第三話「ニュー・バイ・リベリオン」

「ファッカー、突然だけれど……これが終わったら別れよう!」

「どうしたんだよいきなり……今いう事じゃないだろ?」

「私以外の身体に触れてみたいと思う事は無い?」

「神に誓って無いし、有り得ない話だ。だからこうして愛を深めているんじゃないか」

「言い方を間違えたね……ん……私もアナタもより経験できる立場に来られたんだよ」

「だからって今いう事じゃないだろ! あークソッタレ、やってらんねえ」


「これが私たちの最後だとしたら、こんなんで満足なの?」

「そういうワケじゃない、そういうワケじゃないが……だーもう分かったよ!」



 俺たちは例の事件を起こしてから誰もが一目も二目も置く存在になった。良い意味でも悪い意味でも忽ち噂が広まって教師さえビクビクする、矛と盾みたいな中学生活を終えて一緒に同じハイスクールへ通い始めても未だ噂の絶えぬ俺たちは別に、居心地が良いでも悪いでもない注目の的だ。俺はあの最悪な耳鳴り以来ずっと痛むまでもない少し聴こえが悪くなる程度の、平行線の状態にしてくれたのは彼女だと思って愛し合い続けていたのにレインの背や声色、そして性格は何も変わらず、それも行為の真っ最中にそう言うのだ。



 そりゃそうだ、俺たちは今まさに経験を増やし視野を広げられる立場に居る。他校から寄り集まったこのハイスクールは目新しいヤツばかりだし美人や可愛いヤツも居れば暗く寂しいヤツも同じくらい人数が居るのだから、俺もレインも互いの事しか見ていないのも相まって知らんヤツとのコミュニケーションの一つや二つも交わせないと……単純にそう考えていた俺は、はて、どうやって今まで友達を作っていただろうと困惑する傍ら彼女は


「ポール? やっぱりポールだ! 同じ高校に入ったんだねーっ」

「この根暗がどうしたっていうんだレイン、なんも喋んねーぞコイツ」

「小学校のクラスメートのポール! まあ高校でもだから腐れ縁ってやつかなー?」

「おい、ポールとかいうの。レインに手を出したら……分かってるだろうがな……」と、

強い口調でそう言ってしまうのはジェラシーも有ったが、俺は可なり口下手の頑固で彼女以外の誰に対しても同じ様な言い方をしてしまうから中々、友達なんて作れないし基より彼女を中心に生きて来たのだから作ろうとも思わず高校生活を続けていればイツの間にか


「おいファッカー。俺に吸わせているこの『もく』はなんだ?」

「ら、ラッキー・ストライクですけど……」

「ぺっ、『天国に一番近いタバコ』ねえ……なあ、それ吸ってみろよ」

「イ……イエッサー。……グフッ!」


「ゴー・トゥ・ザ・ヘヴン! 俺がジェームス・ボンドに見えねえってか? ファック!

俺様にラーク以外のゴミカスを吸わせやがって! おい、やれ!」


「ファッカーとは名前の通りだな! ボンドはラークを吸うって、常識もねえクズ!」


「おいおい、こんなの直ぐ死んだら面白くねえな。もうやめとけ、意味が無くなる」

少年院から出て来たクソ野郎に目を付けられて毎日の様にパシリをしながらヘコヘコする中学時代のイジメなんて可愛いと思える程の舎弟関係を強いられるクソッタレな、しかもこの状態を立場が強い所に居るとプライドにさえ感じる人間に成り果ててしまったのだ。




「ファッカー、もうボロボロじゃん……今ならまだ、やり直せるんだよ?」


「う……うるせえ! やり直すだと? ファック! 俺はいっ、俺はいつか……っ」


「大丈夫だよ。私たちは恋人じゃなくても互いに通じ合っている。そうでしょ?」彼女はそう言って抱き締めてくれて、もうこの温もりだけで良いと思う視野の狭まった俺は……

分かってる、分かってるんだ……と余計に強がっての繰り返し。それに今の彼女はレインじゃなくコロンが臭う背の高いオンナで、レインなんかは未だ友達を増やし続けている。



「……俺たちは通じ合っている……そうだ……胸に耳を充てれば分かる……」


「……大丈夫……大丈夫だよ……」抱きしめあっても彼女の方が頭を撫でてくれるコレは一種の彼女への、小さなレインへの反抗でもあるのだ。彼女の温もりの中で泣くのは正直

情けなく照れ臭いものであったが、もうここまで来るとそう思うより先にしてしまう俺に彼女も満更でもない様だからソコに母性を感じ会うたび会うたび抱いては泣いてしまう。



「アズー。俺、たまに思うんだ。今まで生きて来たこの人生が全部ウソなのかって」


「そんなワケない。もしウソなら神様だってもう少しマシな、面白いウソをつく筈だよ。例えば今からあなたが私にキスするとか……んっ……ふふっ!」


「ハハ……どうやらホントのようだな……んん……」キスで俺の傷は治癒する。もちろん医学的にも科学的にも根拠は無いが、要は気持ちの問題なんだ。そう言い聞かせなければやっていけない現状を、彼奴等を自分の力で打破しなければ俺の人生に未来は無いんだ。




 レインは校内、俺は校外……形は違えどコレが今の俺たちの現状であり答えであって、真実なんだと思っている。神は天に、人は地に……そう俺は信じ込んでいると言えよう、バカな俺にそんな宗教的な考えは持ち合わせていないが、そう考えるのが自然だろうと。



