第四話「キル・ザ・ファッション・ファッカーズ」

「……なあ、俺ら変な目で見られてないよな、なんかお前と二人ってのが久々過ぎて」

「キョロキョロすんなって、その方が変な目で見られるっつーの」



 自室という名のゲストルームに引き籠り気味な彼を外へ連れ出したのは変わり映えせず休日を睡眠で潰してしまいそうなほど退屈していたファッカーであった。ちょうど自分もコンクリートジャングルで仕事しているので自然を見にゆこうかと二人ドライブでの事、近頃やっぱり面白くない彼に酒を与えてもパッとしないのだから半ば強引に車に乗せたがファッカーは以前の『自分はチェリーではないのか如何か』というレインの惑わす発言に


「確かに聴いていると、お前の作る曲にその時その時の心情が載っている気がしないでもないし、いかんせん今の家庭環境が悪いにしてもだがな、レインはそんな尻軽じゃない。女の方から夜這いするとしたら相当な勇気がいるし普通、あからさまな好意を寄せるはずなんだから余り驕り高ぶった目で女を甘く見ない方が良いぞ。もう俺たち三十過ぎだぜ?

まずコンドームの着け方は流石に分かるかもしれんけどゴミ箱にあったか? 無いだろ?

着けて貰ったかもしれない、隠す為にどっかに捨てたかもしれない、そこまでしてお前とレインとの愛情を深める理由がどこにある? 俺と何年交際してるか忘れたかドアホ」

「いやでも……レインは幼馴染だし、その……分からないだろ」

「幼馴染のレインの事を分かってないんならファックなその線は無いと言って良いよな」


と問い質し納得させたが彼氏として内心なぜ彼女がそう唆す様な事をいったのか本人にも問い質したい気持ちで一杯であり言った通り現在の家庭でその可能性がゼロに成らないのだから自分で無いと言ったその線に、皆無。絶対に有り得ない。と断言も自負も出来ない不安感ただよう男の永久に解らぬ宇宙的女心であるし自分自身、彼氏という身であっても未だ隠し事の一つや二つ有るので、彼女にもそういった類いのものが在って変ではない?

といった虚弱な精神のブレが運転に表れているのを彼は察して話題を換えたのであった。



「いやでもまあ……こうしていると思い出すよなあ、無免許で黒塗りにぶつけてよ!」

「ハーッ! アレは何で追って来なかったんだか未だに五体満足なのも不思議な位だが、あん時のお前のドライビングとカーラジオから流れていた日本の曲は忘れられねえ!」


『汚れた英雄、高速で駆け抜けろ!』見事に足並み揃えた二人は笑ってハイタッチする。


「日本の曲だったのは今知ったがアレが流れた瞬間にアドレナリン全開フルスロットル、クラッチを踏んだ記憶も飛んでるほど信号を無視して駆け抜けたあの時の俺はまるで車と一心同体だったぜ! ま、五体満足なのは俺のドライビング・テクニックのお陰だな」

「ありゃあ奇跡の連続だった! 黒塗りもパトカーも追って来なかったし深夜だったから車が少なかった、お前の眼がドコを向いていたかってくらいヤバい逃走劇を俺は助手席でヒイヒイ言いながら神に祈るしかなかった! だが……丸くなったもんだファッカー」

「ハハ、歳には抗えない、あの頃のガリ勉チェリーボーイが戻って来ないのと同じ事さ。元々はソイツの肝を試す為に先輩から車を借りてのドライブだったんだからなあ、まさか車のキズを見て我に帰ったチンピラの肝試しに変更とは思いもしなかったソイツも随分とご無沙汰だ……今の時代ケータイでどんな音楽も流せるんだぜ! もう郊外だ!」

「飛ばせファッカー、エンジン全開!」

「フルスロットルだぜチェリーガイ!」件のチンピラ肝試しは親の脛をかじって解決したが偉い立場に居る者に媚びへつらって良い顔するファッカーは今も昔も太鼓持ちが巧く、そんな青い後輩を可愛がって貸してくれた車で深夜の肝試しイジメは必然的に出くわしたガリ勉時代の彼もまさか其の先ずっと交流が続き親友になるとは思わなかったであろう。




