まれたのは俺が変わってしまったからだろう、このメガネをかけ始めたのは一週間前の事だが彼女は知らなかったという程まで俺は……自らアイデンティティを押し殺した、ただの未来ある優等生でしかないがしかし

『……レイン……俺たちは最高のタッグだ!』

『ね、ハリー。やってみないと分からない!』

『レイン、これで本当に良かったの?』

『そりゃあもう、最高に良かったよ!』

レイン、レイン、レイン……お前がそう言ってくれたからだ。そう言ってくれるのなら、俺は何だって手段や目的も厭わず『やってみる』さ。お前がそう、俺にさせたんだから。



 ダダダダーン! 底なし沼に足をとられようと夢中に過去を追っていると、音楽室から力強いピアノの音が水みたいに耳に入って来てハッと我に帰った俺は現在ドコにドレだけ居るのか分からなくなっていた様で、ポロロロポロロロと繊細な音のするドアを開ける。



 そいつは孤独にピアノを時には恐ろしく時には優しく奏で続ける。俺が入って来たとて如何でも良いというカッコで髪を揺らし、曲は分からなくとも何だか叙情的な旋律に俺はしばらく魅了されられていた。耳触りが心地良いというのもあったが、ファッカーである俺のテーマソング且つ応援歌の様な胸を打つ曲が続けざまに弾かれるのだから不思議で、「一ドルやるから曲名を教えてくれ」帽子は無いが一応の投げ銭をしてやると、こうだ。


「マイ・フェイバリット・シングス……ジョン・コルトレーンのではない。俺のだ」

「はあ? どういうこった?」

「いいや違う。イッツ・マイ・フェイバリット・ソングス!」


「ああ……これはなんか聴いた事あるな。けれど、もう一回さっきのヤツを頼む」

 有名だが結構ダサい歌をピアノで奏でている中そうリクエストすれば何の事もなく前の曲の旋律へと戻した彼はまるでディスク・ジョッキーの如し鍵盤さばきで格好良いのだがそれほど勉強したのだろう言う事が独特過ぎて肝心の訊きたい曲名がいまいち分からずに

「じゃあ時間もそろそろだから、また来るわー」適当に相槌を打ちつつもドアを閉めた。



 ……今のは何だったのだろう? 誘い込まれる様にピアノの音を辿ってドアを開けたは良いが、こんな時間から音楽室で豪快にピアノを弾くやつなんて居ただろうか? どうせ音楽大学を夢見る理論詰めの根暗なんだろうが、この俺が何気無しに一ドル出すほど彼の弾いていたマイ・フェイバリット・シングスという曲に惹かれさせたのだから大した事で

「キミ渋いね、ジョン・コルトレーン?」

「……のではない方のを」

「ああ、ミュージカル」


「僕そういうのは疎くて、ミュージカル……の曲なんですかねえ? ポロロロポロロロと可なり速いピアノだったから歌えるもんじゃなかったのは確かなんですが」


「じゃあ『マイ・フェイバリット・ソングス』? ソコで試聴したら分かるよ」

いくら何処を探して聴いても何も全然、違うのだ。とりあえずジャズでなくクラシカルで寂しいような悲しいような曲調なのは憶えていてもドレもコレもことごとく違うのだからモヤモヤして……例えるならばレインとのセックス。父親にヤられてか巧過ぎるプレイに果てそうな顔すれば手を止められて、唾を垂らしながら歯を食いしばって行く先は最高の快楽が待っているあの……あの感覚がずうっと日常生活で続いているのだから拷問の様でこの俺様が名も知らぬアイツに翻弄されているという事実が気に食わないとタバコと酒の量が増えてゆき、勉学さえ覚束ない迄に成って幾日すぎたことだろうか、また音楽室からダダダダーン! 直感でアイツがこの後に弾くのがマイ・フェイバリット・シングスだと

「分かっていたぞ」ドアを開けて俺が言うべき筈のセリフをコイツが言いやがったんだ!


「な……何が分かっていただ、ファック!」


「分かってたんだよー?」

「レイン!? はあ!? 何故ここに……まさかお前!」


「ここに一ドルを。この曲が聴きたかったんだろう、ファッカー?」

「うわあああああ! これ、これなんだよ! おいファッカー、これ何なんだよ!」俺は

聞いてはいけない呪文を聴かされた悪役モンスターみたいに涙目で叫びながら頽れるが、何故ここに彼女が居るのか、コイツが俺の心を読むように引き込んだのか、そして何より


「やっぱり。ファッカー同士で笑顔が絶えないねー?」俺の固くなった優等生の表情筋がブチ切れてしまって、下校時間ギリギリまでファッカー三人共々音楽室で騒ぎまくった。



 それからというもの、俺たちファッカ―ズは予定さえ合えば音楽室で本性を剥き出しに駄弁ったり騒いだりを繰り返しては、表面の学生生活ではポールは音楽を、レインと俺も散り散りに勉強して将来を想うようになってゆき良い事も悪い事も何事なく経験するも、俺があれだけ豪語し実行しようとした完璧な作戦なんてイツしか忘れて如何でも良くなり大学へ行っても余り変わり映えしない極普通の学生生活を終え無難な公務員になったが、

一つだけ、俺を『ファッカー』と呼ぶヤツは友人か愛人の証だということ。それだけだ。


「ハリー、あれやってくれよ!」

「ハリー、お前アタマ良いな!」

『ハリー、ハリー、ハリー……』

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