第二話「マイ・パワフル・ファースト・キッス」

「……うっ、痛い……」

「おいおいスリーパーがまた寝ようとしてるぜ」

「学校は寝る所じゃねえんだぞ。もしかして、現実を直視できないか?」


「やめなよ! 誰だって、完璧な人間なんて居っこないんだから!」

「こいつに欠陥が有りすぎるって事だ、ちんちくりん」

「俺だって眠たいのに勉強してるんだぞ、こいつらが居るともっと眠たくなる」



「レイー、良く言ったね。君たちは眠たいのに勉強をしていると。そうならば家に帰って寝て来なさい。彼は家に帰っても君たちスリーパーズの様に四六時中、いつでも誰とでもベッドに入れば寝てしまう能天気に成れない程の、神からの試練を先に受けているのだ。後に君たちが試練を受ける時にやっとハリーの気持ちが分かるだろうが、その頃にはもう彼は出世して親を喜ばせ、君たちと同じ場所に居ないのだ。謝りなさい」


「チッ。ごめんなハリー、俺たちはお前と同じ場所には居られないからな」

「病室には、な」先生に聴こえない様にそう言って笑われると、レインは僕と手を繋いで教室から出て行かれ何故か校舎の外にまで、ずっと黙りこくって俯きながら連れられた。




「ねえってば! 一体どうしたの? あんなの、いつもの事だよ」

「ハリー、こっちを向いて目を閉じて」


「……うん、んん……っ!?」レインの小さい身体で抱き締められて、唇が重なる一瞬を深く長く感じている間、混乱し過ぎてか耳鳴りで痛んでいた頭がすっかりと止んでいた。



「レイン……っ! ダメだよ、これは、いけないよ!」


「ハリー、私は何でもやってみるもんだって教育を受けているの。例えば飲酒や喫煙でもやってみないと先生にも警察にも怒られない、第三者から怒られて初めて経験となるって方針の教育だよ。ハリー、あなたも『やってみる』んだよ。じゃないと、んん……っ」


 痛みが止んだ頭は幸せも度を越してハイに成ってしまい抱き締め合ってしばらくキスを何も考えずに、欲望のままに、息も絶え絶えに疲れてくるまでレインと続けてしまった。



「はあ、はあ……すごいよレイン、痛みなんて消えて、どうにかなっちゃいそうだ!」

「はー、ははは……。ハリー、それを幸せって言うんだよ、ちょっと痛かったけどね」


「幸せ……はは、これが幸せ……でもレイン、僕で、その……良かったの?」

「もちろんだよ! うん、チャイムが鳴ったね?」


「そっか……そうだね、チャイムが鳴って次にすべき事といえば……これだね?」

「……そう!」疲れている彼女に手を差し伸べて立たせてあげる僕は最早、つい数分前のへこたれていた自分が何処へやらと恥ずかしささえ覚える程でスリーパーズと出会い頭に


「おいスリーパーズ。さっき俺様になに言ったか其のファッキンヘッドは憶えているか」

「あ? なんだ態度がでけえ、な……なに、持ってんだよソレ……」


「やめろってば! ついに狂ったか! 先生! 誰か! 警察を呼べ!」

「ハーッ! お前らファッキン・スリーパーズはベッドがお似合いなんだよ!」彼女から受け取ったアーミーナイフでスリーパーズの服を引き裂き丸裸にして蹴飛ばしてやったら先生に後ろから羽交い絞めを喰らってナイフも奪われたが全裸で股間を隠しながら身動き一つ取れずに助けを求める靴だけのデブ二人はあまりに滑稽そのもので腹が痛くなるほど笑いが止まらない俺は最高に幸せ夢心地の気分になって先生の怒鳴り声なんて何の恐さも痛みも歪みも感じないで、レインと肩を組み一緒にゲラゲラ指差して笑ってやったんだ。



「お前らはさっきから、何をしているのか分かっているのか!」

「ハ、あの二人の望みを叶えてやっただけだ。病院のベッドで寝たいんだってよ!」


「クスリを飲んだのか! お前もだレイーっ!」


「あの二人に虐められていたのを咎めたのは先生です。それでも二人は謝らなかったから私が拾ったナイフで当事者に報復をさせました! どっちが悪いか決めてくださーいっ!

みんなも言ってやって! ブリー・ハズ・パニッシュメント!」



『ブリー・ハズ・パニッシュメント! ブリー・ハズ・パニッシュメント!』



 彼女がそう言うと縮こまったスリーパーズと先生を囲んで、いじめっ子は罰せと歓声が湧いたのは二人の素行の悪さと、先生が俺を神の試練中云々と大声で叱ったからだろう。


「やめなさい! 同罪だ、同罪! 幾ら心に傷が有ろうと、切り傷も同じだけ有るんだ!