「だが自然を見るったって、野郎二人で海行くワケにもいかねえよな」

「自分で言い出しといて今更だな、別に海でも良いだろ」

「気持ち悪いこと言うなバカ、ちょっとカーナビで良い感じのスポットを探してくれ」

「一番近いのは海だが……あとはカフェだ。そんなに潮の香りがご不満か?」

「ご不満だよバカ、男二人で海って……その前にただでさえ野郎二人でのドライブで普通そんなクロムハーツとか着けてシャレこいてくるか?……窓あけて眺めるだけにしろ」


 ボーッと海を眺めつつ、ああコイツ泳げないんだなと思う彼は常識知らずも度を超えて実はそっちのケがあるのかと疑うほど外出時にオシャレしてしまうのは普段の習慣づいたなめられない様からまれない様わらわれない様にと外出時専用のカラフル防護服の所為で彼の細い身体と落ち着きの無さが一層、ソレを引き立たせている事の自覚もないのだからドライブ前ちょっと待てと直ぐ着こなして来たのを見たファッカーも目を疑ったものだ。


「そしてよ、こんな海が見えるだけの辺鄙なトコにカフェなんかあるかっつーんだ。常識どころかカーナビもロクに使えず況してや文字も分からんのかチェリー?」

「ハーッ! カフェはどこでも『シー・エー・エフ・イー』だファッカー」

「もうとっくに通り越してる。道の先々を読んでゆくのは人生でも同じ事だぞ」

「チッ、じゃあなんだ腹空いたまま馬鹿でかい国立公園で野鳥を見ながらお散歩か?」

「ボールは常備してあるが、あの怪しさびんびんな老舗オーシャンビューカフェへ?」

「人生は退く事も肝心とようやく判った様だ。しかも俺様は酒を飲んでもモーマンタイ、海を見ながらビンテージワインなんて、ああ、最高だぜ」



 二人のしている会話はケンカではない、日常茶飯事な彼との対話である。ファッカーは何食わぬ顔で踵を返して百キロ近く飛ばす其の横の彼は膝組み震える手でタバコを吸う。しかし隣の思う儘そう簡単に引き返すファッカーではない、カフェに行こうと考え直した理由があった。彼がアホ面して窓を開け海を見ていた時、潮の臭いの中に確かなる怪しい栗の花のニオイを感じていたのは運転席側の通り過ぎたカフェであったかもしれないと。



「チェリー。タバコを消して窓から顔出してみろ」

「禁煙は止めたんじゃなかったのか?」

「このニオイ、男なら分かるだろ? お前の貞操が破れそうなヤバい臭いだ」


「……ファッカー、悪いけどサッカーがしたくなって来た」

「チャンスだぞチェリー、大人への階段を登る第一歩だぜ。チェリーパワーなんてものは存在しない事をカフェに入れば証明されるだろうな、海を見ながらカクカク腰振るお前が容易に想像できる。良いか、遊びに職業は関係ないからな」


「……腐ってもカフェだ。俺はアップルパイを食べワインを飲む、それだけだ」

 窓を閉めても漂って来る臭いが濃くなるにつれて地面に転がっている大量の伸びきった避妊具を見た彼はピシャッと瞼を閉じても気持ちの悪い生唾が止まらなくなり、とうとう車を停めたファッカーは舌舐めずりし誰をドコからどう食ってやろうか頭が一杯である。



「ではチェリー様、ドアをお開け致します。私めが天国をご案内させて頂きます」

「ファック! 勝手にやってろ! 俺は腹が減ったからここに寄れと――」

「失礼、財布をお持ちでらっしゃらない? では俺様に着いてくるしかないようで」



 仕方なく彼は鼻を抓んで得意げなファッカーについて行くが、揺るがないはずのソコは彼すらも臭わすメス蛇の毒牙にかかって遺伝子レベルの男の性に熱を帯び立たせているのだから相当な場所である。まだ太陽がさんさんと照っているのにも関わらずシルエットが裏口へ走ってゆく一瞬を垣間見た二人も裏口へ走ると、一枚のプラカードが落ちていた。


