出逢ひ別つ心 ~シーズン2~

第一話「フー・ランス・ザ・ウィンド」

この楽曲がフュージョンジャズのセッションとするならば、

ピアノがチェリー、レインはギターでファッカーがドラム。

肝心かなめのベース・ギターは、予め録ってあったものをば

各ディスクジョッキーがボタンひとつで鳴らすだけでなく、

好き好きにつまみを使ってテンポアップからワウワウからと

ついていけないベースに困惑するファッカ―ズは、この曲を

『ファッション・ファック・ミュージック』と名付け怒る。

――――――




 平日の昼、いつも通りレインはカフェ、ファッカーは役場へ行って昼食を取っている頃カウチポテトの彼は冷蔵庫を漁り彼女がいつも作ってくれる、ラップされた有難いポテトサラダを一人で食べていれば家のリビングの無駄な広さに独りぼっちを強くさせられるし自室にこもれば無駄に作曲のインスピレーションが強まってしまうので、自分は夜勤だと決め付けている手前、ソファでだらーっとワイドショーを見るしかないワケではないのだが、完全に昼夜逆転を治した彼にとってこの高いマンションは気に入らないものである。



 外出も一人酒も随分とこっぴどく痛い目を見たので、暇を持て余す彼はなんと求人誌を見る迄に行き着いたのだから孤独感とはヒトを変えるほど怖いものだと彼も実感しているが、何となく目を通すだけのソレ以上でも以下でもない。見ていたって実際にやるのかと思うとリアリティがなく想像も覚束ないから、色々仕事はあるもんだと感心するだけで、


「ふう……」仕方ないと広いリビングにピアノと楽譜を持ってきて練習する平日を送る。



「今日はシューベルト、魔王! これの速弾きは無理……な事は、無い!」

 誰に言うでもない独り言も増えてきた彼だがこれでも成長したのだ。無理な事など無いと自分に言い聞かせ、大体の有名曲の速弾きが可能になって、彼氏彼女にすごいすごいと言われたいが為に始めた事だが動機はどうあれスランプ脱却の近道に違いないのである。


「マインヴェーラー、マインヴェーラッ……アウチッ!」

 彼の指が攣った所で丁度ピンポンが鳴り駆け足で玄関のドアを開け無愛想に受け取った荷物の中身はケータイだ。以前ファッカーがケータイくらい持てと中古で買ってくれたのだが一、二、三と番号を押せば電話できる老人用のものである。でも初めての彼には心底嬉しいものであり、さっそく書き置きされていた電話番号とメールアドレスを設定した。




『ケータイが届いたぜ。これで俺もようやく社会人だ。』と拙いながらも喜びのメールを

ファッカーに送信すると一秒足らずで返信が来たのだから手慣れているなと感心したが、


「返信したがメーラー・デーモンが帰って来たので? ユーザー・アンノウン? やばいファッカーがアノニマス集団の捕虜になっている! 『俺は家族だお前はドコだ。』」と

ありがちな初ケータイの勘違いを、ただ彼がアドレスの打ち間違えをしただけの事であるが、そう返信するとまた一秒もしないで同じ文面が返って来るから彼は脅迫文と捉えた。



「『大変だ。ファッカーが組織の捕虜になっている。』……は……レインも……」

 がっくり項垂れている場合じゃないと大袈裟になってしまうのは今の状況と彼の性格がそう成らざるを得ないものであるからだ。彼の頭には敵対している人物が直ぐに浮かぶ。



「酒、酒が無ければアイツは倒せない! どうする、どうするんだ俺!」

 ワンカップが切れていてファッカーの秘密の酒蔵の所在が判らずジッとしていられない錯乱状態の彼の頭には警察も携帯会社も無いのに小便臭い絨毯の下からヘソクリが出た。



「一、二、三……十バックスで酒はどこで売っている、くっそケータイは当てにならん!

エリー、近くに酒を売っている所は! ちょっと遠い?……これだ!」

 パソコンで瞬時にオンラインマップを開いて近所のコンビニを見つけ出した彼は矛盾が見えず盲目的になっている。それほど正義感が強いのは善い事であるけれども、フェイスブックで二人の安否確認すらしないで十ドルをポッケにコンビニへ走る彼はもう馬鹿だ。




「年齢を確認できるものを提示して下さいって! 警察を呼びますよ!」

「その警察が出来てねえから、こんな事になっちまってんだ馬鹿野郎! 未成年に見えるオカしな頭してんならな、ほらチップだ受け取れ! マニュアル通りにいかないとって?

