第三話「ウーマン・ネイルズ・バッド・シェープ」

「おいチェリー、晩飯は要らねえのか?」

「ノックをしろファッカー! こちとら飯なんて喉も通らないくらい巧くいって――」

「お兄ちゃん、こういう時こそ食べなきゃダメだよ」


「そうだ、こういう時は食べて一旦冷静にならんとな。いかんいかん」

「そうだぞ。なんてったって今日はレインのハンバーグだからな」

「そいつは丁度良い! 今回は、どうしたもんかね」



 レインの作るハンバーグは何故かどの家庭よりどの店より流動食の表面がコーティングされている如く裂けば肉汁迸り、何よりレインが御機嫌な時しか作ってくれない御馳走である為、それは彼女から喜ばしい知らせを伝えるものだという事と同義なのだから男共もいそいそ高い酒やグラスを持ってきたりしてパーティの準備を始める。彼女は腹を擦って


「家族が増えます」と照れくさく吉報を述べると共にクラッカーを鳴らす彼らは、彼女がそんな素振りを一つも見せなかったので虚を衝かれた様に固まり、しばし沈黙が流れる。



「……という事は、ファッカーが、腹を括った?」


「おいおいレイン……そんな、いやいやいやいや……俺はコンドームマニアかってくらいしっかり着けてヤって……そんなワケない。ジョークにも程がある。ほら、冗談が過ぎて誰も笑ってない……って事は……いやいや、チェリーは笑えよ!」


「責任、とれるかなー?」

 サーッと青ざめて静まり返った挙動不審なファッカーを見つめながら彼女はそう言い、ハンバーグにスプーンを入れ肉汁を溢しながら口に入れるのを見た彼氏はトイレへ走る。



「おめでとうレイン! だが、どうしてファッカーはトイレから出て来ない?」

「さあ、つわりじゃない? まあ冗談はさておいて、ほら! ネコちゃんだよー」



 キッチンの戸棚から段ボールを持って来ると中には黒目をまん丸くした仔猫が鳴かずに震えながら彼を見つめる。頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らすが、ニャーとは鳴かない。



「お前……大した性格してんな。拾って来たのかよ」

「うちのカフェの前で親ネコが轢かれちゃってさ、暇してるのが居るなって」


「誰がペッターだ、トランペットも吹けない俺はそれとは真逆のチェリー・ガイ」仔猫が段ボールから短い足でぴょんと跳び移ったのは彼の膝の上。何かねだる様に後ろ足で立ち前足で彼の痩せた腹の上をポンポン触ると安全を確認したみたいに股の中で丸くなった。


「あーこりゃ完全にポールが親だと思ってるねー」

「親ネコが居たんだろ、邪魔くせえな。今はまだ食ってるから、まあ、良いけど」

「きっと立派な股間に愛を感じたんだよ、ねー? ほら責任とって一撫でしてみてよ」



「イヤだね。ああーやっぱレインの作るハンバーグはうめえなーっ!」

 彼女がこの仔猫を一撫でしたら責任を取らなければいけないように言ってしまったものだから彼は意地になって食事中ずっと無視し、レインバーグを酒と堪能し終えて無防備に立ち上がり仔猫が落っこちても、俺は関係ないし俺に何の情も無いと頑に自分を欺くが、

「ニャ」

「あ、鳴いた。危ないよねーネコちゃん。ほらポール、名前を付けてあげて」


「どういう理屈だよ。まあ、ま……マリー。俺はお前の親じゃない、お前の親は死んだ。人間様が作った自動車でミンチにされたんだよ。そして俺も人間様だ。牛、豚そして鶏のミンチを食っているし、今さっき料理として美味しく頂いた。判ったな? シッシ!」


「ミャー」さて一服と彼がソファに座ると、また甘えた声を出してピョンと股間に入る。



「それ、低い声してるけどメスだからね。求愛してるんだよ」

「鳴かれても何考えてんのか解んねえからヤなんだよ! バカも犬もネコも!」


 マリーの首根っこを掴み上げて睨めっこする彼は吸っているタバコの煙を吹きかけるも何のリアクションも無くジッと瞳の中を覗かれ、心の中の実はネコ好きがバレている気がして恐くなり、軽く投げ捨てても転ばずにトコトコ歩いて来てはまた、またと自分の方を凝視されるのは気持ちが良いものではないので仕方なく股の中に入れワンカップを呷る。