『プリーズ・レイプ・ミー』食後にコーヒーはいかが? と書いて避妊具が貼ってあり、


「「マジかよ……」」二人の囁く吐息は更に熱くなって湧いてくる其の裏口が一番に濃い匂いを発しているのは確かなのだが人っ子一人いないむず痒さに苛立ちを覚えるほどだ。



「オーライ、誘ってやがんな?」

 彼は立ち眩みしたみたいに視界がぼやけて、シルエットを追い掛けるファッカーの背を追うのがやっとだが如何にも正体を現さずにカフェの周りを二三回ってさえシルエットに追いつけないのだから腹を減らした賢い方の一匹は唸りながらタバコに火を点け考える。



「チェリー、おかしいぜ。女の脚が速過ぎるというか何故ここまで逃げられる?」

「……がるるる、がるるるる……」


「だからお前はチェリーなんだよ馬鹿野郎、きっと裏の裏をかいてやがるんだ!」

「……がるる……ぐるるるる……」



 賢い方は走って行ってしまったが片方のバカは低く唸りながら裏口の非常扉を開けた。カギの掛かっていない重い扉の向こうは厨房ではなく小便臭いベッドが一つ置いてあって休憩室のようであるがバカはそこに漂う色んなニオイを嗅いだだけでイくと同時に横から


「ハーイ、よく出来ました。でも知られちゃマズイのさ……」バットで頭を打たれ倒れる彼の避妊具を着けずに大量にばら撒かれたものの掃除は、ここでは初めての事であった。




 賢い筈のファッカーは車で誰も居ない砂浜へ行き我慢できず裸になって吠えながら狂い踊り溜まりにたまった総てを吐き出し気分よろしくカフェへ戻ると彼は店内に居るので、


「よおチェリー、元気ないな。俺はと言えば外でのファックで超最高……」俯いて完全に失敗した風だったので軽はずみなフォローをして茶を濁そうと肩を組んだ彼が飲んでいるコーヒーを見て驚きはしたが怒りは覚えず、逆に涙ぐみながら温かい拍手を送ってやる。

「おいどうしたんだよ、最高な話だぜ! もしかして卒業を後悔してんのか?」

「うーん……彼女が二杯のコーヒーを残して消えたという事は確かなんだが……」

「じゃあこのカフェはバイキングか? 俺も腹へったんだ、パーティを始めよう」

「バイキングじゃなくてすまないねえ、昔ながらのカフェなんだ。はい、注文は?」


「……アップルパイ二つに、有ればワインを一杯……」


「は・い・よ」厨房から出て来た、やたらに語気を強めてゆっくり喋る眼鏡おばあさんに面喰ったファッカーは小さく注文したが、なるほどなるほどニヤニヤと状況を曲解する。



「なんだ気持ち悪い」

「いや、彼女との初めてはその……どうだった?」

「頭がどうにかなって、記憶が無いんだ。ただ起きたらココに座っていた」

「お前はすごい経験をした、その覚悟は大したもんだがアレは……ノ―カウントだって!

姿形はそうだとしても女の部類に入んねえよ、こんのチェリーガイ! ハッハーッ!」

「……二三人いたような……思うに俺は着けていなかったから追い出されたんだと」

「ヒーッ! やめてくれ、最高だ! チェリーパワーは本当なんだな! あんなババアも近寄らせないよう醸しだされるその逆フェロモンは紛れもなっ……ぐぅ……」喋り過ぎのファッカーにバットで応酬した眼鏡おばあさんは片手に抱えたアップルパイを持って来て


「これが新入りの男か、好かんね。でもお前さんは嫌いじゃないよ、ちゃんとしてて」

「マズイですって! こいつはドライバーだし、ココをいつでも消せる職業だし!」



「こいつの女はココに居て、ココに来るのはそういうヤツ。たんとお飲み」しかしお前はどうかな? と臭わすサービスのワイン一本を置いて厨房兼休憩室へ戻ると静まり返る。



 わなわな震えながら海を眺めつつ飲み終える頃に彼はやっぱり御陽気に、ファッカーは

「ここは……?」パンツを濡らし今日一日の大部分の記憶がゴッソリ削り取られていた。

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