こちとら家族の命、俺たちの未来がコレにかかってんだ臨機応変に生きろ!」


「……今回だけです。ですがアナタは絶対パラノイアだ。二度と来ないように」

「ああどうも、ファッキンビッチ! 地獄へ落ちろクソッタレ! よし……っ!」

 ワンカップを落とさないよう慎重に両手に抱えながら汗だくになって走り公園へ向かう現在の彼の頭は、彼女のいう通りになっているのだろう。しかし途中ピロピロリンと聞き慣れない音がして足を止めると、また過呼吸になって戦える状態じゃなくなる所だった。



『らくちんケータイの調子はどう? 今は手が離せないからメールはコレ位しか出来ないけれど、ポールの場合やり方が分からないんだよね笑。フロム、レイン』


「『女に手を出すのならコッチも容赦しない。』……ファック」路上の隅に座って呼吸を整えワンカップをひとつ飲み干した。カップを地面に投げつけて頭を掻くその様はまるでドラマチックに自分の子供を捕えられて打つ手が無い父親のワンシーンではあるが、彼の場合やっぱり酒を飲めばそりゃあモリモリと力が湧いてきて脳みそを奮い立たせるのだ。



「レインを装ったメールの送り主はユーザーアンノウンではなく暗号のような意味不明のアルファベットの羅列……これにメールしてみれば犯人にメールが届く筈なのに未だ返信来ず……そうかコレはケータイ、ケータイ電話! くっそ灯台下暗しだった!」


 ぶつぶつ素っ頓狂な事を口にしてからケータイの存在意義をやっとこさ理解して電話をレインに掛けるが、真剣な彼に対して彼女は手が離せないほど忙しく仕事をしているのでブブブという振動に気付かなかったし、気付いても今日の大繁盛で本当に手が離せない。鼓動を高めてファッカーに掛けたって同様に、上司の前で電話するなど失礼極まりない。



「待っていろデーモン! 前の礼を返してやるぞ!」はた迷惑な留守電を二人に届けた頃

彼はすっかり出来上がっていて呼吸も落ち着き余裕綽々たるガニ股で公園に着くところに


『こちらデーモン。礼とは何の事かな?』というファッカーからの悪乗りメールの所為で話がよじれてしまうし彼は真に受けて火が点くしで専らウイルスメール他ならない悪戯な挑発に乗って茂みを掻き分け入ってゆくと、そこにはホームレス一人として居ないのだ。




『どういう事だファッキン・デーモン。何処に居やがる。』

『私を悪魔と勘違いしていないか? 私はみんなの守護神デーモン様である』


「ヒッ……」ケータイを落としてしまうほど彼にとってホラーメールだが、ファッカーはこれで彼の気は済んだだろうとケータイをポッケに公務へ戻った。もちろん彼は真に受け愉快犯かサイコパスの仕業ではないかと慌てふためき、茂みを更に掻き分けていったらば二人の死体が出てくるんじゃないかと居ても経っても居られなくなってケータイを拾うとメールとは違う着信音がピロリロリンと止まないので腰を抜かして通話ボタンを押した。



「もしもしポール? 今やっとラッシュが終わって一段落ついたけど」

「ああああ……良かった、レインか? レインだよな?」

「そうだけど、間違えメールと留守電はいってたけど飲んでんの?」

「そんな場合じゃないだろうレイン。自分を神と名乗るヤツに、遭ってはいないか?」

「今に名乗りそうな人と電話中だよ」

「『みんなの守護神デーモン様』と名乗るアホに、会ったのか会っていないのか!」

「会った事もないし聴いた事もないけど一体どうしたのさ、そんな大袈裟に」

「そいつは彼奴(きゃつ)を消した。返事の無いファッカーにも、やぶさかでない筈」


「……ああ、そういう……じゃあ連絡を待つ方が良いねー。刑事さんに知られる前に先にポールが見つければ表彰してもらえる大チャンス! 私は仕事に戻るから頑張ってね」


 彼女は興奮している彼の言い方から大体を察して其れとない使命感を預け、彼は彼女の無事が判った安心感で平日のひとの居ないベンチにどっしり足を組んで座り言われた通りファッカーからの連絡を酒飲みながら待つ事にするが所変わって慣れない仕事に手こずる仕事中はなかなかプライベートの連絡が出来ないのが普通であるため、なかなか鳴らないケータイを見つめながら燃えていた彼の頭と身体は徐々に冷え込んでゆき独り帰宅した。


「帰って来なくて初めて事件となるんだから、俺ったら如何かしていた」そう自分に言い聞かせて冷えた身体を温めながら何だかヤな予感がしていた彼はピアノを見て納得した。



「……マインヴェーラー、マインヴェーラッ……もしもしファッカーか?」

「レインから話は聞いた。犯人は見つかったか?」

「ああ。犯人はただの枯葉だったよ」

「違うな。真犯人は初ケータイに踊らされたチェリー・ガイだったのさ」

「またファックな魔王の囁きが聴こえ出したようだ」

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