コニーとダニーは保健室、ハリーとレイーはカウンセリング室へ!」



 先生は何も喋られなくなったスリーパーズの腰に破れた布を巻き、そそくさ逃げる様に抱えて行こうにも丸々と肥えた豚二匹は流石の大人でも抱え切れなくて笑い声が木霊するしどろもどろの中、俺たちは手を繋いで成るべくゆっくりカウンセリング室へと向かう。


「レイン、これで本当に良かったの?」

「そりゃあもう、最高に良かったよ!」

「たぶん俺たちは良くて退学、悪くて少年院だぜ」

「どちらにせよファッキン・ピッグズに誰かがやってやらなきゃいけなかったんだから。でもね、ここで考えてみてよ? あいつらはどう学校に許しを乞うと思うか」


「……レイン……俺たちは最高のタッグだ!」

「ね、ハリー。やってみないと分からない!」


 揃えた思いをキスで交してカウンセリング室で出た開口一番は、俺は家の電話番号を、彼女は護身用ナイフを携帯させられたとヘラヘラ、ワザとがましく総て親の所為にする。



「……心理とは時として科学に基づくと私は考えていますが、貴方達どちらも出会ってか男女の相乗的なケミストリーが発生した様に私たちは見ていました。簡単に、ウマが合う友情が度重なる良い発展を繰り返すだけなら親友と呼べますが、男女であるのも相まって爆発的な相乗作用による恋愛ならばそれで良し。が、逐一ひとりひとり見てみましょう。まずハロルドの場合、生まれ持っての突発性難聴があると聞いています。それは耳鳴りやめまいも伴いまして、治療で良くする手とは数様々ありますが年齢的にはかなり難しい、そしてそこから生ずるストレスにより悪化、その悪循環のまどろっこしさがストレスと。

次にレインの場合、身体的発育の遅さによる事情で親御様と共に良くここに来ますよね。第二次性徴と共に変声期が来る筈なのに来ないというのも心理的ストレスからと言われ、はたまた内分泌異常とも考えられる知能障害の一つなので、早期治療が必要となります。

ですが、治療にはどうしてもお金がかかる。そうお二人の親御様が首を傾げていました、副作用も心配だし子供に悪いしで、何よりも病院のする事が本当に確かなのか如何かと。

私はそう先送りにしてしまって後に後悔する方を見て来て、成功しての笑顔も同じ分だけ見て来ましたので病院も貴方達も同様に人間である為、一概に完璧と言い切れない人間がここでカウンセラーをやらせて貰っていますと、とうとう事件が起こってしまいました。

結論から言えば似た者同士とで生まれてしまった極限状態による一時的な共依存により、この様な攻撃的事件が起こってしまったと私は考えています。共依存はただ依存し合うとそう簡単なものでなく今は年齢的な精神的未熟さ等も含まれますが平たく、キスを求めた共依存者レイン、更なるキスを求めた被共依存者ハロルドとで起きたイネーブリングを、ストレスの急解放によって出現した攻撃性を回復させるべきでしょうがしかし……そう、だんまりを決め込まれるのなら私はどうする事も出来ませんよ」


「……じゃあ良いですか、どうして俺たちがキスをしたと?」カウンセラーが矢継ぎ早に口走った理解させる気の無い、ただ慣れてない大人の責任を背負わての理詰め解説の中で一番に聴こえたのは『彼女との恋愛が悪だ』と言う事だから、素直に訊いてみたかった。



「ハハ、悲しい事いわないでよハリー、わざわざ教室の外まで行って実践したのに」


「もちろん私もその場に居合わせていたのですが大騒ぎでしたよ。しかし、それでは話がガラリと変わってきますが……すっとぼけているワケでは……ないようですね。今までの話は総て忘れて下さい、ハリー、どこから聴こえて来ましたか?」



「……チャイムが鳴って……ひしゃげて……ぐうあっ!」鼓膜を裂くような今までに無い頭蓋骨が割れんばかりの凶悪な耳鳴りで、俺は情けなく歯を食いしばって頭を抱え込み、


「救急車を呼びます! レイー、保健室まで連れて行ってあげて!」

「ハリー、ハリーっ!」片耳に叫ぶ彼女の小さな身体に寄り添うのが記憶の最後だった。




 はっと瞼を開けると、白い天井に彼女の顔。天井のシミでない正真正銘のレインの顔が目に飛び込んで嬉しいやら悲しいやら複雑な気持ちになる。だって俺は負けたのだから。


「ああレイン……情けないよな、ケンカ売っといて自爆しちまったよ」


「……私はハリーの爆風のお陰様でケンカに買てたし退学も免れたしで、情けないなんて私が言う言葉なの。どんなお礼をして良いのやらで、さ……」


「……何が何だか分からんが礼なら簡単だレイン、笑ってくれれば」


「私みたいなのが笑えっこないよ……」


「じゃあ泣きながらキスしろっていうのかよ。レイン、俺はお前が居なかったら――」

 彼女は俺のプロポーズの言葉を最後まで言わさずに身を乗り出して抱きしめながら唇を重ね舌を絡め顔を見合わせると、彼女は確かに涙を流しているが、それに負けない笑顔を咲かせてキスを続ける其の一瞬を垣間見た俺は愛情と共に運命を感じた。ちょっと前まで独り言の相手だったレインは今ここで愛を交わすレインと同じだったのかもしれないと。



(はは、僕はようやく神の試練を終えたようだ。貴方が人間と成って共に居るのだから)



「なに?」

「あ……いや、幸せだと……」

「退院したら、この先も教えてあげる」

「なんでそんなに詳しいんだよ? キスの時も思ったけど、もしかし――」

「されたから」

「……ごめん」

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