「ファッカーはちょっと、やり過ぎじゃないかなー?」

「バイトだ。お前は窓から見ていろ、俺の逆転劇を……」

「覚悟は良いけど、うーん、たまに校舎の中を歩いてみると良いかもね」

「そんな暇は無い」


「たまにね、廊下を歩いてると綺麗なピアノの旋律が聴こえてくるのさ」


「なんだそれ」

 教室の移動中たまたま会って喋ればレインはそう何か醸し出す様な事を言ってヘーイと意地悪に答えもせず、笑って他の友達の会話に移る。腐れ縁のヤツに少し妬いている俺は俺に見合う彼氏も作らず友達とヘラヘラ、ただ単にからかってるんだろうと思っていた。




「スーッ……ふう……」


「そこでだ、俺はこう言ってやった。『お前の自信の無さはお前が一番に理解してる筈さ

他の誰でもそうさ。だがな、自信を持つ最高の手段は簡単、股を開く事だ』とな」


「ハハハ! さすがボンド、クールだぜ!」

「ビジネスでも何より大切なのは性欲だ、上司のを舐めれば直ぐに昇進するもんだ」

「違いねえ! 男と女ってのはそうやって出来てる!」

「そうだよなあ……巧く出来てるよ世の中は、その面では女には敵わねえ」

「大丈夫、上司がゲイなら話は別だ!」

「ハーッ! やっぱ女には敵わねえ! おいファッカー、酒がねえぞ?」


「えっ、酒なら後ろに」

「こんなションベン臭いの飲めってか? ウイスキーだよ、早く持って来い!」



 クソ面白くもセンスもないジョークを聴いて酔ってしまったのか、うっかりビール瓶がウイスキー瓶に見えて抜かった。言われてみれば確かに小便臭いビールをライターで開け飲みつつも雑多にものが散らばっているトラックコンテナの奥を探ると在ったがしかし、ソレが俺の眼には何故かキラキラ輝いて見えて、触れればピカリと消えてしまうようで、あんなヤツらの手元に持って行くのは惜しく悲しい儚げな沢山の古宝石たちがギチギチに詰まった瓶にすっかり魅了されるも束の間おいノロマと吠えられ瓶を隠しビールを呷る。


「本当ファッカーだな、ここに有んじゃねえかよ。使えねえ」



「……ぷはあ……」よろよろ酔っ払ったフリして小便ビールを飲み切る時間で軍団の汚い騒ぎ声が再開し安心する俺は何故こんなに必死なのだろう? 如何しても如何なっても、この苦しそうな瓶のコルクを自分の手で開け、自分の口に入れたい……でもコルク抜きが無いから開けられない……生唾が出るほど俺の欲望はコレを自分のものにしたく一か八か瓶を持って先をコンテナの壁で割ろうとするも割れずに、ただただ音だけが響き渡った。


「シャラップ! コッチを向けファッキン・ファッカー!」


 ボスのボンドにそう言われて尚も夢中な俺はやはり酔っ払っているのか、あろうことか握っている瓶をソイツの頭でかち割り見事どちらも真っ二つになった零れ出る宝石たちを

「おっとっとっと」なんて言いながら美味しく味わうと我に帰って二人してぶっ倒れた。




 サイレンとゲロの臭いで起きた俺の一番に驚いたのは、頭が痛く返り血が掛かっている只それだけの五体満足、キズ一つない状態で静かに眠っていた事だ。コンテナの外を出て見ればトリオのボスは頭を包帯グルグル巻きにされ、もう二人と共にパトカーに乗り込み行った後ろの車からデカらしい服装した男がタバコを咥えてコッチにゆっくり歩み寄る。


「大丈夫だ」

「な……何が……?」

「大丈夫」

「だから何が」


「ふう……あの三人はキミに乱暴した。そして、キミの愛する人にも乱暴をした」

「……は……は……」



「……死んだんだよ、彼女……コレで良かったらタバコを吸うか? 俺だって学生時代は隠れて吸ってたもんだ。大丈夫、とにかく安心して警察の俺たちに任せてくれ。それか、あんな再犯するようなヤツらを若いからと情状酌量したこの俺を殴ってくれ」


 唐突に様々な大事を知らされた俺はワケが分からなくなって、弱々しくデカの肩を殴り

「……大丈夫、大丈夫だ……」彼女と同じ事を言いやがるコロンが臭う胸を借り泣いて、彼女を作るという事、彼女の身体に触れる事、彼女を愛するという事の責任を思い知った自分はなんて小さな反抗をし、小さいプライド抱え、こんな人が死ぬような大事に迄して

『ごめんなさい』等どの面さげて言えるのだろうかと、映画の見よう見まねで腰にあったホルスターからピストルを抜き、涙を流しながら自分の頭に突き付け、引き金を引いた。



「うっ! ううっ……なんでなんだよクソが……ファック……ファック……っ!」のちにポリスからセーフティロックの存在を聞かされて、仕舞いには其れが運命だとか綺麗事を並べ立てられても半狂乱状態だった俺は素直に受け入れて泣き崩れたていたと一部始終を見ていた、俺と同じ様に目をつけられ虐められたボンドの子分である先輩に聞かされた。




 亡くなった彼女、アズーの埋葬に立ち寄った。牧師の話を終えて黙祷も済ませた後さあ会食だと行く親族を横目に、誰一人いなくなってシーンと静かな墓石の前で俺はボーッと立ち尽くしゾンビが出てきて食われるのをただ待ち続けていたが風が吹くばかりだった。


「人生って、呆気なさ過ぎる……」

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