「レイン……違うんだ、誤解なんだ絶対……ウップス!」

「お化粧しちゃって如何したの、ハロウィンでもあるまいし。エサ代とだかトイレだとか計算してる内にちゃっちゃとハンバーグ食べちゃってよーっ」

「ハンバーグ……肉塊、エサ、トイレ……オッ、エゲッ……」

「今年のハロウィンは怪鳥の仮装かな? もう良いからポールの股間を見てよ」


「ファッカー、俺もコイツに困っているんだ。もうレインバーグ恐怖症になった様だからアイツの分も食うがな、レイン。あんまり疲れているファッカーを試してやるな」

 こっそりマリーを優しく両手で抱えてファッカーの様子を覗くが見るも無残な大黒柱が便座に顔を突っ込みモノも胃液も出し切ったのか嘔吐きながら自分と睨めっこしていた。


「ホントの時にトイレとファックして浮気されらヤダよ? あ、イっちゃった」




「……昔からリーダーとかボスとか、遡れば生徒会長的役割が大の苦手だったんだから、猛勉強して代わりが幾らでも居る公務員なんて選んだんじゃないかよ。今や本来の目的を忘れて課長補佐に迄なり俺らを支える大黒柱、三足の草鞋は履けらんないだろ」


「だからね、ファッカーの名が廃る程アレからは私を含めて女っ気が無くなったんだよ。夜なんて土日くらいで、殆ど自分で処理するんだから一寸イジワルしたくなるワケさ」


「お前、このネコ以外にも御機嫌な理由があるんだな。えらくお喋りになっている」

 相変わらずマリーを股に入れて冷めたレインバーグを喰らう彼でも見抜けるほど彼女の口はペラペラ動いて人を騙す時の声色になっているのだから名付けてしまった仔猫は囮と怪しまざるを得ない。それでも尚、睨みをきかせてさえ彼女は御機嫌なままで居るのだ。



「な、なんだよ急に……美味かったぞ」彼女は笑顔のまま目を瞑って、彼の前に座った。



「作曲の調子はどう? スランプも良くなったでしょ?」

「最近やっと調子が戻って来たみたいで前の依頼曲の評価も上々……それがどうした」


「私がずっとポールの事をチェリーと呼ばずに居るのは、なんでだと思う?」


「お前が頑固だからだ。俺はポールじゃない、チェリーパワーを持つチェリー・ガイ!」

「ポールは、ポールなんだよ。それも結構、前々から。昼夜逆転してた頃は、もっと」

 彼女は笑顔を崩さず薄目をうっとり開けてザクッザクッと嘘を並べ立てる度に彼の口がガクガク震えて声が出て来なくなり気絶した彼氏よろしく青ざめてくるも負けじと必死に


「は……はあ……? 俺の貞操を奪ったって……いやいやソレは絶対わかるって!」と、喉の奥を踏ん張りか細い声で抵抗しようとした彼を見て、かかった。とニヤニヤ続ける。



「じゃあ、なんでポールは私をレインピスって呼んでるのかな? 噂で聞いてたとしても普通のチェリーなら死んだエリーちゃんに夢中な筈だし、セックスを知らない見ていない体験した事がないからこそのチェリーってば、たとえ私らの仲だとしてもソコまでコトに介入できるのかなー? もちろん、私がレインピスである事に変わりは無いけどさ」


「ファック! ソレがもし本当なら! 俺はションベン臭に我慢ならんはずだ!」

「ポールったら早いからね。だから私に遅い人が就いてるんだよー?」


「ダウト! 夜這いでも租チンでも、お前がイってないのなら漏らしていない!」

「残念! 作曲の具合に答えが出てるよ」



「か……かかまか、カマ掛けやがった、このファ、ファッキンビッチめ!」


「はい私の勝ち。やっと吠えたね、男はソレでこそ! 最近みんな血の気が足りなくて」

「えっ……え? 嘘? 本当?」ひとしきり遊び終えた風を醸し出す彼女は立ち上がって食器洗いを始めたので終わったら第二ラウンドが控えていると、酒を飲んで落ち着かせていればファッカーがふらふらトイレから出て来た。彼はすっかりとマリーを愛でて居た。



「おろ。ファッカー平気かー?」

「ふざけた証拠が見つかって少し楽になった。おいレイン、この臭い血は誰のだ!」


「やっと気付いた! でも家族が増えるのは本当だよ。ネコちゃんをペッターのポールに任せるのも本当、ポールがポールなのは当然。でも当人はというと……手遅れだね」




 彼にはファッカーの持って来た血の付いたナプキンも、彼女の遠回しな喜びの言葉にも意味が全く理解できない次元の違うものだったので酒を一呷り聞こえていないフリをし、マリーと一緒にシャワーを浴びていると彼もネコも濡れたままリビングに走って吠える。


「ファッカー分かったぞ! そんなに怖いならケツですれば良いんだよ!」

「とっくの間にやってるが、お前……ネコの見て思ったんだろ」

「ペッターとしてヤっちゃいけない事したみたいだね、嫌われるよー?」



 マリーはバスタオルを被り尻尾を立てて瞳を黒々させながら彼をジッと見るとタオルが吹っ飛ぶ程の勢いをつけてリビング中を駆け写真立てやテーブルの上の酒瓶等を荒らし、絨毯で爪をといでボロボロにするわ、糞尿を撒き散らすわで彼は二人に責任をとれないと弱るので外に放せばサッと闇に消えた。それをひとり見送る彼女が未だ御機嫌の理由とは

「女の力、なめんなってな」月にファックサインを向け呟くこの一言に尽きるのだろう。

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