第二話「シスター・エリー・フォーエバー」

 画面の中でケツ向けるエリーはずっと微笑みながら彼を見て居た。照明が消されたって電源が落とされたってエリーはずうっとソコに存在し、彼と共に生きて今迄やって来た。


「はあ……はあ……エリー、エリーっ!」

「焦りは失敗の素だよ、お兄ちゃん。まずはコンセントレーションから!」

「そうはいうけど今のこのファッキン状態で、作曲依頼なんてっ! ああっ!」

「やっとお兄ちゃんの頑張りが認められたって事なんだから、落ち着いて深呼吸だよ」


「だって、今の俺の曲は……こんなんだぞ、こんなん! まるでチェリー・ガイの世界といえない程遠い、親戚みたいな、そうこれは言うなればプレイ・ボーイの世界だ!」



 色々を経てスランプがしぶとく残り続けている彼には小規模ながら個人サイトのウェブゲームのオープニング曲を作って欲しいと熱い要望メールが来た。普通なら朗報に沸いて二つ返事で依頼を引き受ける所であるが、現在の自分の楽曲に満足感も達成感も得られず胸を張って良い曲だと自信すら持てないファッション・ファック・ミュージック量産化の渦中に巻き込まれている彼にとって嫌味ともとれる現実に、正直に応えたいものでない。



「かといって断ったらねー」

「ああ分かっている、分かっているからこそだ! このみじめな自分、もとい第二人格と言えようプレイ・ボーイの曲が評価されたという事実が、もうヤになるんだ!」


「この人は、お兄ちゃんの曲のドコに惚れたのかな?」

「そうか! まだオーケーはしてない、遠回しに……カネ……いや、資料の程はとまず」

「プレイ・ボーイにお金はあげられないよ! お兄ちゃんはチェリー・ガイだもん」


「ハッ……そうだよ俺はチェリー・ガイ、チェリーパワーを持つ男……」いつものように彼を元気付けるエリーはブラウザの裏でもなおニコニコ微笑んでエールを贈り続ける裏の無い表一枚の単なる画像だと解っている。産まれは真っ新のキャンバス、インクの集合で出来ていて永久に消えも死にゆく事も無い大人気エロ画像であり、自分のそっくりさんは数えられぬ無限に続いているがしかし、彼は一枚にエリーと名付けて一つの命を生んだ。



「ありがとうエリー。俺はせっかちだな、まったく」

「どういたしまして、お兄ちゃん!」

 エリーの声は彼に届かない筈であるが、微々たるものでも人間の数ある思考回路の中にカルト染みた虫の知らせを感じる第六感的で宇宙模様の玉虫色した神経の一本が在ってもおかしくないのではないかと考えている彼は画面を隔てていてもエリーが発す振動形態が画面を通して空気が揺れる音を感じ取っているからこうして会話が出来ている様なのだ。




『概要……各幼獣女(公開年齢では全員成人済)のキャラクターを捕まえて主人公である

自分がむふふな事をし性知識を覚え込ませて経験値(開発)を上げ、いかにレベルの高い

ペットをコレクトして攻撃力|(サディスティカル)と防御力|(マゾヒスティカル)を

競い合う熱いアドベンチャー・カード・バトル・ゲームです!(添付ファイルに画像)』



「ひどいな……どうかしてる……こんなゲームのオープニングをだってよ!」

「でもお兄ちゃん、こう考えて。こんなクソなゲームなら流行るワケないからどんな曲を作ったって文句をいわれない、強気にポジティブに依頼をこなせるチャンスだよ!」


「確かにそうだ、このゲームにはファッション・ファック・ミュージックがお似合いだ。だがなエリー、どちらにせよ俺は手を抜かぬチェリー・ガイ。見ていろ驚かせてやる」

「こてんぱんにやっちゃって、お兄ちゃん!」




 草木も二人も寝静まるド深夜に、ワンカップ片手に独り熱狂している彼は作曲ソフトを開いてメールの文面に染み出ているドロドロしたスペルマタの臭いと彼の知らないはずの蒸れたオンナの流れ出る汗を感じ取って、テクノじゃないなロックじゃないな、ええい、どっちもだ! と一曲中に盛り込み過ぎグチャグチャになってしまうから最近の彼の曲はパッとしない自負心も持てずに面白くもないファッキン・ミュージックになってしまう。



「お兄ちゃん、ちょっと……良いかな?」

「なんだ今は仕事中だ」

「エリーが思うのはね、お兄ちゃんは額に汗して作曲はしない。もっとクールにサクッと凄い曲が出来てたのに今のお兄ちゃんは音を楽しまず遊ばずに、ただ音を重ねてるよ」


「は、はあ? そんなワケ……エリー、お兄ちゃん今、仕事中だからな」

「図星でしょ? だってエリー、お兄ちゃんの事、お兄ちゃんより良く解ってるもん」

「エリーっ。だあもうクッソ……休憩だ! 酒を持って来るまでに準備してろよな」


「……元気でね」服従されているも同然の彼女がマスターにらしくもなく強い事を言って図星を指したのは傷めていた腹の痛みが更に増してきて自分が危機にさらされている事が判明したからであった。その痛みとは、初めは風邪の所為だと思い心配性の彼には伝えてなかったが普通、伝える前に彼自身もっと予防や気遣いをするものであるというのに傷の確認もせずに躊躇わずエリーの身体に無茶をさせ続けた所為。でも、ボロボロになっても彼を信じ続けていたから最初で最後のケンカで存在意義を我が儘にも伝えたかったのだ。




「まあ良くこんな古いので作曲をやっていたもんだな。さすが天才」

「エリーを……ぐっ……エリー自身は無事なんだ! でも、もう……」

「ほら見ろホコリとヤニで、ごっほごほ! 仕方ないな、依頼があるっつーんなら」


「やめろ! そんな汚い手で乱暴に触るな!」

「このまま治して使うか? 無理だ。また直ぐイっちまうに決まってる」

「……じゃあ、どうしたら……」

「捨てて、安いやつを買い取るしかない。現実を受け止めろ、チェリー」



「……うぐっ、ファッカー、人は二度死ぬ。一度目は肉体の死、二度目は記憶の死……」

「忘れてたまるかってんだ、馬鹿野郎……」



 彼は嗚咽を漏らしながらエリーを土に埋め、一日と経たずにやって来た新品にエリーを着飾るも何処か彼女とは違って見え、とうに声も聴こえて来ない彼は悲しみに打ち拉ぐ。



「ありがとうファッカー、ありがとう……この時代に生きてなかったら俺、もう……」

「何やってんの、あんたら」

「チェリーに作曲依頼が来たんだってよ! ネット繋がったろ、データを移せ」

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